恋のエンギ指導が本気(ガチ)すぎます!


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 大道具制作のある午後、おれと香納は別行動だった。
 制作組だったおれは個人レッスンのため、解散後に一人視聴覚室へと急ぐ。
 香納に部員との後れなんて、本当にもう全然ないんだけど──それでも彼が望むなら、おれも応えたいから。

(プロ根性ってやつなのかな。さすがだな)

 香納の経歴を知って、そんな尊敬に近い念も生まれた。

「よーし、おれも今まで以上に頑張るぞ! 香納が存分に力を発揮できるように!」

 メガネが弾むのも構わず、パンッと両手で頬をたたいて気合を入れる。
 視聴覚室に入ると、香納が床にあぐらをかいて待っていた。他の部員は全員帰ったようで、誰もいない。

「お待たせ! ごめん、片付けに時間かかっちゃって」

「あそ」

「さてと、今日はどこをやろうか。気になるところがあるならどんどん言って。なんでも付き合うよ」

「…………」

「おれとしては、やっぱラストの独白? もちろん今のままでもいいんだけど、なんかもう少し別の可能性が見出せるかなって気もしてはいるんだけど……」

「…………」

「……香納?」

 香納の返事がなく、立ち上がる気配もない。『ステージ』としてバミり線をしてある位置に立つおれは、いぶかしんで振り返る。

「どうしたの?」

 香納はあぐら体勢のままじっとこちらを見上げていた。探るような眼差しがぶつかる。

「何があった」

「え?」

「なんかあっただろ」

「!」

(な、なんでわかった!?)

「え、えぇ……なんの話? 別に何も──」

「おまえ、自分に嘘つく才能が1ミリでもあると思ってんの」

「!!」

「ニヤけやがって。顔に出てんだよ」

(うそぉっ、そんなつもりないのに!)

 廊下でひそかに気合は入れたけど、いつも通りにふるまっているつもりだった。
 だって、香納が元子役と知って嬉しいのなんて、こっちの勝手な感情だ。

 香納は事故でケガをして、そのせいで主演舞台を降板し、引退。そんな事実を前に、喜ぶのはある意味不謹慎だともわかっている。
 香納本人が伏せていることなんだから、それでいい。このままでいい。
 でも、ただ……数年ぶりにステージに立つことを決意してくれた香納が、納得して、楽しんで本番を終えてくれるように。

(その手伝いを、おれもしたいって思っただけで……)

 それが、顔に出てしまっていた?

「何があった」

 香納は、立ち上がっておれの前まで来てから、最初と同じ問いを繰り返す。さっきより強い語調で。

「……えっと……別に、香納に話すようなことじゃ……」

「俺に隠し事するって?」

「! そ、そんな人聞き悪い言い方……」

 逃げるように顔を横向けたけれど、すぐさま香納の手で元に戻されてしまった。

「話せ」

 見下ろされて視線が縫い留められる。そらせない。

(……ごまかせそうにない……)

 嘘をつく才能が1センチでもあればと悔やむけれど、今さらどうにもならなそうだ。
 上目遣いに香納を見ながら、おれはこわごわと尋ねた。

「き、聞いても気を悪くしない……?」

「内容次第」

「そんなぁ! じゃあ、言えな──」

「言え」

「かっ、香納は聞いても楽しい話じゃな──」

「言え」

(だめだ。これはもう、言うまで終わらない……)

「うう……わ、わかったよ」

 観念して心を決めた。けっして、暴きたいわけじゃないけれど……

「その…………香納は……昔、子役、だったの……?」

 とぎれとぎれに、か細い声で問いかける。
 香納の目が、大きく見張られた。

「…………」

 返事はない。でもぶわっと、まとう空気が殺気立ったような気がした。
 怒っている。言葉がなくても、わかる。

「ごっ、ごめんっ! ごめんっ、でもあの──!」

「どこ情報」

 地べたを大蛇が這いずる低い音のような声で聞かれる。眼光は鋭い氷柱(つらら)のように刺さってきた。
 嘘も言い訳も許さないという気迫がおれを凍らせる。

「……るー先輩が、昔のDVDを観たことがあるって、気づいて……」

「それだけか」

「…………くら先輩が……同じ故障持ちだから、肩のこと……気づいてて……」

「…………」

「本当にごめんっ! でも誤解しないで。言いふらす気とか、そんなのは全然──!」

「内輪の楽しい内緒話か。愉快なお仲間だな。面白がってニヤついてたわけだ」

「!! ち、違う!! 面白がってなんかないよ!」

 おれは香納の腕に取りすがった。それだけは違う。そんな誤解だけはしてほしくない。
 間近から香納の目を見上げる。憤りで燃えるような鋭さで、怖い。 
 でも、これだけは。おれは。

「ただ、嬉しかったんだ。香納の演技力が実績で証明されたからじゃない。おれは……やっぱり香納も、演じることが大好きなんだなって思って。おれや、おれたちと同じなんだなって思ったら、ほんとにすごく、嬉しくて……」

 香納の腕をつかむ、両手の指が震える。だけど、紡ぎ始めた想いはもう止まらなかった。

「香納とおれは、一緒の喜びを分かち合える仲間なんだって。香納は助っ人だけど、でもやっぱり仲間で、心で通じ合えるんだって思って……嬉しくて……」

 声も震え、視界はぼやけてきた。涙の膜が香納の輪郭をにじませている。
 見合ったまま、しばらく沈黙が訪れた。

「……知るかよ」

 香納のつぶやきが、静寂を破る。感情を殺した抑揚のない声だった。

「勝手に人の過去ほじくり返しといて喜ぶな」

 吐き捨て、香納はおれの手を振り払った。荷物を取りにずんずん歩き出す。

「香納!」

 叫ぶように呼んでも、まったく見てもらえなかった。わしづかみにした荷物を手に、そのまま部屋を出ていってしまう。

「香納……」

 怒らせた。傷つけた。

(やっぱり話すべきじゃなかった。意地でもごまかすべきだったのに……)

 ……今さら後悔しても、遅い。



 それから、何度もメッセージを送った。電話もかけた。
 でも電話は即留守で、メッセージには既読すらつかなかった。