いつもの待ち合わせ


それから暫くセボンには行かなくなってしまった。
 姉貴には何かあったんだろとかなり問い詰められたけど、元気がない俺を見てなんとなく察したようだった。
 蓮也とは元から学校では挨拶しかしなかったために、なんとか乗り切ることができた。
 授業中に来るLIMEにはスタンプで返すか、寝たふりをするようになった。
 いきなりこんな態度を取って申し訳ないし、傷つけたいわけではない。でも、どうしても今まで通りではいれなかった。
 でもどんなに避けようとしても、蓮也はずっと授業中にLIMEを送ってくるし、毎日欠かさずにこっそり挨拶をしてくる。

「佐々木、最近スマホ見てニヤニヤしなくなったな」
 
 昼休み、唐揚げ定食を食べ終えた井上が心配そうな顔をして言った。
 
「連絡は取ってんだけど、どうも失恋したっぽい俺」
「相手に彼氏できたのか?」
「なんか中学の頃から好きな人がいるらしいわ」
 
 箸を置いて、グッと一気に水を流し込む。
 
「それは本人に聞いたのか」
「まぁ聞こえたって感じ」
「そうか……」
 
 ううんと俺のために顰めっ面をして唸っている井上は、昔からいいやつだ。
 
「ん?でも連絡はとってるんだな」
「まぁ毎日送られてくるから」
 
 んん?とさらに皺を増やして考えている井上に「どうした」と聞くと、その顔のまま俺を見てきた。
 あまりの顰めっ面に笑ってしまいそうになるのをグッと堪える。
 
「それって本当に失恋したのか?」
「そうだって」
 
 でも好きでもないやつに毎日連絡なんてしないけどな、俺が変なのかとぶつぶつと一人で考え込んでいる。
 俺のために真剣に考えてくれている井上に心の中で感謝した。口に出すと井上はすぐに調子に乗って長くなるから。
 食べ終わって顰めっ面をしている井上を見ていると、フラッと女の子がやってきた。
 
「井上くん、ミーティング忘れてない?」
 
 その言葉を聞いてハッとした井上は勢いよく立ち上がった。
 
「佐々木ごめんバスケ部のミーティング忘れてた!行ってくるわ」
「いってらー」
 
 おぼんを持ってマネージャーらしき女の子と颯爽と去っていく井上を見送って、俺も立ち上がる。
 食器を返して渡り廊下を歩いていると、目の前から騒がしい集団が歩いてきた。
 あれ?これってデジャヴ?
 
「佐々木くん!!」
 
 またしても一番右にいた男、小早川が俺の名前を呼んでいる。その集団の中に、今日も蓮也の姿はなかった。またじゃんけんで負けたのか。
 
「佐々木くんちょっと!!屋上いくで〜」
「おい、また蓮也に怒られるぞ」
 
 この間とは違って、今度は宣言された上で腕を引っ張られて屋上へ連れて行かれた。
 二度目に来た屋上は、以前と違って少し曇っていた。そう言えば夜は雨が降るって言ってたっけか。
 屋上に着くや否や、前と同じ場所に座らされた。
 
「今回はなんでしょうか」
 
 この前もそうだったけど、今回も蓮也関連なのはまぁ間違い無いだろう。
 
「佐々木くん、蓮也となんかあった?」
「最近蓮也元気ないんだよね」
 
 元気ないのか。俺には学校でもLIMEでも、良くも悪くもいつも通りだから全く気づいていなかった。
 
「心当たりがあればでいいから、何か知ってるなら話してくれると嬉しい」
「あー……」
 
 心当たりがあればあると言えばあるし、ないと言えばない。
 
「最近、バイト先に行ってない……かな」
 
 そう伝えると、三人がまた前みたいに顔を見合わせた。だけど会議みたいなのは今回はなくて、さんの視線が一斉に俺に向けられた。
 
「これは蓮也には内緒にして欲しいんやけど、蓮也はずっと佐々木くんと話したがっててん」
「俺と?ずっとって?」
「俺たちが知り合ったのが高校の入学式やから……そん時からやな」
 
 入学式って一年前じゃねぇか。俺はその時、当然蓮也のことなんて知らない。それから数日したら、須藤のグループに女子が騒いでいたから知ってたけど。
同じクラスでもなければ話したこともない。なんでそんな時から? 考えても何も思い当たることがない。
 
「詳しくは俺たちからは話せないから、本人から直接聞いて」
「蓮也はほんまに佐々木くんと話すの楽しいって言ってたから、それだけは覚えといたってな」
 
 そんなこと言ってくれてたのも知らなかった。
楽しいのは俺だってそうだ。泊まりの時だってめちゃくちゃ楽しくて。
学校ではなぜか秘密が多いけど、公園で会う蓮也はコロコロと表情が変わってよく笑う。
きっちりしてそうに見えて意外と雑だったり、コッテコテのラーメンが好きだったり、めちゃめちゃ妹想いのお兄ちゃんだったり、俺だけが知ってる蓮也がたくさんできた。

そして、そんな蓮也が俺は好きなんだ。
 
「須藤、桧山、小早川ありがとう。俺ちゃんと蓮也と話すよ」
 
 ホッとした三人の顔を見て、俺もなんだか心が落ち着いた気がする。
 伝えずに避けるぐらいなら、伝えて玉砕したほうがいい。それで今まで通りが嫌なら俺はそれに従うまでだ。
 
「じゃあ俺、教室戻るわ」
「あれ? 蓮也待たへんの?」
「うん。 ちゃんと話すから大丈夫ー」
 
 そう言って屋上を出て、階段を駆け降りる。
 階段の途中で、購買のパンを抱えた蓮也を見つけた。
 幸い周りに誰もいないので声を掛ける。
 
「蓮也、今日バイト何時まで?」
「え、凌太?」
 
 突然話しかけられると思っていなかったのか、目を丸くしている蓮也。
 
「二十一時だけど……」
「わかった。公園で待ってる」
「え、今日――」
 
 じゃ、と言い逃げをして教室へ帰る。セボンに行くのはかなり久しぶりな気がする。
 三日後には中間テストが始まってしまうので、終わるまで待つことなんてできない。また期間が空いてしまうから。
 放課後までなんだか落ち着かなくて、午後の授業は何度も外を見ていたら先生に怒られた。




 急いだところで何かが変わるわけでもないのに急いで家へ帰って、飯と風呂を済ませた。
 蓮也のバイトが終わるまでまだ時間はあるけど、家にいると落ち着かなくてもう向かうことにした。
 靴を履いていると、姉貴がちょうど帰ってきた。
 
「ただいま。あれアンタどっか行くの?」
「うん。セボンってか公園」
 
 その一言で察したのかすれ違いざまに「頑張りな」と言われた。
 
「行ってきます」と家を出た。後ろ姉貴が何か言っていた気がするけど、今はそれどころじゃない。
 いつもより少しキツく締めた靴紐が、気持ちを引き締めてくれた気がする。
 街灯に照らされながら、公園まで爆速でチャリを漕いだ。




 公園について音楽を聴いていると、いつもと違う黒いスニーカーが目に入った。
 
「お待たせ」
「ん、お疲れ」
 
 公園の灯りに照らされてできた右隣の人物の影を見つめる。
「はい」と手渡されたレモンティーを受け取って、いつも以上に小さく乾杯をした。
今日は蓮也の番だ。
 自分から呼んだのはいいものの、避けてしまっていたせいで何から話せばいいのかわからない。
 とりあえず謝らないとと口を開こうとすれば、ポツポツと水滴が頬に落ちてきた。そうだ、夜は雨だって言ってたじゃねぇか。
 中間テスト前に風邪を引いたら大変だ。
 
「行こ」
 
 小走りの蓮也の後を、チャリを押してついていく。
 着いたのはこの間来た白いマンション。蓮也の家だ。
「部屋で話そう」という蓮也の言葉に甘えて、急遽お邪魔させてもらうことになってしまった。
 エレベーターに乗ると蓮也は「結構濡れたね」と言って鞄からハンカチを出して、軽く拭いている。
 
「あ、それ」
「大事に使ってる」
 
 俺があげたハンカチを大事に使っていると言ってくれたのが嬉しくて「ちゃんと洗ってる?」なんて照れ隠しで聞いてみる。「洗ってるよ」と言う返事と共に笑顔が返ってきて嬉しくなる。
 
「家出るまでは覚えてたのに傘忘れちゃった」
「俺もすっかり忘れてたわ」
 
 こうして笑い合ったのは久し振りだ。
 そうだ、俺は蓮也のこの笑顔が好きなんだ。俺の前では友達でいいからいつまでも腹を抱えるほど笑っていてほしい。
 
「お邪魔します」
「タオル持って行くから部屋で待ってて」
 
 泊まりに来てからそんなに空いたわけでもないけど、初めて来たかのように緊張する。
 ローテーブルの前にそっと座って蓮也を待つ。
 前に来た時と状況が違い過ぎて、ふぅと深呼吸をしてなんとか落ち着こうと試みる。三度目の深呼吸を終えたところで、蓮也が入って来た。
 小脇にタオルを抱えながら、両手にマグカップを持っている。マグカップからはホワッと湯気が出ていた。
 
「お待たせ」
 
 そう言って足でドアを閉める蓮也に、やっぱり雑だなと思って口角が上がってしまう。
 
「これで拭いて、ココア飲んで温まって」
 
 タオルを受け取って、濡れた髪をガシガシと拭いていく。大体拭き終えたところでタオルを置いて、テーブルに置いてくれた淡い水色の綺麗なマグカップ絵を手に取ると、湯気と共に甘い香りが漂ってくる。
 
「いただきます」
 
 ココアを口に含むと、甘味が口いっぱいに広がってとても美味しい。少し濡れた身体が、じんわりと温まるのを感じた。
 
「うまっ」
「ちょっと甘めにしたけど大丈夫だった?」
「うん。超美味い。ありがと」
 
 向かい合ってマグカップを手にする穏やかな時間に、つい忘れそうになっていた。そうだ、謝らないと。
 
「蓮也、ごめん」
「ん?」
「最近セボンに顔出さなかったし、LIMEもそっけなかったなって」
 
 それを聞いて「大丈夫」と言ったものの、一瞬切なそうな顔をした蓮也を俺は見逃さなかった。
 
「ほんとごめん。須藤たちに蓮也が元気ないって聞いて。俺の前ではそんな素振り見せなかったけど、ほんとはかなり落ち込んでたんだって知ってめっちゃ反省した。蓮也には笑ってて欲しいのに、間違ったことした」
 
 いつもと違って長めに話す俺に、蓮也は驚いているようだった。
 
「俺、なんか凌太に嫌なことしちゃった……?」
 
 マグカップを置いて向き直り、おずおずと俺に聞いてきた。
 そのいつもと違う姿に、胸がキュッと締め付けられる。
 
「違う。ほんとに俺の問題で」
「凌太の?」
 
 何かあったのかと心配そうな表情を浮かべる蓮也の優しさが沁みる。
 覚悟決めたんだから、伝えるなら今だ。俺は背筋を伸ばして、正座に座り直す。
 
「今から言うことの返事は、中間テストが終わってからにして欲しいんだけど……いい?」
「え、なに?……いいけど」
 
 今すぐに振られたらそれこそテストなんて受けてられなくなってしまう。
 静まり返る部屋が、ここに泊まった日のことを思い出させて心臓が早鐘を打っている。カンカンとなりすぎてそのまま止まってしまいそなうなほどに。
 なかなか言い出さない俺を、優しく見守ってくれる蓮也。
 ふぅ、と息を吐いて、蓮也をまっすぐ捉える。
 
「俺、蓮也が好き」
 
 やっと出た告白のことはめちゃくちゃシンプルで。それを聞いた蓮也はただ茫然としている。
 そりゃそうだ。誰だっていきなり告白なんかされたらびっくりする。ましてや友達だと思っていた同姓にだったらその驚きは倍以上かもしれない。
 張り詰めた空気が怖い。

「その、蓮也への気持ちを急に自覚したせいでどんな顔していいか分からなくて、避けちゃってた。ごめんな」
 
 蓮也は、今は返事しないでとずるいことを言った俺の話をじっと聞いてくれている。
 
「返事なんてもうわかってんだけどさ、テストやばくなっちまうから。中間テストが終わったら返事聞かせて」
 
 何か言いたそうにしている蓮也に怖気付いてきて、ココアを一気に飲み干した。
 
「……じゃ、タオルもココアもありがと。急に変なこと言ってほんとごめん。聞いてくれてありがと。お邪魔しました」
「え、ちょ、凌太っ!雨!」
 
 こんなのはめちゃくちゃずるい。相手のことも考えずに言い逃げなんてして。
 蓮也は優しいから、きっと傷つけないようにって沢山言葉を考えてくれるんだろう。
 
「待ってってば」
 
 玄関で、今度は蓮也に腕を掴まれた。
 外から、さっきよりも強くなった雨の音が聞こえる。もう少しいていいよと言おうとしたであろう蓮也は、俺が滞在する気がないことを悟って口を噤んだ。
 
「……気をつけてね」
「うん。ありがと」
 
 家を出て、以前と違って一人でエレベーターに乗る。
 ついに伝えてしまった。これで気まずくなったら嫌だなと思うけど、不思議と後悔はない。
 これ以上避けて蓮也を傷つけるのも、気持ちを隠して蓮也と過ごすこともできなかった。
 外に出ると、ザーザーとコンクリートに打ち付ける雨の音が響いていた。
 
「凄いな」
 
 チャリを取りに行って、マンションを後にする。
 雨に打たれながら、雨音に紛れるように鼻歌を歌ってペダルを漕いだ。