仮縫いの恋をかがる

 病院の処置室の前に設置してある椅子に座り、遼平が出てくるのを待った。
 暫くして出てきた遼平の左頬にはテープが貼ってある。
「お待たせ、琥珀」
「大丈夫か?」
「平気。ちゃんと消毒してもらったし」
 コンテストの翌日、俺は遼平と病院に来ている。掠り傷だから、と遼平は言ったけれど、念のために病院に行こうと言ったのは俺だ。
 会計を済ませ、ふたりで病院を後にした。遼平が俺を見て、ちょっとだけ眉尻を下げる。
「心配かけてごめんな、琥珀」
「お前が謝ることなんてひとつもねーだろ。……マジでありがとな、遼平」
「ううん。力になれたんならよかったって思う。思ってるんだけど……」
 そこで言葉を切った遼平が、頭を抱えるようにしながら肩を落とす。
「思ってるんだけど、めちゃくちゃ悔しくて……!」
 遼平の言葉に思わず笑った。
「何でだよ、二位だぞ。大健闘だろ」
 コンテストの結果は二位に終わった。花巻部長は三位だった。終わった後、「住吉くんに次の部長をお願いするね」と、晴れやかな笑顔を向けてくれた。
「だって俺、絶対優勝するぞって思ってたからさ……」
「それはみんな同じだ。悔しい気持ちは俺にもないわけじゃねーよ。でも、一位は来年獲ればいいだけだ。頼んだぞ、遼平」
 キッパリ言い切ると、遼平は目を丸くしてからはにかんだように口元を緩め、大きく頷いた。
 少し間を開けてから、遼平に視線をやって咳払いをする。
「……それでな、遼平。……先輩のことなんだけど」
「……うん」
「お前が納得してくれるなら、……俺、出来れば大ごとにしたくないって思ってる」
 幸いなことに弁の立つ優斗が、顧問には刃物の件は隠して説明してくれた。事情があって俺の衣装を持ち出した、ということになっていて、俺はその「事情」を明日学校で顧問に説明しなくちゃならない。
「先輩が勘違いして持ち出してしまった、とか……そんな感じで説明したい。やったことは許せねーし、お前の傷のこと考えたらぶん殴ってやりたいんだけど、……」
 その先を上手く言えなくて、口を噤む。
(甘いかな。……甘いよな)
 わかっているけれど、大ごとにして先輩を裁きたいわけじゃない。その気持ちを表す適切な言葉が浮かばなくてもどかしい。
 だけど遼平は俺のそのもどかしさを汲み取ってくれたようだ。
「鋏片手に向かってきたわけじゃないもんな。たまたま振り上げたとこに俺が割って入って、当たっちゃったってだけだから。俺は琥珀が思うようにしてくれるのが一番いい」
 遼平らしい、優しいセリフだ。胸がじんわりあたたかくなる。
 ふたりで並んで、駅までの道を歩いた。
(このまま、帰んのかな)
「コンテストが終わったら」という、あの約束を遼平だって忘れていないはずだ。
 隣の遼平の横顔はやっぱり綺麗で、ドキドキする心臓を隠せない。
 すると遼平が横目で俺に視線をくれる。
「琥珀」
「……なんだよ」
「俺、琥珀に言いたいことある」
 ぴたりと足を止めた遼平が、身体ごと俺の方を向いた。
「……俺もある」
 そう返し、俺も同じようにして向き合う。
「俺、琥珀が言いたいことわかるよ」
「は? ……そんなわけないだろ」
「そんなわけあるよ。だって絶対俺と同じこと、言いたいはずだから。自信あるよ、俺」
 遼平が少し口角を上げた。本当に自信たっぷりに見えて、何だか悔しい。
 悔しいけれど、俺にも確信があった。俺たちは、きっと同じことを言おうとしている。
「せーの、で言おうよ」
 遼平の言葉に頷く。せーの、と遼平が言った後、ふたりの声は綺麗に重なった。
「恋人ごっこ、ずっと延長したいんだけど」
 遼平が笑う。俺も顔から火が出そうだったけど笑った。一言一句同じだなんて、こんなの笑わずにいられないだろ。
「琥珀」
 俺の好きな声で、遼平が俺を呼んで右手を差し出す。その手をきゅっと握った。
 水族館の時みたいに、指が絡んでなかなか解けなくなる。
 どうかいつまでもこの手が、解けませんように。
 そうすれば、仮縫いだったこの恋を、ふたりでゆっくりかがっていける。
 隣を歩く遼平を見つめて、願った。