いつもの待ち合わせ


土日を挟んでついに迎えたテスト初日。俺は絶賛大不調だ。
 雨に打たれたせいで風邪を引き、テスト勉強どころではなかった。
 熱が下がったお陰でこうしてなんとか登校できたものの、頭がガンガンしている。
 ただ初日は二科目だけなので、気合いでやればなんとかなる。
 
「おっはー」
 
 机に突っ伏した俺のところに、井上がやって来た。
 顔を上げて挨拶すると「いや顔色わるぅ!」とでかい声を出してきたので、小声で頼むとだけ伝えてもう一度机に顔を埋める。
 
「なぁ、帰ったほうがいいんじゃね」
「いや、気合いで乗り切る」
 
 机と向き合いながら答えると、こう言う時は頑なな俺をよく知っている井上は「なんかあったら言えよ」とだけ伝えて席に戻って行った。
 ガンガンしている頭にううと声が漏れる。
LIMEの通知音が聞こえて、ちらっとスマホを見ると大丈夫?のくま太スタンプが届いていた。井上との話を聞いていたのか。
 ゆっくり顔を上げると、右斜め前の席から心配そうに俺を見つめている蓮也がいた。
 そんな蓮也に右手でVサインを作って、右の口角を少しだけ上げる。もう一度机に突っ伏してテストが始まるのを待つ。
 これはあの雨の中帰った俺の自業自得だ。そして、ズルをした俺への罰でもある。ここで逃げている場合ではないだろ。

 
 十分ほどしたら予鈴が鳴って先生が注意事項を説明し始める。
 そして数分後にはプリントが配られて、やっとテストが始まった。
 なんとか空欄を埋めて机に突っ伏すというのを二科目続けた。


 やっと帰れるなと思って立ち上がった瞬間、くらっと眩暈がして倒れそうになる。
「やべ」と思った瞬間、俺は誰かに支えられていた。
 ゆっくり瞼を開けると、目の前にあったのは蓮也の顔だった。
 
「大丈夫?」
 
 俺より数センチ背が高い蓮也は、俺よりも華奢なくせにしっかりと俺を支えてくれていた。
 
「……っ、ごめん」
 
 急いで離れようにも力が入らないうえに、結構な力で支えられていて離れられない。
 
「保健室行こ」
「いや、もう帰るだけだから大丈夫だって」
「ダメだって。また倒れる前にちょっと休も。連れてくからさ」
 
 普段はゆるっとした話し方なのに、珍しく圧のある蓮也に断ることもできない俺は、お言葉に甘えることにした。
 おんぶは嫌だろうからと、腕を肩に回して支えてくれて保健室に向かっている。
 教室を出る時、井上が近づいて来て「柊くん、佐々木のこと頼むね」と言っていた。
 蓮也と友達だってことは井上にも伝えてなかったのに、なんで驚いてなかったんだ。
 そんなことよりも、あの場にいた全員にバレたと思うんだけどいいのか?俺は別に問題ないからいいんだけど。

 あまりにも身体がだるくて、つい蓮也により掛かってしまう。
好きだと伝えた相手にこんなことして、恥ずかしい通り越して逃げ出したい。誰か穴があったら俺を入れてくれ。
 やっと保健室について、蓮也がドアを開けてくれる。
 
 「すみません、先生いますか」
 
 蓮也の声に返事はなくて、どうやら先生はどこかに行っているらしい。
 
「とりあえずベッド借りよ」
 
 そう言ってベッドへと俺を連れて行ってくれる。先生がいない間に入っていいもんなのかわかんないけど、正直今はだるくてそれどころでは無い。
 
「ありがと、蓮也。迷惑かけてごめんな。俺先生に話しとくから帰っていいよ」
 
 ベッドに寝転がってそう告げると、どこからか椅子を持ってきて俺の腰あたりのところに置いて座った。
 
「何してんの」
「凌太が寝るまでここにいるから」
「明日もテストだろ。俺は大丈夫だから帰ったほうがいいって」
 
 俺の変なプライドのせいで迷惑をかけて、蓮也の成績が下がったらもう俺は蓮也に合わす顔が今度こそない。
 
「俺がいたいから勝手にいるだけだよ。それに明日の科目は俺得意だからへーき」
「そうは言っても……」
「あんな土砂降りの中帰ったから嫌な予感してたんだよ。ほら、病人はおとなしく寝てな」
 
 仮にも告白した相手の前で寝るなんて恥ずかしすぎると言いたいところだけど、横になったら一気に身体のだるさがのしかかってきて瞼が閉じていく。
 俺はそのまま夢の世界へと身体を預けた。

 身体が重い。と言うより腰のあたりが重いし、右手に違和感がある。
 
「う……」
 
 瞼を開けると、自分の部屋ではない真っ白な天井が目に飛び込んできた。
 そうか、俺保健室に連れて来てもらったんだった。
 ふと右側に目をやると、俺の腰あたりで寝ている蓮也。ついでに右手も握られている。
 まさか、ずっとここにいてくれたのか?
 テストがあるのにも関わらず、自分のことを好きだと言った友達の看病なんかして優しいにも程がある。
 蓮也の優しさに触れて、心臓がキュウっとなる。蓮也が好きだ。どうしようもなく。
 いつからこんなに好きになってしまっていたのか。もっと早く気づいていたら良かった。
 右手に少し力を入れると「ん……」と言う声を発して蓮也が目を覚ました。

「起きたの?身体しんどくない?」
 
 寝起きの舌足らずな蓮也にドキドキしてしまう。心配してくれてるのに最低だな俺は。
 
「ん、頭痛もマシになったし大丈夫」
「それなら良かった」
 
 ヘラっと笑う蓮也を見て、慌てて握っている手を離す。
 
「ずっといてくれたんだな」
「眠かったからだよ」
 俺が変な気を遣わないように言ってくれていることがわかるから、余計に申し訳なくなってしまう。
 
「先生に声かけてくんね」
「ありがと」
 
 仕切りのカーテンを開けて、先生に報告してくれている声が聞こえる。
 俺も起き上がって帰り支度をする。カーテンを出ると、蓮也と保健の先生が心配そうにこっちを見ていた。
 
「先生勝手にすんません」
「そんなのはちゃんと書いといてくれたらいいのよ。ちょっとでも良くなったみたいでよかった」

 優しい保険の先生にしっかりと頭を下げる。
「明日は調子悪かったら休みなさいね」と釘を刺された。
 
「凌太、俺チャリ取ってくるから鍵貸して」
「いやそんなんいいって。俺大丈夫だし」
「俺がそうしたいから。校門に向かってて」
 
 引き下がりそうもない蓮也に、おとなしく鍵を渡すことにして「よろしく」と伝えた。
 蓮也が保健室を出ていくのを見送ると、先生が「良い子ね……」と呟いた。
 
「はい、ほんとにいいやつです」
「貴方が寝てる間、ずーっとそばで見守っててね。少しでも良くなるにはどうしたらいいのかって聞いて来たのよ」

 そんなことがあったのかと胸の奥がジーンとなる。
 なんか急にいろんな感情が襲ってくる。恋ってすげぇんだな。

「じゃあ、俺も帰ります。先生ありがとうございました」
「はい、お大事にね。友達大事にするのよ」
「はい。絶対大事にします」

 そう言って保健室を後にして、校門へと向かう。
 校門が見えると、俺のチャリを押している蓮也が目に入った。

「蓮也、お待たせ。ありがと」
「どういたしまして。今日は凌太の家まで送るから、俺がチャリ押す」
 
 意志が強そうな蓮也を見て、今日はもう諦めたほうが良さそうだと甘えることにした。
 でも歩いて帰ると二十分は掛かるし、蓮也の家は逆方向だからかなり申し訳ない。
 蓮也は今どんな気持ちで俺と歩いてくれてるんだろうか。

「凌太」
「なに?」

 突然話しかけられて、内心びっくりした。
 好きという気持ちがバレている中で平然を装うのは難しい。

「返事する日、俺も凌太に話したいことあるんだけど。いい?」

 いいかどうかなんて、当然いいに決まっている。
 どんな話なのか見当もつかないけど、須藤たちが言ってたこととなんか関係あったりすんのかな。
 今は考えたって仕方ないけど。振られる覚悟は持っておかないとな。

「いいよ。蓮也、今日ほんとにごめん。今度絶対なんか奢るから」
「俺がしたいからいいんだってば。凌太はさ、俺にもっと迷惑かけてよ」

 いやいや、好きな人に迷惑かけてって言われても難しくないか?
 どういうつもりで言ってるんだろうか。

「迷惑かけるのは嫌だけど、じゃあこれからも頼らせて。その代わり俺にも頼って欲しい」

 暫く黙った後、蓮也は「うん」とだけ返事をした。
 
「あれ?あんまり意味変わんねぇか……」と独り言を呟き出した俺を見て、蓮也が爆笑し出した。
 それにつられてまた俺も笑う。
 気まずいかもしれないと不安に思っていた帰り道はあっという間で、気づけば俺の家の前に着いていた。

「俺ん家、ここ」

 自分家を指差して示すと、蓮也が唖然とした顔をしている。
 
「二コマの方が近いじゃん」
「いやそうなんだけどさ、今はセボンがマイブームだから」

 そう言うと蓮也の表情が少し明るくなるのがわかった。
 わかりやすいな、ほんとに。

「送ってくれてありがと。明日は元気だったらテスト行くから」
「うん。無理だけは絶対しないで」
「おう」
「じゃあ、帰るね」

 そう言って歩いていく華奢な背中に向かって「気をつけろよー」と言うと、振り返って満面の笑みを向けられた。
 大きめに手を振って、背中が見えなくまるまで見送った。


 蓮也はその間、何回もこっちを振り返っていた。