この涙は声となり、君に「好き」を伝える。

美優が一番辛い目にあっているのを知っているのは、きっと俺だけだろう。だから、俺が美優を助けてあげたい。
「病気を治すのはまず無理だろ……。綾乃を止める……も何回もやってるからな…。じゃあ、あのアカウントの犯人探しか……。」
よく考えてみると、寄り添う以外にもできることはたくさんある。
だから俺は、美優を少しでも苦しみから解放するために、あのアカウントの犯人探しをすることにした。
そこまで考えた時、携帯がなる。
[もしもしー!涼介、ちょっとこい!]
電話の主は綾乃だった。一番怪しいと思っていたのは、綾乃だったからとてもちょうどいい。ベストタイミング。
[あーいいよ。どこに行けばいい?]
[駅で!じゃね!]
一瞬で切られた電話にため息をする。もうここ何年も綾乃と関わるのに疲れを感じている気がしてならない。だから本当は行きたくないが………。
美優のためだと自分に言い聞かせて着替えをし、家を出る。駅までは徒歩10分くらいなので、のんびりと歩いてもさほど遅くはならないだろう。
頭の中で犯人候補を整理する。
•高梨綾乃
•矢伊那あかり
他の女子や男子との関係性上、美優が狙われる理由がないので、多分犯人はこの二人のどちらかだろうということになった。
でも綾乃が自分で自分の悪口を書くわけないし……。でも、あかりとも仲良いしな……。
そこまで考えた時、
「あっ涼介ー!おっそーい!」
大声で呼ぶ声が聞こえた。綾乃だ。
「あぁ、ごめんごめん」
「さ、早くあそぼ!」
手を引っ張られて連れてこられたのは近くのカラオケ。とても歌を歌いたい気分ではないのに無理矢理中に入れられる。カラオケの中でみんなきゃっきゃ歌っている。でも俺は隅の席に座って犯人について考え続ける。
やっぱり一番怪しいのは綾乃だ。綾乃をどこかへ誘い出さねば。
「飲み物取り行ってくるー!」
またベストタイミングで綾乃が飲み物を取りに行ったので
「俺もいく」
と言って部屋を出る。中からはヒューとかおめでとうとか頑張ってとかいろいろ聞こえてきたが全部無視する。
大量にコーラを入れて、コップを置く。
「なあ綾乃」
「何?」
彼女が何かを期待している眼差しを送ってくるが、全ては期待通りにいかない。
「笠野のアカウント事件、お前の仕業?」
彼女は一瞬ぎくりとした表情を見せて、
「違うし。大体なんで涼介があの子に構うのよ」
そう聞かれて、俺もぎくりとなる。
確かに俺が美優に構う理由なんて一つもない。幼馴染だったわけでも、過去に何回か会ったことがあるわけでもない。
じゃあ、なんで俺は美優に構うんだろう。
「わからない。守りたい……から?かな」
彼女は顔を歪める。
「あっそう。ちなみにアカウントの犯人は私じゃない。ほら見て」
そのSNSの自分のプロフィールを見せつけてくる。もし裏垢を持っていたら、そこに表示されるはずなのに、綾乃のにはない。
「アカウントが表示されてない…」
「そうよ。だから私は犯人じゃない」
はっきりと言われて何も言い返せなくなる。この証拠がある限り、綾乃は犯人ではない。
「ごめん。疑って」
「別に」
綾乃はまだ不機嫌そうだった。疑われたことが相当嫌だったんだろう。
綾乃には申し訳ない気持ちがあるが、これで犯人が決定的になってしまった。

矢伊那あかり

こいつがアカウント事件の犯人。嘘のアカウントでなりすまして、美優を傷つけた人物。
「ぜってー聞きだす」
苛立ちと怒りがおさまらない。今すぐあいつに話を聞きたい気持ちがあるが抑える。犯人を抑えるのは明日の学校だ。そして教室の真ん前で美優に罪は一切ないと証明してもらおう。俺の中で犯人探しの計画はどんどん大きくなっていったのだった。

☁︎☔︎

教室に入るともうすでに綾乃とあかりは席についていて、談笑していた。美優は来ていない。
「それでさー……」
「えっ本当!?……」
何を話しているかまでは聞き取れないが、おそらく昨日のことだろう。話題は絶対俺のこと。俺の対応に何か間違っているところがあったなら言ってほしいんだけどな。まあ多分ないだろうけど。出席を取り終わり、今日は美優が休みであることを知る。何があったのか無性に気になってしまう。でも、聞いたって来れないんだからと自分の思いに区切りをつけて授業に臨む。美優のことで頭がいっぱいで全然集中できなかった。
そして昼休み、
「あかり、ちょっといいか?」
あかりに話しかけて音楽準備室に呼ぶ。あかりの顔は少し険しい。
「で、涼介、何の用?」
さっきの険しい顔はなくなり、にっこりとした笑みが顔に貼り付けられている。
「…お前だろ?」
「え?」
「このアカウントの犯人、お前だろ?」
思わず声が大きくなってしまった。あかりは目を見開いて動けずにいる。
「ほら、スマホ開いて」
顔をしかめてスマホを開くあかり。
アカウントが表示されるところに、いた。
『MIYU3u』が表示されている。
(やっと見つけた…)
心の底から安堵すると共に、彼女に対する怒りが湧いてくる。
「なんでこんなことを、美優を悲しませるようなことをしたんだ!?」
つい大声で言ってしまう。彼女は呆然と立っていた。
「あ…、ごめん」
そこには貼り付けられた笑顔と謝罪がある。
「嘘だろ?その顔も声も行動も」
ずっと前から思っていた。あかりは嘘でできていそうだと。全部演技っぽく見えていた。
すると彼女は舌打ちをして頭をぐしゃぐしゃとかく。そして俺を少し睨みつけながら話し始めた。
「あーもう、お前のせいだからね?全部隠してきたのに」
今までと声も態度も表情も全部違うあかりが現れる。
「言え。全部言え」
「あのアカウントの犯人は私」
俺は頷く。犯人だと自分で言ってくれればよかったからだ。
「綾乃に命令された。でも、自分だけ罪を逃れようとはしていない」
当たり前だと思った。だけど、綾乃が犯人だったとは……。
「あの投稿、本当は書きたくなかった。てか、私がなんで綾乃の悪口も書いているかわかる?なんでだと思う?」
「あー。ちょっとわかんねぇ」
正直よくわからない。だが興味はある。
「綾乃には疲れた。いっつも自慢話ばっかりだし。本当は涼介みたいなキラキラ男子好きじゃなかった。でも、最初は、綾乃、優しかったから…」
「あ……」
突然嫌いと言われて戸惑う。
「でも…、そのおかげで新しい出会いもあった。苦手な人とも関わってみると、すごく楽しかったし」
そして彼女はすうっと息を吸い込んで大きく吐き出す。
「もう一回言うけど、罪を逃れるつもりはない。自分だけ逃げるのも良くないしね」
「ありがとう」
犯人だったとは言え、さらりと感謝の言葉が出てくる。俺は、心の底から安堵すると共に、ふっと笑う。
彼女は
「じゃあね」
と言ってこの場を去ろうとする。
「待って。ここからが本番だ」
「は?何、仕返しでもする気なの?涼介も悪者になるよ?」
わかっている。そんなこと、俺が一番わかっている。
「悪者にならない範囲で仕返しをする。これなら大丈夫だろ?だから、協力してくれ」
彼女は疲れたようにはあっと息を吐く。さっきよりも長めに。
「わかったわよ。協力する。何すればいいわけ?」
「えっとな…」
ヒソヒソと計画をできるだけ細かく伝える。

☁︎☔︎

結局、あの日から美優は2日間休み、俺が会うことは一度もなかった。メッセージを送っても既読になるだけでなんの返事も来ない。そんなことが3日ほど続いたもんだから、俺は心配で先生に美優のことを聞く。職員室はやっぱり異常なほど静かな空間だ。
「おぉ、川端か。何か話があると言ってたが、なんだ?」
「先生、笠野さんは何かあったんですか?」
先生は深刻そうな顔を見せてくる。まるで何も言いたくないと言っているかのような、そんな顔。あえて目を合わせずにいるようにも見える。
「笠野のことは……言えない」
「っ…どうしてですか?!」
「守秘義務だよ。個人情報を勝手に漏らしてはいけないだろう?」
「あ……」
先生の説得力のある説明に何も言えず、次の言葉を出せない。
(当たり前だよな…。)
何も言えない自分がとても恥ずかしい。そこまで考えていなかった。
「用はそれだけか?」
先生に聞かれ、俯いたまま
「そうです。ありがとうございました」
と答える。居場所を探すために色々なところを回ろうと決心してポケットに手を入れたとき、
「カサリ」
と音がする。中のものを取り出すと自分では入れた覚えのないメモ用紙が入っている。
[笠野は病院。今すぐいけ。]
俺は先生が入れてくれたものだと瞬時に察して学校を飛び出す。
前一緒に寄った病院に着くと意外に待合室は空いていた。受付の女性に声をかけて美優のことを聞く。
「今この病院に笠野美優さんはいますか?」
俺が少し息切れながら聞くと、驚いた表情をした受付の人は
「待合室で少々お待ちください」
今すぐは対応できないということで、待合室で待つことになった。
30分くらい経っただろうか、ようやく俺に声がかかる。
「笠野様は四階の病室にいらっしゃいます。今からご案内します」
「ありがとうございます」
案内してくれている女性とはエレベーターの中でも通路でも話すことは何もなく、気まずい空気が少し流れる。
「こちらが笠野様の病室です。…失礼します」
「案内ありがとうございました」
お礼をはっきり伝えて病室をノックする。すると
「はい。お母さん?ごめん、帰って大丈夫だよ」
という声が聞こえてくる。俺は何も言えずに、静かに入る。
「なんで入ってきたの?別に大丈夫って言ったじゃん」
棘がある言葉を使っているが、それほどの思いは持っていないような感じだった。
カーテンをガッと開けると、そこには点滴を繋がれていて、入院着の美優がいた。
「あ……」
お母さんじゃなかったとでも言いたげな困惑した顔を見て少しくすっと笑ってしまう。
「何その顔。俺じゃ不満?」
少し意地悪を込めて言ってみると、
「全…然…」
ただただ驚いているんだよと体から伝わってくる。
こんなにも、誰かの存在が愛おしく感じたのは初めてだった。気づいたら俺は美優のことを抱きしめていた。
「あぁ、よかった」
心からの安堵が声となって出てくる。
「……うん。涼介くん、心配してくれてたの?」
「そうに決まってんじゃん」
「そっ…か」
やや下に目を向けて悲しげな顔をする彼女は誰よりも綺麗だった。
「なぁ、明日は学校来れるの?」
「多分…。もう、私の残りの時間は、2週間ちょっとだから、学校行かなくてもいいかなって思いはあるけど」
「明日は絶対に来て欲しい」
どうしても来てほしくて、俺は懇願する。
「わかった。体調によるけど、行けるように頑張るから」
「ありがとう」
悲しそうな顔だった美優は、今は少し笑っている。それだけでも、俺はとんでもないくらい幸福感に満たされた。

☁︎☔︎

「おはよん!」
今日も教室に入ると、真っ先に綾乃が声をかけてくる。少しニヤニヤしていて、その目は少しあざとい。
「おはよう」
何も気にしていないということを相手に見せつけるために、静かに話す。すると、俺の視線が美優に向いていることに気づいたのか、彼女は美優を睨みつける。
「気分悪いわぁ…」
そう呟いたかと思うと、歩いて去っていった。後で、俺にぼこぼこにされることも知らずに。作戦実行は昼休み。

昼休みになり、俺とあかりが先生が行ったことをチェックして、作戦に取り掛かる。
「みんな聞いてくれ!」
俺の大きな声に綾乃は目を見開いて驚いている。美優も同じように。
「あのアカウントの犯人が発覚した」
そう告げると教室がざわざわしだす。
「だって犯人は笠野でしょー?今更見つける必要なくね?」
リーダー格の女子が言う。
「笠野じゃないとしたら?」
俺が事実を告げるとぐっと押し黙った。少し綾乃は焦っているように見える。
「犯人は…」
教室の空気が重くなる。俺が名前を告げようとしたそのとき
「私だよ」
あかりが俺に負けない大声で言った。クラスは騒然とする。美優は驚いて動けなくなっている。
「なっ……」
綾乃は驚いてなにも言えずにいる。
「でも、あかりがやりたくてやったわけじゃない。後ろに黒幕がいる」
俺が言う。するとあかりが口を開く。
「私にそうするように命令したのは、綾乃だよ」
クラスの空気が一気に冷える感覚がする。
「え…あ、綾乃…?」
「どういうことだよっ?!」
「綾乃が黒幕。だから、今まで笠野さんをいじめてきた人たちも共犯。もちろん私も悪い」
それを聞いてみんなの顔がすーっと青ざめてゆく。
「例えば、悪口を言ったりとか水をかけたりとか…ね」
少し口元に笑みを出しているが目は全く笑っていない。むしろ睨みつけているように感じる。
「人間って嘘つきだよな」
そう、声を発した俺に視線が集まる。
「仲良くしたいときだけ仲良くして、その人が悪いことを一回でもしたら離れてゆく」
それを聞いて誰もがぐっと押し黙る。
「だからこそ、友達のことはちゃんと見ないといけない。ちゃん向き合ってあげなきゃいけない」
みんなが俺の次の言葉を待っている。
「誰と仲良くなるかなんて、その人の自由…だけどな」
ふと美優見ると目になみなみと涙を浮かべている。綾乃は俯き、クラスのみんなの瞳には光が宿ってきている。
「そう…だよね!ごめんなさい、笠野さん。これからめっちゃ仲良くしよう!」
この空気を破り、はじめに発言したのは、美優に水をぶっかけた女子だった。悪戯をしたり、いじめをしたりしていたその濁った瞳はもうなく、相手を見つめる目が澄んでいる。
「…俺も。確信がないのに決めつけてごめん」
「それなら私もっ……ごめんなさい」
みんなが次々に謝っていくなか、一人だけ謝ることもせずに黙っている人物がいた。
「綾乃も謝んなよ」
クラスの女子が言う。すると綾乃は顔を上げてクラスメイトを一人ずつ睨みつけていく。涙が少し滲んでいるその瞳は怒りで燃え上がっている。
「みんな、ずるい。手のひら返しすぎだし、今までいじめてきた奴がそんなすぐにごめんなさいって謝って許されるわけないじゃん。笠野に媚び売ったっていいことないし」
そうやって文句をつらつらと並べてゆく綾乃に対抗したのは…、あかりだった。
「そういうことじゃないでしょ。まずは、やったことはやったんだから、謝りな」
正論が鋭い矢となって綾乃に突き刺さる。すると綾乃は泣き出した。
「うっ……、どうしてなの…。あかりのこと信じてたのに!」
悲劇のヒロインを演じているらしいが、今となっては誰の心にも突き刺さらない。
「私だって、綾乃のこと信じてたよ!!」
悲痛な叫び声が教室に響き渡る。
「信じてたからこそ、今回のことはすごくショックだった。もし、綾乃が変わるなら私は、これからも綾乃といたい」
誰もが予想していなかった答えにクラスメイトはみんな驚いている。
「私はっ……あかりといたいよ…」
「綾乃が変わるなら…ね」
もし、これでも綾乃が変わらないのなら、クラスメイトは全員綾乃から離れていくだろう。
「頑張って変わる。それと…笠野さんごめんね」
深々と頭を下げた綾乃を美優はじっと見つめる。
「別に、大丈夫。もうしないなら、もういいの」
美優は精一杯声を出しているようだった。
「ありがとう…ありがとう、涼介くん」
それ以来、午後は美優と話すことがなかった。

☁︎☔︎
「ふわぁぁぁ…」
自分の部屋のベッドに寝転びながら、スマホを眺める。色々な動画を見てから寝るのが最近の俺の日課になっている。すると、スマホがブーブーと振動する。美優からのメッセージだ。
[今日はありがとう。私、残り2週間半しか過ごせないから]
いつもの美優からは考えられないような内容だった。
[大丈夫。2週間半でも思い出たくさん作ろう!]
できるだけ明るいメッセージを送り、元気づけようとする。
[うん。でもさよならだね。]
不吉なメッセージに俺は唾を飲み込む。まるでもう二度と合わないと言っているような感じだった。
[どういうことだよ…?]
すぐに次のメッセージを送るが既読も返事もつかなくなった。
仕方ないのでその日はもう布団に潜り、寝ることにした。

☁︎☔︎
学校は相変わらず騒がしい。綾乃が落ち着いた今でも騒がしい。
「お、おはよう、涼介」
少しぎくしゃくしながらも話しかけてくる綾乃は前のように尖った感じがなく、好感度がアップした。
「おはよう」
俺は微笑んで答える。綾乃がここまで変わってくれていてとても嬉しかったからだ。
「…今日、遊びに行かない?」
「いいよ」
無理矢理遊びに誘うのではなく、相手が行けることを確認するために優しく話しかける。変わった綾乃のことは、俺は結構好きだ。(友達として)
「あかり…はっ行く?」
「もちろん」
俺を一瞬ちらりと見たが、何事もなかったかのように笑顔を作る。俺の学校生活はこれで少しは安泰だろう。