村おこしのためにネットアイドルになったら、担当プロデューサーに推されすぎて逃げられません。

 まずは……ブランコから乗ってみようかな。

 ぎこ、ぎこ。前に後ろに漕いでみる。

 あれ、なんか楽しいかも。

 田舎の公園なので、やってくる人もいなかった。ここの公園は桜の名所だ。4月上旬は花見客で賑わうが、今日は平日の昼間だ。遊具だって少ないし。色々考えつつも、体は前に後ろに振れていく。宗方は斜め前で無言でひたすらカメラのシャッターを切っている。

「こんな感じで大丈夫ですか?」

 ブランコを漕ぎながら、聞いてみる。少し声を大きくして。宗方はうん、と頷くとまた撮影に集中しだしてしまった。

 莉良はその後10分ほどブランコを楽しみ、地面に足を着いた。

「青空がバックになってて、いいですね。櫻川様も楽しそうですし。じゃあ今度は走ってみましょうか。わたしが逃げながら写真を撮るので、櫻川様は鬼になってわたしを追いかけてください」

「えっ?」

「スタートです」

 器用にカメラを持ち、走り出した宗方を見て一瞬戸惑う。

 追いかけっこしろってこと? 

 ああ、宗方さん足速いよ。あんなに早く走られたら、近づくことだってできない。

 莉良は奮起して駆け足で走っていく。宗方が走る速度を落としたのか、距離が縮まった。カメラをカシャカシャと切る乾いた音。

 あれ、今、自分はなんのために走ってるんだっけ。結構本気で足を踏み出してるし。ああ、もういっか。何も考えず走ってみよう。

 そう思って無我夢中で宗方を追いかける。息が上がっても、足がもつれそうになってもやめない。右手を伸ばす。あと50センチ。もうちょっと頑張れば、届きそう。

 1歩詰め寄ったときだった。宗方がカメラから視線を上げる。重なる視線。宗方の額に薄らと浮かぶ汗が、目に入ってきて。なんだか、不思議な気持ちになって。

 ぐ、と伸ばした手を取られた。宗方に。

 え、と莉良は戸惑う。宗方は無言でこちらを見据えている。

 なんだよ。そんな……目で見られると……。

「……すごい汗だ」

「へ?」

 気づかないうちに、莉良は汗だくになっていた。体質的に汗はそんなにかかないはずなのに。

 宗方は莉良の手を離すと、スラックスの後ろポケットからハンドタオルを取り出した。それを持って、莉良のこめかみに押し当ててくる。そっと、花を触るように柔らかい手つきで。

 ち、近い……。

「休憩しましょうか。飲み物は持ってきてますか?」

「あ、すいません。忘れてしまいました」

「予備の水が車の中に積んであるので、持ってきますね。櫻川様はベンチで座って休んでいてください」

 ハンドタオルを莉良の手に押し付けて、宗方は車に駆けていく。

 なんだよ。さっきよりずっと早く走れるんじゃんか。手加減、してくれてたんだ。

 莉良は自分の息が上がっていることに、このとき初めて気づいた。5月とはいえ、太陽の照りつける昼間には熱中症のリスクが十分にある。それを忘れていた。

「飲んでください」

「ありがとうございます」

 ごくり、と喉を通っていくペットボトルに入った水。じわり、と背中に汗が伝う。

「写真、こんな感じで撮れました」

 宗方がカメラを取り出して写真を見せてくれる。映し出される写真には、莉良が子どもみたいに純粋無垢な笑顔を浮かべていて。自分の笑顔はこんなにも幼かったのかと初めて気づく。普段、自撮りもしないし、写真を撮り合うような友達もいない。

「この中からとびきり良いものをペラッターにアップしますね」

 そう言って、宗方も自分用にと持ってきた水を飲んだ。

 うわぁ。ごくごく飲んだ時に、喉仏くっきり出てる。男らしくていいな……。宗方さんは肩幅も広いし、いつも見てるスーツの上から見える胸筋とか、細いウエストとモデルのように長い足。

 じっと見つめすぎていたのがバレてしまわないように、莉良は再び水を飲む。

「今日の撮影はここまでにしましょう。村役場まで送りますよ」

「……お願いします」

 村役場に戻って請求書の作成をしているときも、ちらつくのは宗方に手を掴まれた瞬間で。

 どうして宗方さんは手なんか握ったんだろう。

 そんな引っ掛かりを覚えながらも、終業時刻まで真剣に仕事に向き合った。