けたたましく鳴り響くアラームの音で目が覚めた。
手探りで探し当てたスマホの音をすぐ止めて、二度寝を試みる。いい感じに夢の世界へ行けそうになったところで、アラームではなく通知音が聞こえた。
もう一度手探りでスマホを探し当て、重い瞼をゆっくり開くと蓮也からLIMEが来ていた。
『おはよ。今日待ってんね』と言う文字と、楽しみ!と踊るくま太のスタンプ。
そう、今日は蓮也の家でお泊まり会だ。
『早起きだな』と送った後、また後で!のくま太スタンプを送信しておく。
グッと伸びをしてベッドを降り、カーテンを開ける。
「眩しっ」
今日はかなり天気が良くて暖かそうだ。チャリを漕いだらきっと気持ちいいだろうな。
部屋を出て身支度を整えリビングに向かうと、姉貴がいた。
「おはよ。……あー、今日泊まりだっけ?」
「なんでいんの」
「今日休みだから」
「ふーん」
ゴールデンウィークも仕事の母さんと違って、姉貴は休みらしい。尚更家に居なくて正解だ。
「ねぇ、アンタほんとに友達の家?」
ソファの背もたれに身を乗り出して、キッチンで水を飲む俺に聞いてくる。姉貴は昔から何でも干渉したがるからかなり面倒くさい。だけど、変に誤魔化す方が余計に面倒くさくなることも長年の経験で知っている。
「マジで友達ん家」
「井上くんじゃないんでしょ?」
「柊ってやつ。くま太好きなんだってさ」
それを伝えると「そういうことね」と納得したようで、もう質問攻めにはならなそうだ。
「本気で彼女かと思ってたわ」
「なんでだよ」
「だって面倒くさがりのアンタが、わざわざ頼んでもないのにセボンに通ったり、スマホ見てニヤけたりしてるから」
「普通だしニヤけてねぇよ」
なんか井上もそんなこと言ってたな……。あいつの場合はただ揶揄いたいだけなんだろうけど。
「ただの友達のために頻繁にバイト先通うなんて、アタシには無理だけどね」
「どういうことだよ」
姉貴は俺をじっと見たあと、深い溜め息をついた。
「アンタがガキだってことよ」
「はぁ?」
訳が分からなくて苛立つ俺を無視して、姉貴はソファに座り直してテレビを見始めた。
ガキだなんだって言われるのは気に食わないけど、今は言い合いしている場合ではない。とっとと着替えて家を出よう。
前日に用意しておいたお泊まりセットを持って、行ってきますとだけ伝えて家を出た。
待ち合わせの11時には早いけど、チャリでいつもの公園へと向かう。
こんな時間に公園へ行くことがないからかなり新鮮だ。
暖かい春の風が気持ちよくて、つい鼻歌まで歌ってしまう。
車の音で掻き消されるだろうと、でかめのメロディーを響かせてしまった。
予定より30分も早くついてしまったけれど、待っている時間は別に苦じゃない。
いつものベンチに腰掛けると、夜とは違って散歩しているお爺さんや遊んでいる子どもの声がして、なんだか違う場所みたいだ。
音楽でも聴きながら待っていようとイヤホンを耳に入れたところで、俺の足元に見慣れた白いスニーカーが目に入った。
顔を上げると、相変わらずラフな格好をした蓮也がいた。
「早いね」
「そっちこそ」
「楽しみで寝れなかったとか?」
俺を見ている男は、ニヤついていても顔が整っていて腹が立つ。
スッと立ち上がって「そんなとこ」と答える。
「え、え、ほんと?マジ?」
やべーと騒いでいる蓮也にまた笑みが溢れる。そんな俺を見てムッとした後、行くよと前を歩き出した。
俺はチャリを押して蓮也の後ろを歩く。
「俺ん家ここの五階ね」
そう言って蓮也が指をさしたのは、白い十階建てほどのマンション。
ここから五分ぐらいだと言われていたけど、話していたら三分も経っていないように感じた。
二人でエレベーターを待っていると、大きな荷物を持った中学生ぐらいの女の子が降りてきた。綺麗な長い黒髪に、クリッとした丸い目は紛れもなく美少女だ。
「あ、お兄」
その子は蓮也を見るや否や「お兄」と呼んだ。
「美也もう行くの?」
「うん。お兄の友達?」
二人の視線が俺に集中する。おいおい兄妹揃って美形なんだな。年下なのに何故か緊張してしまう。
「えっと、佐々木凌太です。蓮也くんにはいつもお世話に……ナッテマス」
やばいダサい。またカタコトみたいになった。なんでいつも俺はこうなんだ。セボンで連夜に話しかけた日のことを思い出して心臓がキュッとなる。
「あ!くま太のお兄さんか」
「え?」
「美也!!」
そんな歌のお兄さん的な呼び方?
蓮也は俺のことなんて言ってんだ。ポカンとしている俺を置いて焦っている蓮也と、ニヤついている美也ちゃん。
「凌太くん、お兄ってよくわかんない感じだけどただのゲラだから!でも優しいよ!お兄のことよろしくお願いします」
そう言って深々とお辞儀をされたので、なんとなくつられて俺もお辞儀をする。「何やってんの」と言う蓮也を無視して、美也ちゃんと向き合う。
「美也ちゃん勉強頑張ってね」
「凌太くん大好き!また私がいる時にも遊びに来てね」
可愛い女の子に大好きと言われて嫌な男はいない。余韻に浸りながら手を振って見送る。
「気をつけて行けよー」と美也ちゃんの後ろ姿に声かける蓮也は、めちゃくちゃお兄ちゃんだった。
「お兄」
口角を上げて蓮也を見ると恥ずかしかったようで「早く行くよ」とエレベーターの中へ押された。
「美也ちゃんかわいいな」
「元気過ぎてちょっと疲れるけど」
そんなことを言っても、妹想いの優しい兄だと言うことは十分にわかっている。ほっこりした光景を見て、温かい気持ちになった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
503号室の隣にある『柊』の表札を一瞥して、中に入る。
「俺の部屋すぐそこの右のとこだから入ってて。飲み物取ってくる」
了解と告げ、言われた通りに右の部屋へ向かう。
そっとドアを開けて「お邪魔します」と部屋へ入る。
黒を基調としたゴミ一つなさそうな綺麗な部屋。シンプルでとてもオシャレで俺の部屋とは大違いだ。ふと本棚に目をやると『くまライフ』が全巻揃っていて思わず口角が上がる。
あんまりジロジロ見るのも悪い気がして、ローテーブルの前にちょこんと座る。
シンとしていてなんだか落ち着かない。
そわそわしているとドアが開いて「お待たせ」とグラスに入ったお茶を持ってきてくれた。
足でドアを押して閉めている蓮也を見て、また意外な一面を見た気がして笑ってしまう。
「行儀悪りぃ」
「えー?家なんてこんなもんでしょー。はいどうぞ」
お茶をテーブルに置きながら、目の前に腰掛ける。
いただきますとお茶を一口飲んで、持ってきた鞄をゴソゴソと漁る。
「はい、これ」
「なに?」
「世話になるからと思って」
前日に用意しておいた近所のケーキ屋で買った手土産。くま柄のバケツにフィナンシェやクッキー、マドレーヌが入っていて、レモンティーの茶葉までついている。おまけにピンクの可愛いリボンで封がされているのでかなりキュートなデザインだ。
そんなものが俺から出てくると思っていなかったのか、瞬きを繰り返して固まっている蓮也。
「くま太じゃないし甘いもの嫌いだったらごめん。この間、甘そうな菓子パン食べてたし甘いもの好きなんかなって思ったんだけど」
少し気まずくてつらつらと言い訳を並べてみる。こんな時ばっかり口はよく回る。
「……そんな」
ボソボソと話している言葉はうまく聞き取れなかったけど「ありがとう」と言った蓮也は満面の笑みで、心がほわっとした。
「早速だけどお腹空いてない?ご飯作るよ」
「え、作れんの?ちなみにめちゃめちゃ腹減ってます」
そう言えば姉貴とちょっと揉めたせいで朝から何も食べていない。
「苦手なものない?」と聞かれたのでパクチーと答えると「それは俺も苦手」と笑っている。
立ち上がった蓮也の後ろをついてキッチンへ向かうと、座っててと言われたので無視して作るところを見ることにした。
「なんか緊張すんね」と言いながらも、手際よく食材を切って炒めている。あんまりわからないけど、普段から料理をしてるだろう手捌きだ。
感心しながら見ていると、もうできるよと言うので食器を運んで席に着く。
「はい、お待たせ」
いい匂いとともに出てきたのは、卵がたっぷり入った炒飯だ。
「めちゃめちゃ美味そう」
「口に合えばいいんだけど……」
不安そうな蓮也を他所に、いただきますと口いっぱいに炒飯を頬張る。濃いめの味付けで、ちゃんとパラパラの米の炒飯は姉貴のべちゃっとした炒飯とは大違いだ。
「やばい!めちゃくちゃ美味い!!」
「それならよかった」
イケメンで優しいだけじゃなくて料理までできるなんて、本当に非の打ちどころがない。それに比べて俺は本当に凡人なんだなと実感して笑えてくる。
その後、一瞬でなくなってしまった炒飯を見て蓮也は嬉しそうに笑っていた。
作ってくれたお礼に皿洗いをさせてもらっていると、テレビの前で何かゴソゴソとしている蓮也が目に入る。
皿を洗い終えて蓮也を見に行くと、家庭用ゲーム機が用意されていた。並べられたゲームソフトの中にあるものを見つけてハッとする。
「これ、俺超得意」
「マジ?俺これめっちゃ好きだよ。対戦しよー」
俺の好きな対戦ゲームを蓮也も好きなことが嬉しくてテンションが上がる。ネットの対戦はよくしているけど、友達と対戦するのはいつぶりだろうか。
「んじゃ、勝った方が今日ベッドで寝れることにしよ」
「それいいな。泣くなよ?」
「そっちこそ」
二人でソファに並んで座り、やべぇだの待ってだの叫びながらゲームをした。
接戦が繰り広げられた後に勝ったのは俺だった。
「負けたー。凌太強過ぎん?しょうがないからベッドは凌太のね」
主を差し置いてベッドで寝るなんて正直忍びないけど、せっかく決めたことだしお言葉に甘えるか。
「もうちょっとやろうぜ」
「りょーかい。次は絶対勝つ」
すっかり楽しくなってしまって、結局二人で夕方までゲームに夢中になってしまった。
「もうこんな時間か。ちょっと早いけどなんか作ろうか?」
「いや、悪いしラーメンでも行こうぜ」
実は公園から向かってくる途中で、美味そうなラーメン屋が目に入っていた。
「ラーメン好きなん?」
「超好き」
「俺も」
話すと意外にも俺と同じであっさりじゃなくコッテコテのラーメンが好きだと分かった。
正直、塩とかあっさりが好きなイメージだった。
二人で外に出ると空はすっかりオレンジ色に染まっていた。夕陽が綺麗に見えていて、思わずおおっと声が漏れる。
走っている小学生や、スーツを着たサラリーマンが歩いている。ゴールデンウィークでも仕事の人は大変だな。大人を見る度に、特にやりたいこともない凡人の俺は少し不安になったりもする。
そんなことを考えさせられるのは、この綺麗な夕陽のせいなのか。
「昼間もそうだったけど、なんかこの時間に学校関係なく凌太といるのが不思議」
「俺も思ってた。いつもは夜だしな」
昼間も学校で話すことはないし、余計に変な感じだ。
ぼーっと夕陽を見ながら歩いていると、いつの間にか蓮也と少し距離ができていた。
前を歩くオレンジに染まった蓮也の背中を見て、俺は小走りで追いついた。
ラーメン屋の帰り道はすっかり暗くなっていて、いつも蓮也と二人で会う時の空と同じだ。
「夜になるとなんか安心すんね」
「確かに」
美味かった〜と上機嫌で前を歩く蓮也の後ろをついて歩く。
俺の歩幅が小さいのか、歩くのが遅いのか、気づけば蓮也と少し距離が空いてしまう。
いつもは公園で会ってそのまま解散だから、今日初めて知った事実だ。
ふと見上げると綺麗な満月が目に入って、夕陽の時と同じようにおおっと声が出た。俺の声に蓮也が振り返る。
「満月?……美味そう」
「は?」
満月を見て美味そうだと言う蓮也が面白くてツボに入ってしまう。
「それは流石に食い意地張り過ぎ。待って、腹痛いって」
蓮也はそんな俺がツボに入ったようで、今まで見たことがないような見事な爆笑で腹を抱えている。
そのまま二人して暫くしゃがみ込んで、周囲の目も気にせずに笑った。
「こんなに笑ったの久しぶり」
「俺、蓮也の爆笑してるとこ初めて見た」
そう言うとゆっくり立ち上がって、目を丸くしている。
「なんか恥ずかしいんだけど」
「なんでだよ……だめだ、今もうなんでも面白い」
再び笑い出した俺を見て、蓮也もまたつられて笑っている。
腹が痛くなるほど笑ったのなんて俺も久しぶりだ。やっぱり蓮也といるとよく笑っている気がする。
「ほら、いい加減帰ろ」
しゃがんでいる俺に伸びてきた手を取って立ち上がり、蓮也の家へと歩き出した。
家に帰るや否や一番風呂どうぞと風呂に押し込まれ、現在湯船にいる俺。ゆずの香りの入浴剤がホッとする。
友達の家に泊まるのってこんなに楽しかったっけ。
今日は、蓮也の新しい一面をたくさん見た気がする。意外と雑だったり、料理が美味かったり、コッテコテのラーメンが好きだったり。
話すようになってから笑ってるところはよく見ているけど、爆笑しているのは初めて見た。
そういうところを見れるのは、心を許してくれているんだなと純粋に嬉しい。
やりたいことも目標もなく、何事も程よく無難に。変化のない毎日が当たり前になっていた俺に、柊蓮也という嵐が訪れてから突然色がついたように目まぐるしくなった。
二コマにも気付けば長い間行っていない。姉貴にも指摘されるぐらい、この短期間にセボンに通い詰めている。
そういやあいつ彼女とかいないのか?俺とばっかり会ってて大丈夫なのか。そう行った話は全くしたことがないし、知らない。俺自身もそんなタイプではないし。分かっているのは蓮也がかなりモテるということだけだ。
「いたっ」
普段考えないようなことを考えたせいなのか、心臓が少し痛くなった。
自分家でもないのについ長風呂をしてしまって、急いで出た。
