帰宅して、飯と風呂を済ませ俺はまたセボンに向かおうとしている。
幸い姉貴は残業でいない。こんなラッキーなことはなかなかない。
「あんたどこ行くの?」
靴を履いていると、母さんが玄関まで来た。
「セボンだけど」
「セボンまで行くの?あんたが好きなの二コマじゃなかった?ポテチならスーパーで買って来たけど」
いつも近くの二コマでポテチを買ってくる俺に、なんでわざわざ?という視線が刺さる。
確かにわざわざ遠いセボンまで行くのは何か用事がない限り変だ。
「ちょっと用事」
「……ふーん、まぁいいけど気をつけて行きなよ」
「おう。行ってくる」
怪しむ視線から逃げるように急いで家を出た。
確かにこれと言って用事はないし別にポテチも要らないけど、俺はチャリで十分のところを七分で着くように向かった。
店内に入ると、相変わらず聞こえる気怠げないらっしゃいませ。
俺はレモンティーを二つ手に取ってレジへ向かう。
「いらっしゃいませ」
「お疲れ」
「そっか、今日は凌太の日か」
そう言ってピッ、ピッと手際良くレジを通す蓮也。
会計を済ませると、営業スマイルとは少し違った力の抜けた笑顔を向けてくる。
「んじゃ、頑張って」
「はーい。あんがと」
店を出て、俺はすぐ近くの公園へ向かう。
ベンチに腰掛けて暫くスマホで動画を観て時間を過ごしていると「お疲れ」と言う声と同時に、足元に見える白いスニーカー。
スマホをポケットに入れ、見上げると疲れた顔の蓮也がいた。お疲れと言うと、右隣に腰掛けて思いっきり伸びをしている。
「はい」
「あんがと」
買ったばかりのレモンティーを渡して、グラスを交わすように小さく乾杯をする。
最近はこうして、蓮也がシフトに入る時に公園で話している。流石に毎回ではないけど。
でもこれが一番変わったことで、誰も知らない二人の時間だ。
「今日さ、たばこを銘柄で言ってくるおじさんにキレられてさ」
「たまにいるよなキレる人」
「わかんないから番号で言ってって頼んでんのにさ、それぐらい覚えとけーって。なんなんだよー」
俺は必死に話す蓮也が面白くて、つい笑ってしまう。
「また笑ってるし」
最近、蓮也と話していると笑うことが増えた気がする。蓮也がゲラなせいでつられるのもあるけど。
蓮也とはこの時間にバイトのこととか、学校でのこと、家族のことから嬉しかったことまで話すようになった。
互いの愚痴をこぼし合うこともあって、この短期間でかなり打ち解けた関係になったと思う。
蓮也はこの辺に住んでいて、母親と二つ離れた妹と三人暮らしらしい。
受験勉強で大変そうな妹のためにも、なるべく夜は出るようにして静かに勉強させてあげているらしく、うちの横暴な姉貴と違って、優しい兄なんだなと感心した。くまライフも実は妹の影響でハマって、今では自分の方が熱量が凄くなってしまったと聞いた。
いろんな話を聞けば聞くほど、蓮也のギャップに気付かされる。
俺にはなんも面白いところもないけど、蓮也はいつも「凌太おもろい」と言って笑っている。蓮也が楽しそうなので、特に悪い気はしない。
「そういや、今日あいつらがごめん」
「全然。確かに強引だったけどな」
昼間のことは最初こそ驚いたものの、結果的にかなり楽しい時間だった。
結局俺が連れて行かれた理由はよくわからなかったし、教室に戻ったら井上に怒られたけど。
「変なこと言われてない……?」
「変なこと?……あ」
変なことではないけど、蓮也と友達になったのかって聞かれたな。本当にそれだけしか聞かれてないから、特に話すようなこともない。
「あっ、って何?凌太?あって言ったよね」
「言ってねぇ」
「絶対言ったって」
隣でわーわーと喚いている蓮也の肩に、落ち着けと手を置く。
不貞腐れた顔でぶつぶつと何かを言っている蓮也を見ながら、レモンティーを口に含む。
「凌太さ、水曜暇?」
「……っ、明後日?まぁ暇だけど」
いきなり凄い勢いで振り向いた蓮也のせいで、咽せてしまった。なんだこれデジャヴじゃねぇか。
「ゴールデンウィークじゃん?なんか妹友達の家で泊まりで勉強するらしいし、親も出張でいないし、泊まりに来ない?」
口を開けたままの今の俺は、さぞかしアホヅラだろう。泊まり?俺と?
親いないから〜みたいなのって彼女にするもんじゃないのか。
「あ、いやほんと無理しなくていいんだけど。ほら、俺も暇だしなーって思って。全然断ってくれていいからさ」
珍しくテンパっている蓮也が面白くて、つい揶揄いたくなってしまう。
「ごめん」
「だよね……」
「嘘だけど」
「……え!?マジ?それは来てくれるってこと?ほんとに?」
立ち上がってこっちを見ながら目を見開いている目の前のイケメンに、クールという言葉は全く当てはまらなくて。
公園の灯りに照らされた瞳はキラキラと輝いている。
そんなに嬉しいのかと思うと面白くて、また口角が上がってしまう。
「お邪魔するわ。ってかあいつら誘わなくていいの?」
「あいつらはいーの。すぐ部屋汚されるしうるさいから」
心底嫌そうな表情からは、嫌な経験があったことが読み取れた。確かにあのメンツを呼ぶと部屋を綺麗に保つことは難しそうだ。
「泊まりなんて小学生ぶりかも」
「そうなん?俺が超楽しませてあげるよ」
「期待しとく」
嫌そうな顔をしたと思えば次はドヤ顔をしていて、コロコロと表情の変わる蓮也は見ていて飽きない。学校でのイメージは完全にクールだったのに、最近じゃクールなんて全く思わなくなったな。
「あ、レモンティー無くなっちゃった」
「じゃあそろそろ帰るか」
レモンティーが無くなれば、それは解散の合図で。
話せば話すほど、逆にレモンティーの減りは遅くなった。
また明日学校に行けば会えるのに、いつも寂しそうにする蓮也が少し可愛い気もしなくはない。
よっと立ち上がって、二人で公園の出入り口まで向かう。ゴミ箱に空になったペットボトルを捨てれば、それが別れの挨拶の合図だ。
「泊まり、超楽しみしてて」
「わかった。また明日な」
「うん。おやすみ」
チャリに跨って、街灯に照らされながら十分かけて家へ帰る。思わず鼻歌なんて歌ってしまうほど、風が心地よかった。
「ただいま」
「あんた一時間以上セボンで何してたの?彼女?なんかあった?」
帰宅早々、母親の質問攻めに合うとはついてない。
「こいつ最近自分からしょっちゅうセボン行ってんの。しかも毎回遅いし」
せっかく人が楽しく帰って来たと言うのに、姉貴にも会うなんてついてない。これは早々に切り上がるのが吉だ。
「あー……友達がバイトしてんの。明後日は泊まりに行くから。じゃ、部屋行くわ」
逃げるように部屋へ向かうと、やっぱり彼女じゃないのかと話す二人の声が聞こえる。
何がそんなに気になるんだか。
勢いよくベッドに横たわると、静かな部屋に通知音が響いた。LIMEを開くと蓮也から「おやすみ」と布団に入るくま太のスタンプが送られてきていた。
同じスタンプを送り返して、スマホを枕元に置く。
今日はいろんなことがあった一日だった。
まさか陽キャ集団と一緒にメロンパンを食べることになるなんて思ってもみなかったけど。でも、蓮也と同じでみんな話すといいやつだった。そして近くで見ると、改めて全員顔面偏差値が高すぎる。女子が騒ぐのも無理はない。
そんな中の一人とフツーの俺が友達だなんて誰も思わないだろうな。
……なんか急に、学校での苗字呼びがちょっと嫌になってきた気がする。
少し頭を使いすぎたのか、この日はあまり眠れなかった。
