いつもの待ち合わせ


「おかえり。のぼせなかった?」

 部屋に戻ると、ベッドに寝転がってくまライフを読んでいる蓮也。

「ごめん長風呂になった。風呂ありがと。それ七巻?」

 ベッドに腰掛けて聞くと、起き上がる蓮也。

「そう。俺七巻特に好きなんだよね」
「俺も!くま太の漢気に感動した」
「わかる、俺はさ……ってこんな話してたら朝になる。風呂入ってくるから寛いでて」

 そう言って走って部屋を出ていってしまった。そんなに急がなくてもいいのに。
 寛いでとは言われても流石に悪い気がして、ベッドから降りてくまライフを読む。
 暫く読んでいると、またバタバタと走る音が聞こえて勢いよくドアが開く。

「ただいま」

 タオルでガシガシと髪を拭きながら部屋に入ってきた。やっぱりちょっと雑だなと口角が上がる。

「何笑ってんの」
「いや、いつもと印象違うなって」
「風呂入るとセット取れてペタンコなんよなー」

 そう言いながらベッドに腰掛ける。
蓮也のいう通り、いつもしっかりセットされている髪と違って前髪が目にかかっているのは新鮮だ。少し長めの黒い髪はツヤツヤで、俺の髪とは全然違う。イケメンは髪まで違うんだなと感心する。

「そんなとこ座ってないで、こっち座りなよ」

 そう言って自分の隣をポンポンと叩くので遠慮なくベッドに座らせてもらう。
 右隣にいるのはいつもの蓮也のはずなのに、シャンプーのいい匂いがしてなんだか落ち着かない。
自分と同じシャンプーのはずなのに、より甘いような匂いがする気がする。これもイケメン効果なのだろうか。

「あれ」

 耳馴染みのいい低い声が、右耳のかなり近くで聞こえてドキッとする。いや、ドキッてなんだよ。意味がわからん。

「なに」

 蓮也の顔を見ることができずに、前を向いたまま答える。

「凌太って耳開いてんの?」
「ああそういうこと……。中学の時に開けて、去年また開けた」

 まじまじと右耳を見られているので、そのまま前を向いたまま動けなくなった。

「中学って怒られんかった?」
「めちゃめちゃ呼び出された」
「凌太不良じゃん」

 右隣から笑い声が聞こえる。そんなに面白いか?相変わらずゲラな蓮也に少し安心する。

「そういう蓮也は中学の時どうだったんだよ」

 少しだけ右側に目をやると、ニコニコと笑っている蓮也が目に入った。

「俺ね、一回だけ喧嘩したよ」
「それこそ不良じゃん」

 そう言って笑うと、蓮也の表情が少しだけ曇った気がした。気のせいか?

「自分からふっかけたくせに、めちゃめちゃ負けてダサかったけどねー」
「ふーん」

 前を見てつぶやくように言った蓮也に、なんとなくあんまり触れない方がいい気がして上手く返せなかった。

「ところでさ、ピアスつけないの?」

 くるっとこっちを向いた蓮也の表情は、眩しいほど明るかった。

「そういや最近つけてないな。そろそろ塞がるかも」

 実は結構な数が開いているけど、あまりつけなくなった。別に何かあったわけでもないけどなんとなく。

「塞がる前につけなよ。勿体無い気がするし」
「んー、じゃあ今度なんかするわ」

 少し考えてそう言うと「俺新しいのあるかも」と蓮也が立ち上がった。
歩き出したと同時に、下に置いていたくまライフに躓いて、俺の上に蓮也が覆い被さった。

「いてぇ……」

 ベッドの上だから幸い背中の痛みは軽いもんだ。
ふと前を見るとシャンプーの匂いとともに綺麗な顔が目に入る。また心臓がドキッと音を立てたことに戸惑っていると、蓮也が大慌てて俺の上から降りた。

「え……ちょ、ごめんごめんごめんほんとごめん」
「いや、大丈夫」

 めちゃくちゃ謝っている蓮也にそれしか言えなかった。
さっきまで騒がしかったのが嘘みたいに静まり返った部屋には、俺と蓮也の呼吸だけが聞こえる。

「……あー、もう寝よっか」

 気まずそうに切り出した蓮也の提案に「うん」とだけ返す。なにをさっきからドキドキしてんだよ俺は。

「ゲームで勝ったんだから、ベッド使いなね」

 ローテーブルを片付けるためにベッドを降りようとする蓮也の腕を、咄嗟に掴む。
 驚いて振り向いた蓮也の視線と、俺の視線がぶつかる。

「別に一緒に寝ればいいじゃん」
「……え」

 なに言ってんだ俺は。
シングルベッドに高校生の男が二人なんて明らかに狭すぎるし、蓮也も引いている。また気まずくしてどうすんだ俺は。
だけど口にしてしまった以上後に引けなくて、そのまま口を噤む。

「いいの」

 十秒ほどの沈黙の後、口を開いた蓮也は下を向いていてどんな表情をしているのかわからない。
俺は「うん」とだけ答えて、そのまま蓮也の手を引っ張って一緒にベッドに身を沈める。そっと蓮也の手を離して、逃げるようにベッドに潜り込む。

「そっち、大丈夫か」

 自分からしたくせに蓮也の方を見れなくて、壁に向かって話しかける。

「狭いけど凌太の寝相が良ければ落ちないかな」

 そんな軽口を叩くので、つい笑ってしまう。
 蓮也は今どんな顔をしているのだろうか。

「俺さ、今日めっちゃ楽しかった。久々にこんなに笑ったしさ」

 俺が話す言葉を、蓮也はうんと相槌を打って聞いている。それを良いことに話を続ける。

「俺ってなんもできなくてさ、毎日無難に生きていけりゃいいかって思ってんだよ。だけど、蓮也と話すようになってから楽しくてさ。上手く言えないけど色がついたみたいな。……ありがと」

 自分が自分じゃないみたいにスラスラと言葉が出てきて不思議だ。普段なら絶対こんなこと言わないのに。
沈黙が恥ずかしくて布団に潜ろうとすると「そんなことない」と蓮也の声が聞こえた。

「凌太はゲーム上手いし、周りのことよく見てるし優しいよ。なんもできなくないし、俺はそんな凌太にいつも救われてんだよ。俺の方こそあんがと」

 そんなことを思っていてくれてたなんて思ってもみなかった。話してみないとわからないことってやっぱり多いもんだな。
 ふと蓮也の方を見ると、蓮也もこっちを見ていた。目が合うとお互いふふっと笑みが溢れて、途端に部屋に笑い声が響き出した。

「なぁ蓮也、彼女いんの?」

 風呂場で考えていた、今まで話してこなかった話題を笑いに乗じて振ってみる。

「……何て答えたら凌太は嬉しい?」
「へ?」

 質問に質問で返ってくるとは思っていなくて、変な声が出た。嬉しいって、なんだ。

「いないよ、彼女」
「そっか」
「うん」
「……もう寝よっか」
「うん」
「おやすみ」

 特に会話も広がらずに、寝ようと言う蓮也の提案に乗って再び壁を見つめる。
 暫くしてから蓮也の寝息が聞こえてきて、俺も目を閉じた。



「うう……眩しい」

 カーテンから漏れ出る光が眩しい。重たい瞼をゆっくりと開けて、スマホを見ると時刻はもうすぐ九時になる。
 寝ぼけ眼のまま隣を見れば綺麗な顔が近くてつい後ずさってしまい、壁にぶつかった。

「いってぇ……」

 綺麗な顔立ちとは言っても、寝顔はどこか幼く感じる。
そのままダラダラするのもありだけど、流石に起きた方がいい気がして蓮也の肩を揺すってみる。

「蓮也、蓮也、朝だぞ」
「んー、後十分……」

 そう言って転がってベッドから落ちそうになるのを慌てて止める。ふぅ、ギリギリセーフ。
 朝が弱いのもなんか意外だな。また新しい蓮也を知った気がして、嬉しくなる。

「おら、起きろ!」

 勢いよく布団を剥がすと、ようやく目を開けた蓮也がこっちをみてぼーっとしている。

「おはよ」
「んー?……うわ、凌太!」

 目を覚ました蓮也は俺の顔を見るなり慌てて飛び起きた。

「うわって失礼なやつだな」
「わーごめん。急いで朝ごはんつくるね」

 そう言って昨日の風呂の時のように、走って部屋を出て行った。
 グーッと伸びをして、俺も蓮也の後を追う。

 

 二人で並んで身支度を整えて、蓮也が目玉焼きを焼いてくれている間にサラダを用意する。
 いい匂いが広がっていて腹の虫が鳴っている。

「凌太は目玉焼きになにかけて食べんの」
「醤油だな」
「俺は塩一択」

 ドヤ顔でそう言った蓮也に、調子に乗んなと言えば笑顔が返ってきた。いつも通りだ。

「焼けたよ」
「おお、豪華だ」

 目玉焼きにサラダ、トースト、さらにヨーグルトまでが並んでいて俺にとってはかなり豪華だ。
 いただきますと手を合わせ、美味い美味いと頬張る俺を見て、蓮也はまた笑っている。

「簡単なものばっかだよ。朝いつもなに食べてんの?」
「おにぎりだな。食べない時もあるし」

 母さんは夜勤だし、姉貴も俺も出る時間が違うから朝はそれぞれで済ませることが多い。自分でとなると、ついテキトーになってしまいがちだ。

「お腹減るじゃん」
「そうなんだよなー」

 サラダを食べる手を止めて蓮也がこっちを見る。

「……また泊まりにおいでよ。そしたら俺ご飯作るし」

 齧っていたトーストを置いて蓮也と目を合わせ、渾身のイケメン顔を作って見せる。

「絶対また来る」
「ははっ、なんだそれ。ほら醤油」
「俺の渾身のイケメン顔なのに」

 手渡された醤油を受け取って、こちら側にあった塩を渡す。

「イケメンは目玉焼きも塩で食うんですってよ」
「凌太も塩で食えばいいじゃん」
「俺は浮気はせん」

 そう言うと蓮也はまた爆笑している。その姿を見て、また心臓が音を鳴らした気がする。
 平和なモーニングタイムはなんでもないことを沢山話して過ぎていった。




「じゃあ、そろそろ帰るわ」

 朝食を食べ終えて少しゆっくりした後、夕方からバイトのある蓮也に悪いので帰ることにした。

「もっといたらいいのに」
「バイトまでのんびりして欲しいから」
「じゃあ下まで送る」

 そう言った蓮也と一緒に家を出て、エレベーターで一階まで降りた。
エントランスでいいと言ったのに、自転車置き場までわざわざついてくるところが蓮也らしいと言うかなんというか。

「来てくれてあんがとね。楽しかった」
「こちらこそありがと。めちゃくちゃ楽しかったし、飯超美味かった」
「また食べにきて」
「うん。……あ、そうだ忘れてた」

 鞄をゴソゴソと漁って、下の方にあった袋を渡す。

「なにこれ」
「見てみ」

 ぐちゃぐちゃになった袋を開けて、中身を取り出すと蓮也の目がキラキラと輝いている。

「……これ!!」
「こないだのやつ。お揃いだけど」

 蓮也と話すきっかけになった、例のくまライフのくじで出たハンカチだ。
三枚の内、二つの柄が被ってしまったので一枚蓮也にあげることにした。押し付けと言えばそうなるけど、いいように言えば思い出の一枚だ。

「めちゃめちゃ嬉しいわ!あんがと。毎日使うね」
「いや洗ってくれ」

 少年のような笑顔で喜んでいる蓮也を見て、俺まで嬉しくなる。流石に洗って使って欲しいけど。

「じゃあ、今度こそ帰るわ。ありがと。バイト頑張ってな」
「あんがと。次会うのは来週かな」
「そうだな。んじゃまた学校で」

 チャリに飛び乗ってペダルを漕ぎ始めると、後ろから「気をつけてねー」と蓮也のでかい声が聞こえた。美也ちゃんの時と同じじゃねぇか。
 俺はヒラヒラと右手を振って、ゆっくりとペダルを漕いだ。




 家に入ると姉貴の笑い声が聞こえる。休みなの忘れてた。
 手洗いうがいをしてバレないように部屋へ向かおうとすると、リビングのドアが開く音がした。首をゆっくり音の方へ向けるとニコニコと不気味な顔をした姉貴がいた。

「おかえり」
「……ただいま」

 それだけ伝えて再び部屋に入ろうとすると、こっちに来いと視線が告げていた。面倒くさいことになった。無視すれば余計に面倒なことになることがわかっている俺は、おとなしく姉貴のいるリビングへ足を進める。
 ダイニングテーブルに向かい合うように座らされ、事情聴取ってこんな感じなんだろうかと考える。

「どうだったの」
「楽しかったけど」
「そうじゃなくて、なんかドキッとしたとかないの」
「……いや」

 つい固まってしまった。最悪だ。なんで俺はこんなに馬鹿なんだ。

「なんかあったの?」

 身を乗り出して聞いてくる姉貴からは絶対に逃げられない。身をもって知っている俺はおとなしく口を開く。

「ドキッとすることは確かにあったけど、それだけだから」

「……ふーん。まぁ別にいいんだけどさ、もし好きって可能性があんならちゃんと向き合いなよ。手遅れになる前に」
「は?好きって……そんなことねぇよ。男同士だし」
「バーカ。そんなもん関係ないっての。大事なのはアンタの気持ちよ気持ち」

 蓮也のことが好きかもなんて、考えたことすらなかった。確かに蓮也といるのは楽しいし、新しい一面を知る度に嬉しいと思うけど。それは勝手に作っていた俺のイメージと違うからってだけで。
だけど、ドキッとしたことに関しては正直説明できない。
 頭を抱えた俺を見て、姉貴は「考えろ男子高校生」とニヤついて自室に戻って行った。
 暫く放心しているとLIMEの通知音が響いてビクッとする。

『本当に楽しかった、あんがと。また来て』という文面と、ありがとうと告げるくま太のスタンプが蓮也から送られてきていた。
 俺は部屋に戻り、ベッドにダイブする。
『こちらこそありがと。またお邪魔する。バイト頑張って』
 なんとも言えない気持ちでなんとか文を送信し、お辞儀をするくま太のスタンプを送った。
 姉貴のせいでもうわけわかんねー。
 今までのことを思い返してみても、俺の頭にはキャパオーバーで全くその先の答えは出てこない。
 それから数日間、姉貴に笑われながら色々考えてみたけど、悶々とするだけでよくわからないまま休日は過ぎていった。