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次の日はほぼ1週間ぶりのるー先輩の参加日で、そこへ兼光先生が、手配を頼んでおいた車椅子を届けてくれた。
るー先輩の登場シーンを重点的にやろうということになり、さっそく練習を開始する。
最初は二場の、香納、麻青、るー先輩、大地、淳巳、律で構成されるシーンだ。
「動きの再確認からやっていこう。実際に車椅子を押してだと、移動の速さ、読みがずれてるところがあるかもしれない」
「そうだな。大地、よろしく頼むよ」
「はいっ、頑張りますっ!」
自分の移動を助ける看護師役となった大地に、車椅子に座ったるー先輩は明るく笑いかけた。大地も元気よく、おまわりさんみたいな敬礼を返す。
「じゃあ始めます! みんな、よろしく!」
6人の役者を、おれは順番に見ながら言った。
香納にも、ちゃんと。みんなと同じだけの視線を送る。
「おう」「はいっ」という他の役者の声に混じって、香納も小さくうなずいてくれた。
……素直に白状すると、まだ、ドキドキするんだけれど。
でもそれは、昨日までのドキドキとは微妙に違っている。
あの時、おれは「答えろ」と言われながらも何も答えられなかったし、香納もあれ以上は問い詰めてこなかった。
だけど、香納の気持ちはわかった気がするから。
どう応えたらいいのかわからなくて、悩んではいる。恥ずかしくて、緊張して、落ち着かない。
それでも、昨日まであった不安はなくなった。
香納の真意を知ったら何が待ってるのかと、怖かったはずだけど……知ったら、不思議とその気持ちは消えていったんだ。
(あの時の香納の、声と腕が優しくて……待ってくれるんだろうなって、思えたからかな)
口では強気なことを言ってたけど、本当に相手の気持ちを無視して押し通すような人じゃない。
なんだかんだ、おれがきちんと自分で答えを見つけるまで待ってくれる。
そういう人だって、思えたから。
(…………って、なに思い出してるんだ、おれはーっ!!)
うっかり頬が緩みかけているのに気づいて、慌てて表情を引き締めた。
見れば、『スタート!』の声をかけないおれに、役者陣も怪訝な目を向けている。(香納だけはどこか楽しそうに笑っていたけど)
(き、切り替え切り替え! 演出家業に支障出さない!)
「行きます! 二場シーン1、スタート!」
そこからは練習に集中して、怒涛の演出家業をこなした。
るー先輩の出演シーン、すべてを再確認して、微調整して、通し稽古をして。
最後は演じた側と見ていた側で、それぞれ意見を出し合う。
「トウマの存在感がすごく大きくなってて、めちゃくちゃよかったです!」
「同感だ。ただ、三場のシーン2はちょっとごちゃついている感じがあったな」
「ああ、それはオレもやってて思ったよ。あらたはどうだった?」
「おれも気にはなってました。みんなの意見を聞いてからと思ってたけど、じゃあやっぱ再調整確定ですね」
「了解。明日もう1回やろう」
「はい!」
そうして、明日の予定をざっと確認したところで本日の全体練習は終了。
散会し、各自が帰り支度を始めた時──
「唯木くん、ちょっといいかね。当日の搬入のことで確認が……」
間延びした声に振り返ると、入り口のところで兼光先生が手招きしている。
「あ、はーい」
おれはみんなの輪を抜け、そちらに向かった。
部屋を横切る時、香納とるー先輩が向かい合って立っているのが、チラッと視界の端に映る。
なんだか、お互い挑むような顔つきで、二人だけで向かい合っていた。
(……? 珍しい組み合わせ……舞台の話かな)
二人だけのシーンはないけど──と軽く気にしつつも、待っている兼光先生の元へと急ぐ。搬入時間の確認をしているうちに、かすかな疑問はあっさりと消えてしまった。
だから。
「あいつ、俺のお手付きだから」
挑んでくる強い瞳に、挑まれた側は一瞬真顔になり、それからふっと笑った。
「宣戦布告どうも。けど、その言い方はどうかな。『お手付き』って昔の言葉で、将軍とか、主が手を出した女中や侍女のことを指すんだよ。誤用じゃない?」
「そこまで間違ってない。今わりと支配したいから」
「……へぇ」
ひょうひょうと、さらに口角を上げる。スッと細まった目には冷たい色が浮かんだ。
「でも、キミが勝手に、だよね。そういうのは、成約済みにはならないから」
「勝手にじゃねー」
「そう? 両想いっていうふうには見えないけど」
「…………」
返答はない。
それでも、わずかもそらさずきつくにらみつけてくる眼光が、譲らない意思を饒舌に語っている。
「すごい目するね、キミ」
「そう思うなら怖気づいとけよ」
「まさか。オレだってずっと大事にしてきたんだよ?」
「…………」
また、瞳が鋭さを増す。
その目線を真っ向から受けていて、ふと、呼び起こされるものがあった。
「……ところでキミ、前にどこかで会ったことあるかな」
「は? 去年も勧誘に来たんだろ。覚えてねーけど」
「そうじゃなくてもっと前に──」
言いかけたが、やはり思いとどまる。
「いや、いい。気のせいかな」
あまりにおぼろげで、形を成さない既視感だ。おそらくそうなのだろう。
「それじゃ、オレはお先に失礼するよ。また明日」
──そんな会話が交わされていたなんて、おれはつゆとも知らなかったんだ。

