この涙は声となり、君に「好き」を伝える。

私が涼介と出会ったのは、小学3年生のとき。
河川敷で泣いていた男の子、それが涼介。

『ううぅっ……。何でよ…美優…』
美優?誰それ。お願い、私を見て。
『大丈夫?』
彼ははっと顔をあげ、私を見る。でも、すぐに涙でぐしゃぐしゃになってしまう。
『君は誰なの?美優じゃないじゃん!』
だから、美優って誰よ。
『私は、綾乃、高梨綾乃よ。君と同じクラスだよ』
彼はきょとんとした目でこちらを見ている。
『え…?君みたいな子いたっけ?』
『いたわよ!ちょうどこの道を帰っていて、あんたが泣いているのをみつけたからきたの!』
胸のうちに溜まっていた言いたいことを全て吐き出す。まぁ、美優って子もだいたい想像がつく。よく河川敷で一緒に話しているのを見ていたからだ。
『そっか。よろしくね、高梨さん』
『綾乃でいいよ』
『じゃあ、綾乃!』
この日から私たちは仲良くなった。
仲良くなるにつれてだんだんと"美優"という子の話をし始めた。

あれは……、確か小6のころ。

『美優は可愛くって優しくって、自分よりも人のことを大切に思っている子なんだよ!でも、もう少し自分を大切にしてほしいけどな』
にこっと笑ってその子の話をする涼介はいきいきしていた。
(何よ……。何よそれ…。私よりいるかわからない"美優"って子の方が大事なわけ?)
『は……?もう、その子の話聞きたくない』
気づいたらそう口走っていた。彼の悲しそうな表情に私は胸が苦しくなる。
なんでこんなに"美優"の話をされると苦しくなるんだろう。気になったので、調べてみると、
[男の子に自分じゃない別の女の子の話をされて胸が苦しくなる理由としては、嫉妬、苛立ちが挙げられます。別の女の子に対してそう思ってしまっているあなたはその男のことが好きという確率が高いです。]
驚きの検索結果に空いた口が塞がらなかった。
『え……。私が涼介のことを…好き……?』
ありえる。今まで好きな人はいなかったけれど、他の男の子に対する気持ちと涼介に対する気持ちが全く違う。別の種類の感情だ。
『あ…、そっか…そうなんだ』
心の中にその事実がすとんと落ちてくる。今なら理解できる。
私は彼のことが好きなんだって。
それからも、中学、高校と同じ学校だった。
正確には、同じ学校にした。
涼介のことが好きなんだって誰よりも好きだったから。
高校に入ってすぐ、涼介はクラスの女子に告白されていた。
『涼介くん、私あなたのことがっ…好き……』
彼はうんと頷いて
『ありがとう。でも、俺好きな人いるから』
と断っていた。
(…もしかして、その好きな人は…私…?いやいや、妄想が激しすぎでしょ。)
流石にないだろうと思っていた。でも、その日から私への態度が変わっていった。
休み時間になるとすぐに私のところに来て話しかけにくる。
転びそうになったら支えてくれる。
ありとあらゆるところで涼介が助けてくれた。
(なんで……?)
知りたかった。でも聞けないまま。
聞いたら今の関係が終わってしまいそうだから。
一年生の後半、最後のイベントである遠足。
実は、私も水族館に来ていた。そこで見てしまった。笠野さんと涼介が2人っきりでいるところを。
それも、涼介から話しかけているところを。食い入るように見ていたら、
『綾乃?どうかした?』
と心配そうな顔であかりが話しかけてくる。
『ううん。何でもないの』
何でもないような平気な笑みを浮かべる。
『そっか。じゃあ、次のエリア行こうよ』
あかりに手を引っ張られる。
『うん!』
こうは言ったものの、頭の中はフル回転していた。
(まって。涼介が言っているあの、"美優"って……。笠野さんなんじゃ……?そしたら…私の恋は……。)
私にはひどく残酷なことだった。これ以来、笠野さんとは関わりたくないなと思った。それと同時に涼介に近づけないようにしようと心に決めた。

二年生になり、体育の授業で10kmマラソンをやった。その時の涼介の隣の席は笠野さんだから………。
そこまで考えた瞬間イラッとした。そして同時にイタズラをしてやろうと思った。
私は隣の席の男子に声をかける。
「ねぇ?途中まで急いで走って、そこで30分くらい休憩しない?」
「いいよ、別に」
そう言われた。私は心の中でガッツポーズをする。
そして、5kmくらい走ったあたりで休憩していた。そして、笠野さんがくる。私はタイミングを合わせて思いっきり足を伸ばす。
笠野さんは引っかかって転んだ。すぐに起き上がって喧嘩を売ってくると思ったら全くそんなことはなかった。倒れたまま動かないのだ。
「おい、笠野、笠野!しっかりしろ!」
涼介が笠野さんを起こそうと頑張っている。
「何よあれ………」
ぼそっと呟いていた。すると、涼介がこちらをくるっと振り向く。
「なあ、綾乃。お前、足引っかけただろ」
私に言ってきたのは心配でもなく、怒りの言葉。
「やってないしっ。知らない」
語気が強くなる。睨みつけてはっきりという。でも、彼は信じてくれなかった。
「俺、はっきりと見たから。ていうか、お前のせいかもしれないよ?笠野が起きないの」
そう言われてゾッとする。でも、私が悪いと認めたくない。笠野さんに負けたくない。
「知らないわよ。伸びをしようと思ったらそっちがぶつかってきたんでしょ?」
「俺たちのことぐらい見えてただろ?」
「知らないし」
お互いの言い争いで喧嘩みたいになってしまった。しかも、綾乃じゃなくてお前呼びだし。
「お前、そういうところの性格なおした方がいいと思う」
「は?」
私にだけ非があるって言いたいの?
悪いのは私だけなの?
どうしていっつも笠野さんなの?
「もう知らない!行くよ!」
私は涙が溢れそうだった。だから、早くこの場から逃げたかった。ペアの男子に行くように促す。
彼はちょっと待て!とか叫んでいたが、止まらない、止まれない。
ダッシュで走って、500メートルくらいだろうか。疲れたから立ち止まると、ペアの男子が
「あのままでよかったの?」
と心配そうに顔を覗き込んでくる。その優しげな瞳に涙が出そうになる。必死に我慢して
「うん。もういいから」
最後の方は涙声になってしまった。
「泣けば」
彼の優しい声と瞳に感謝だ。私は大声をあげてないた。ずっと、ずっと泣いた。私が泣き止むまで彼はまっててくれた。結局、マラソンは私たちのペアと涼介のペアだけリタイアになってしまった。
涼介は体育が終わっても、冷たい瞳で私を見ていた。もちろん、私もだけど。
もし、もう一度彼と仲良くするためには、自分は何をしなければいけないのだろう?
そんなことを考えていたが、次の日から普通に話しかけてきた。そして、普通の会話を交わした。違和感と、不思議さが胸の中に残っているのは私だけなのだろうか。
まあ、これも彼なりの気遣いであることは知っている。あいつ、優しすぎるんだから。
「バカやろー。好きになっちゃうじゃん…」
私に好かれたら彼は迷惑だろうか。
でも、彼は私の前で笑顔を見せてくれる。
そんな彼が好きだ。一度好きになったら、離れられない感覚。
分かっている。彼と私の中を阻害しようとする輩がいるのを。
笠野美優。
絶対に近づけないから。
「覚えときなさい」
低い声で呟いた一言は、教室の闇にゆっくりと響き渡る。私は、誰もいないことを確認して踵を返して立ち去る。

☁︎☔︎

その後の日の話。

教室で涼介が笠野に言い寄っているのを見た。彼女はわずかながら頬を赤らめている。私はそれを見た瞬間、目を大きく見開いてしまった。
あんな涼介の顔を見たことがないからだ。
むかつく。むかつく。何であんな子が……涼介に………。
彼女が不意にこちらを見たので、ぎっと睨みつける。彼女はおどおどした表情を見せて、すぐに下を向いてしまう。それから、彼女と話すことはなかった。こちらを何回か見てきたが、その度に睨みつけた。
その日の放課後、あかりとカフェに来ていた。もちろん、あの子をどうするかの話。
「あかり、笠野さん、どう思う?」
「私的には、綾乃の気持ちを分かってて近寄ってるとしか思えないな。」
「だよね。でも、涼介があの子に私には見せたことがないような柔らかい顔を見せてたんだよね」
「まじでっ!?」
それ以上、何も言えず、うんと頷くだけになってしまう。
「それは、もうさ、極限の極限まで邪魔するしかなくない?」
あかりの提案に私もそう思うと言う。
「どうすれば、いいかな……。クラスで孤立させるとか…?」
「確かに。あの子、弱そうだしね」
あかりとけらけら笑い合う。
「いいじゃん。それ、実行で。明日の朝、学校に1時間くらい早めに集合で」
「おっけい。じゃね」
「ばいばい」
あかりと別れの挨拶をし合って、スーパーへ向かう。画鋲を買うのだ。
「これで、おーけー」
にやりと笑ってしまう。あの子が苦しむ顔を見たい。涼介から離したい。ただそれだけの思いで、笑う。
明日の彼女の絶望した顔を想像して、笑いが止まらない。
メッセージアプリを開いて、あかりへ送る。
[画用紙ある?]
すぐに既読がつき、
[あるよ。持ってけばいい?]
[お願い。]
スタンプも送ってスマホを閉じる。家まで早足で帰り、明日の準備をする。
「これで、あの子の立場も終わり。涼介もきっとあの子のことなんて見向きもしなくなるね」
喜びが体中を駆け巡る。
そこまで考えて、ふと頭の中に出てきたのは、涼介の小さい頃の顔。
あの涙笑いの顔。私だけに見せてくれた、意外な一面。
あぁ、そういえば、あのとき、彼の涙につられて、私も泣いちゃったんだっけ?
彼がいじめられた日、それは私と彼がお互い涙笑いを見せた日。
この計画が成功すれば、彼は私にまたあの顔を見せてくれるだろうか。
涼介に気持ちをちゃんと伝えられるだろうか。
それを願って、明日の自分へお祈りをする。
「どうか計画が成功しますように。涼介からあの子が離れていきますように」