この涙は声となり、君に「好き」を伝える。

「あかり、おはよう」
「…おはよう」
ぎこちない挨拶に苛立ちが押し寄せてくる。
あの日、私が犯人であるということが発覚してしまい、クラスでの私の立場は最下層までになってしまった。
でも、私には好きな人がいる。それが私の唯一の光なのだ。
「涼介!おはよう!」
「綾乃、おはよう」
なのに…
「美優、おはよう」
「あっ…涼介くん、おはよう。」
忌々しい。なんであんな子なんかに挨拶するんだろう。笠野さんはこちらをチラッと見ている。
(気づいてるなら、涼介が登校する時間は教室を出るとかすればいいのに…)
私はどうすればいいかわかっているのかいないのかはっきりしない彼女のことが大嫌いだ。
そう、それはかつての自分のようだから。何も考えずに行動して嫌われていった自分のようだから。見ていて苦しい。見苦しい。

…中学三年生 夏…
『あのね、これ、二人にしか話さないから、内緒にして欲しいんだよね』
突然の友達の告白に驚くと同時にどんな話でも聞きたいという思いが込み上げてくる。
『私…クラスの立山くんが好きなんだよね』
そう言った友達はとても可愛らしくて、羨ましかった。それと同時にできることは何でもしたかったし、応援したいと思った。
『そこでさ、綾乃と舞緒に協力してもらいたいんだよね』
『もちろん!』
『私もだよ!』
そう言った私だけど、私の行動は光莉にとっては協力していると感じなかったらしい。突然、光莉と舞緒に廊下に呼び出され、おどおどした気持ちで行くと、
『綾乃はさ、立山くんの隣なんだから、さっきのとこくらい教室から出てくれれば、私二人で話せたのに…』
『ほんとほんと。さっきはチャンスだったのにさ』
『綾乃は、協力する気ないわけ?!』
涙ぐんだ光莉がずかずかと私に近づいてくる。すると、次の瞬間、右のほおに鋭い痛みが走る。
『え…』
光莉にビンタされたのだと、気づくのに30秒ほどかかった。呆然とした私を睨みつける舞緒、涙ぐんだ顔で睨みつける光莉。すると階段の上の方から声が聞こえてきた。
『何してんだよ!どういう事情だか知らねえけど、高梨さんのこと叩くなんて最低だな!』
最悪のタイミングだった。そこにいたのは立山くんだった。
『えっ…違っ……』
ついに泣き出してしまった光莉を舞緒がフォローする。こそりと二人で何か話して意を決した顔で立山くんを見つめる。彼も見つめてくる。
『立山、光莉はね、立山のこと好きなんだよ!なのに、なのに、協力もしないでへらへらしている奴がいるせいで…』
立山くんの顔が少し歪んでいる。そして少し悲しそうな顔をして私を見てくる。
『俺は……』
光莉と舞緒が期待の眼差しを向ける中、私は床に崩れ落ちた。動けなくなった。だけど、今の私は立山くんの返答が気になる。
『俺は、山野みたいに、恋愛でうまくいかないからって人のことを叩くような奴とは付き合いたくない』
その返答で、光莉も崩れ落ちて、大声で泣き始める。
『如月、お前みたいなやつも俺は付き合いたくない』
その言葉に絶望の表情を浮かべる舞緒。大声で泣いている光莉を尻目に、立山くんは私に近づいてくる。
『ほら、高梨さん、行こう』
光莉の泣き声の中に、舞緒が必死に励ます声がかすかに聞こえて、私は胸がぎゅっと締め付けられる感覚に陥った。そこから渡り廊下まで二人で歩いた時、
『あのさ、俺、高梨さんのことが好きなんだよね』
突然、そんなことを言われたものだから驚いて固まってしまう。
『さっきみたいなこともあったんだけど…、俺と付き合ってくれませんか』
この時の私は心の寄る辺を探していたのか、立山くんの告白を即OKしてしまった。
『綾乃は俺が守るからな』
そう、立山くんが言ってから、私は守られるようになった。だけど、そのせいか、私や立山くんに非難の眼差しが多く集まった。私は、その眼差しに耐えることができず、立山くんに別れを告げた。
『立山くん、…私と別れてください』
『え…なんで…』
『このまま私といたら、立山くんの名前に傷がつく。それは嫌だから、私と別れてください』
『そっか…』
本当は立山くんのためじゃなくて、自分のためだとわかっていながら、私は彼といることを諦めて、別れを告げた。それ以来、ずっと好きな人ができなかった。でも、高校生になって川端涼介の存在を知ってから、だんだんと惹かれていった。
明日、私は涼介に告白する。

翌日のお昼の時間
「そーいえば、綾乃の恋バナ、あんま聞かないな」
「え?」
あかりの突然の質問に驚いて、自分の今までを振り返る。確かに自分の恋バナはあまりしていない。
「そうかも」
「なんかないの?」
「ないなぁ…」
にやにやした顔であかりが瞳を覗き込んでくる。確かに好きな人もいるし、恋もそれなりにしているが、人様に話せるような話ではない。
「でもさ、綾乃って、涼介のこと好きでしょ?」
「え…?」
なんでわかるの、と聞いてみると、
「見てればわかるよ。今日、告白するつもりなのかな?」
「なんで!?」
「いつもよりメイクとか気合い入ってる」
にこにこの笑みでそう言われるものだから、恥ずかしくてたまらない。
「大丈夫。失敗しても私がサポートする」
「ありがとう」
私はこのとき、あかりの存在の大切さと、優しさを改めて感じることができた。
午後の授業が終わり、あかりが駆け寄ってくる。
「さて、頑張っていってきなよ!」
「うん!」
前日に涼介にメッセージで放課後に学校の屋上に来るように言ってあるので、準備は完璧。

屋上は風が優しく吹いている。告白を祝福するかのように空が晴れ渡っている。
「涼介」
「ん?何?用って」
私は今、どんな顔をしているだろう。辛い顔?嬉しい顔?悲しい顔?
「…っ私、涼介がずっとずっと好きだった!」
「……」
「付き合ってくれませんか…!」
涼介は何かを考える表情を浮かべて私に向き直る。その顔は少し歪んでいた。
「ごめん。そういう感じはしていたんだけど、綾乃の気持ちに答えられなくてごめん」
「いいの…。じゃあ、涼介の、好き…な人って…誰?」
必死に明るいところを見せようと頑張ったけれど、もう遅かった。大粒の涙が溢れ出てきて、語尾の方は声が小さくなってしまった。
「俺の好きな人は、小さい頃にあった美優って女の子」
それを聞いて驚いた。涼介が少し鈍感なのはもともと知っていたけれど、ここまでだったとは。
「……っバカ涼介!!」
「えっ…」
もう、心のうちに溜まっているものを全て出す勢いで大声を出した。涼介が気づいていないこともここで全て吐いてしまおう。そうすれば、きっと……。
「その小さい頃にあった美優って子と笠野さんの名前が同じなのは知っているよね?」
「うん」
「あんたが言っている小さい頃にあった美優は笠野さんなの!いつだかは忘れたけど、前にどこに住んでいたのかって聞いたの。そしたら涼介が住んでいたところの近くだった」
まさか、信じられない、そんなわけないという困惑の表情を浮かべてこちらを見てくる涼介をまっすぐな瞳で見つめ返す。
「わかってなかったの?あの子は涼介が守りたい、会いたいって言っていた美優なんだよ!」
「そ…うだったんだ…」
やっと納得したようだった。私は目に涙を浮かべたまま微笑んで涼介を見つめる。
「今からでも遅くないよ。あの子を守ってあげなよ」
「でも……」
「でもじゃない。あの子に会って、今までの後悔を幸せに変えてきな。大丈夫、涼介ならできるよ」
きっぱり言い切って、涼介の背中を屋上の扉に向かってとんと押す。
振り返った涼介は夕日に照らされて美しかった。
ふわりと爽やかな風が吹く。
髪の毛が風に揺らされ、前が少し見えづらくなる。
「本当に、行っていいの?それで綾乃は後悔しない?」
自分の心に問いかける。
後悔しない?大丈夫?
聞くまでもなかった。さっき言った時から、答えは一つに決まっていたではないか。
「さっきああ言ったんだから、後悔なんてないよ」
「そっか」
「また、絶対遊ぼう」
「もちろん。いつものメンツではしゃぎまくろうぜ」
涼介は最後にニッと笑って屋上の階段を降りていった。涼介がいなくなったことを確認して、屋上のフェンスにもたれかかる。
色々な色が混じったこの綺麗な空も今限り。ゆっくりと沈んでいく夕日を眺めながら、涙を流した。
「あっ……なんでぇっ……」
告白したら、絶対に付き合えると信じていた。だからからか、前よりもショックが大きい。
(譲るのはなんか嫌だけど、涼介と一緒にこれから頑張ってよ?笠野さん?)
「がちゃ」
誰もいないはずの屋上の扉が突然開いて、ビクッと肩を震わせる。おそるおそる振り向くと、そこに立っていたのはあかりだった。
「…どうだった?」
ゆっくり首を振ると、あかりの両目から透き通った涙が滴り落ちた。
「えっ…そうだったんだ。大丈夫だよ、綾乃」
「…なんであかりが泣くの?」
「見てたらすごく悲しくなっちゃって…」
あかり曰く、この二度と見れないような鮮やかな夕焼けの中に立っている涙を流す私の存在が儚すぎたらしい。
風で茶色の髪の毛がたなびいているその姿に……。
「大丈夫。また、遊んでくれるって言ってたし。そのときは、みんなではしゃいで行こう!」
「そうだね」
私はあかりと手を繋いで、日の入りを二人でのんびりとまった。

☁︎☔︎
「ん?」
腫れぼったい目で家に帰ると、母にとても心配された。その心配を避けて、自分の部屋に行く。今は布団の中でスマホをいじっている。
[俺のこと、どうして好きになったの?]
[わからない…。気づいたら、好きだった]
[そうかぁ……]
逆にどういう返答を期待していたのか気になる。
[どういうのに期待してたのよ?]
[うーん。こういうとこが好きなんだよって言ってくれるかなぁって]
その返事を見て顔がかぁっと熱くなる。
(何期待してんのよ…。バカ涼介…)
[まぁ、いつか言ってあげてもいいけど?]
[期待しとくわ笑]
そこでメッセージのやりとりは終了してしまった。
今頃、笠野さんと仲良く話しているのだろうか。心臓がばくばくなって苦しくなる。
「私に方が、ずっとずっと前から好きだったのに……!」
涙がぽろぽろ出てきてもう止められない。お母さんがご飯できたよーと言っている気がしたけれど、この顔で行けるわけがない。
「う……ぁっ……」
さよなら涼介。
さよなら、私の恋心。
さよなら、本気で恋した私の青春。
今夜、私はきっと大泣きしてしまって、もう布団から出ることができなくなるだろう。
それでもいいやと思ってしまう自分がどこかにいた。今までの自分の恋心をぎゅっと抱きしめて、眠りに落ちた。