進級し、二年生となった私。今日、クラスが発表される。何組になるのだろうか。
優香ちゃんと一緒になれますようにとお祈りして、学校に行く。教室の黒板にクラス替えの表が貼ってあるらしい。
校門を走り抜ける。そして、上履きに履き替え、教室へ走る。
教室では優香ちゃんがいて、私を待っていてくれていた。
「ごめん。遅くなった」
と言うと、
「昨日もこんな会話したね」
とお互いに話す。
「おーい、席付けー。クラス発表するぞー」
運命の時が来た。
一人一人名前を呼ばれて何組だと言われる。次は優香ちゃんの番。
「荒坂優香、6組」
彼女はぱっとこちらを向いて、お祈りするポーズを見せる。私も同じようなポーズをして彼女を見る。ついに私の番が来る。
「笠野美優…はっと……」
なかなか発表されない。名簿表を見間違えたらしい。
「おっあったあった。笠野美優、」
ドクンドクンと心臓が跳ねる感じがする。どうか、どうか、神様ー。
「1組」
期待は外れた。その瞬間、私は絶望の眼差しで先生を見ていた。何も考えられなかった。そのあと聞こえてきた、同じクラスの人としては、
「川端涼介、1組」
「高梨綾乃、1組」
「矢伊那あかり、1組」
だった。なんで、自己中な人の希望は通るんだろう。私は、所詮、神様に見放された存在なのか。
優香ちゃんが私の席に来る。
「美優ちゃん…、絶対会いに行くから待ってて」
私はこくんと頷いて
「待ってるからね。西澤くんとお幸せに!」
と言う。私はわかっていた。1組と6組では廊下の端と端なのだ。それに、ああいうことを言っている子は大抵、会いに来ない。
ごめん、優香ちゃん。また会う日まで、さようなら。
と心の中で告げて教室へ移動する。教室に入るともうすでに結構な人が席についている。黒板に貼り出されている紙を確認して、自分の席に着く。横に座ってきたのは、川端くん、だった。
「涼介の隣、笠野さんじゃん。冴えない女子ですねー」
と高梨綾乃と矢伊那あかりが話す。
(全部聞こえてるけど……)
心に針が刺さった感覚に襲われるが、会話に耳を傾ける。
「別に良くない?誰だろうと、綾乃には関係ないだろ?」
と川端くんが告げる。
「違くってー!私が隣がよかったって言ってるの!」
と高梨綾乃が言う。矢伊那あかりは横で必死に頷いている。
「いやもう決まってるし。席替えで隣になれたら、そん時な」
と言って会話を終わらせている川端くん。
なんか、意外だなと思う。ああいうタイプの子が好きっていう人だと思いっていたからだ。
キーンコーンカーンコーン……
「あぁ!チャイムなった!涼介、また後で!」
「ああ、またな」
とみんながそれぞれの席に着く。私を俯く。彼の顔を見たら、何を言ってしまうかわからないからだ。すると、彼が私の顔を覗き込んでくる。
「なあ、笠野、なんかあったん?」
私は驚いて、ばっと顔をあげ、彼を見る。
「ううん、何もないよ」
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。本当は悲しかったのに、本当は寂しかったのに。どうして平然と言えるの?私って本当に感情がないの?
ぐっと唇を噛んでいる私を見て、彼はふぅっと息を吐く。
「まあそういうこともあるさ」
とぽんと背中をさすってくれた。まるで、すべての事情を最初から知っていたかのように。
☁︎☔︎
やっぱり、どのクラスに行っても、川端くんや高梨綾乃、矢伊那あかりの3人は一軍のメンバーとなっている。このクラスになって一番最初に感じたことは、高梨綾乃が明確に敵意を向けてきていることだ。おそらく、私が川端くんの隣の席であることに不満があるのだろう。
醜い。
いい子ぶりっ子。
私から見たら、そんな風にしか見えないのに、そこらの男子は彼女らに目が釘付けになってしまっている。
あーあ、また騙されている。
なんでみんなバカなのかなぁと純粋な疑問が出てくる。まあ、この状況を私が変えることは絶対にできないので、何も言わないが。
結局、変えるチャイムがなるまで、高梨綾乃はずーっと私を睨みつけていた。
昇降口に行き、靴に履き替え、外に出ようとすると、
「笠野さん、ちょっといーい?」
高梨綾乃に声をかけられた。その顔は、その空気は殺気に溢れている。
「何?」
と冷たく問うと
「何?じゃないのよ。涼介の隣だからって調子に乗らないでよね。あんたなんかが一緒にいられるような人じゃないんだから」
とはっきり言われる。
「わかってる」
と言って踵を返して、学校から出る。
あ、待ちなさいよ!みたいな叫び声が聞こえてきている気がするが。
わかっている。最初に出会った時からわかっている。私と川端くんは不釣り合いだってわかっている。
わかっているから、そんなにはっきりと言ってほしくなかった。あの時の自分は、恐ろしく冷たい人間になっていた。これが母に嫌われた原因かと後ろめたい気持ちが出てきた。
「変わりたい」
この一言もまた、冷たい声だった。
次の日、学校に行くと日課が書かれていた。今日は体育がある。こんな暑い中やりたくないなと一気に嫌になる。
一限目は国語。川端くんが教科書を忘れたらしく、私が貸すことになった。どこかから(場所はわかっている)鋭い視線が向けられている。でも、仕方ないの一言に尽きる。
貸さなかったら、川端くん教科書見れないし、仕方ないだろう。それでも、あんな視線をずっと向けられていると、さすがに嫌になる。結局、1時間まるまる視線に射抜かれながら授業を受ける羽目になった。
二限目は体育。日焼け止めをきちんと塗って、水筒を持つ。
「全員集合‼︎今日はマラソン10kmやるぞ!」
と言われた。えぇーという声がそこら中から聞こえてくる。私にとってのえぇーは先生の二言目だった。
「隣の席の人とペアになって走れ。何かあった時にどちらかが連絡しなければならないからな」
と。てことは、私は、川端くんと走ることになる。川端くんがのそのそと近づいてくる。
「笠野さん、よろしくな」
と言ってきた。
「こちらこそよろしく。遅かったらごめん」
というと彼は
「いいや大丈夫。笠野さんのペースで行こう」
と言ってくれた。先生が並べという。
「よーい、どん!」
先生の子どもらしい掛け声でみんなが一斉にスタートする。私たちは、中間くらいを走っている。
ずっと無言で走る。
(気まず……)
と思う。そんなことを思いながらも、5km走り終わったあたりだ。なんかフラフラしてくる。道の端に高梨綾乃とそのペアが座って休憩していた。彼女は足を引っ込めて座っている。私が通過しようとしたその時、彼女が足を思いっきり出してきた。私はそれを避けられず、引っ掛かり転んでしまった。
それと同時に心臓のあたりがぎゅうっと掴まれる感覚に襲われる。
初めての感覚だ。動きたくても体が思うように動けない。
(あ、動けないな……)
川端くんの心配する声が響いている。そして高梨綾乃と言い争う声も聞こえてくる。
彼に抱き上げられる。
「おい、笠野、笠野!しっかりしろ!!」
彼にたくさん呼びかけられる。私は、げほげほっと咳をして、
「ご…めん…………」
と彼に告げ、私の意識は飛んでいってしまった。
最後に聞こえたのは、私は悪くない!という高梨綾乃の声と、鬼ギレしている川端くんの大声と救急車を読んでいる高梨綾乃のペアの男の子の声だけだった。
心の中に、体の中に静寂が訪れる。
☁︎☔︎
目を開けるとそこは病院のベットだった。横には優香ちゃんと母が座っていた。
「美優ちゃん………よかった…!」
「美優……」
母のすすり泣く声と優香ちゃんの涙声が聞こえる。私は心配させちゃったな、悪いなと思い、体を起こそうとする。
「だめよ、起きちゃ。」
それを母に止められる。優香ちゃんも横でうんうんと頷いている。
「あ、そういえば、先生が呼んでいたよ。美優と2人で話がしたいって」
え…、何だろう。何か、あったのかな。母に話せば良いのに。そう思っていると
「ここは家族で話して!また明日来るね!」
優香ちゃんが気を使って帰ってくれた。母は私に向き直るが、何も言わない。私は気まずいこの空気が嫌になり、
「母さん、服を家から取ってきて欲しい。話は私が聞く」
母は私の気持ちを理解したようにこくんを頷いて、
「わかった」
と言って俯いて出ていった。普通の親なら嫌だ、一緒に聞くとかいうのに、そういうのは一切言わない。きっと私は愛されていないのだろう。さっき泣いていたのも表側だけだったんだな。
すぐに主治医が病室に入ってきた。
「こんにちは。笠野美優さんですね。お話があってきました」
私は主治医の方を見て、
「はい。お願いします」
という。何の話だろう。恐ろしい話なのだろうか。
「笠野さん、あなたは無我死病になっています。無我死病というのはですね、脳に腫瘍ができてだんだんと感情がなくなっていき、最期には死に対する感情も消え失せるものです。その前兆で倒れたり、感情を表に出さなくなったりするのがあります。この病気の患者さんは小さい頃から感情が薄いパターンが多いです。今、脳の腫瘍の大きさは親指と小指を繋げて円にしたくらいです。残された時間は、3ヶ月です。」
突然の宣告だった。
「え………」
どうして、死ななければならないのだろう。なぜ、自分が消えなければならないのだろう。
"残された時間は、3ヶ月です"
つまり、私の余命は残り、3ヶ月……。
「……それ、は、治らないんですか…?」
医師は、ぐっと何かをのどにつまらせたようにして声を出す。
「現在の医療では、治すことができません。」
嘘だ。この人は嘘をついている。嘘だ。信じられない、そんなことがあるわけない。嘘だ。
「………てことは、3ヶ月後に死ぬんですか……?」
医師は
「残念ながら…」
あぁ。もう、死ぬんだ。やっと、友達に出会えたのに。やっと幸せな生活を送れそうだったのに。
頬を冷たい何かがつたった。
涙だ。拭いても拭いても止まらない。感情が溢れ出す。ダムから水が溢れるように。
これを見て医師は、
「こうして、感情が溢れるのは今のうちです。今を思う存分楽しんでほしいというのが私の思いです」
私はもっと悲しくなる。
「っ……あぁっ………」
大声を上げられず、嗚咽をもらす。するとスマホがブーブーなる。母からだ。
[今からそっち向かうから。何話されたか教えて]
私はその文を読んでスタンプを送る。今、それを送る気分なんかじゃないのに。誤魔化さないといけない。急いで涙を拭く。
医師は私の様子を見て何か考えた様子で
「失礼します」
と病室を出ていった。私は1人病室に取り残された。
医師が話していたことを振り返る。
入院の必要はないと言っていた……はず。
学校には行けるからまあ、いいだろう。さて、これからの3ヶ月間、どう生きよう。悔いのないように生きていきたい。
コンコンとノックの音が鳴る。母か医師だろうなと思い、
「はーい」
という。すると入ってきた人物に私は目を見開いてしまった。
川端涼介。
「は…、何で……⁇」
彼はほんの一瞬くらい瞳を見せて、
「いや、心配…だったから」
は?心配?ほとんど関わったことないのに?
「あっそ、ありがとう」
とっても冷たい態度になってしまった。きてくれたのは嬉しいけど、私は彼のことがあまり好きじゃないからだ。
「なぁ、なんで倒れたのか教えてくれよ。俺、一応隣の席だし知っといたほうがいいだろ」
と一方的に言われる。何、隣の席だしって。
「隣の席なだけで聞いてこないでよ。隣の席じゃなかったら聞かないってことでしょ?」
彼は、私の言い分にこくんと頷く。その瞬間、私はひゅっと息を吸った。
「は?」
思わず、自分でも恐ろしいほど冷たい声を出してしまった。彼は空気を読んだのか
「じゃあ、またね」
と一言だけ言って出ていってしまった。
コンコンとまたノックの音。医師かなと思ったら
「美優」
母だった。このタイミングで母。
「美優、何の話をされたか教えて」
「別に。すぐに退院できる程度だって」
「そう」
嘘をついてしまった。でも、こうでもしないと乗り越えられない壁だから。こうでもしないと母を帰すことができないから。
自分に対して嘘つきまみれの自分。
変われたらいいのに。自分を変えられたらいいのに。
結局、あのあと母と話すことはないまま1日を病院で過ごし、次の日には退院届をもらい、家に帰った。
家に帰っても誰もいない。あるのは机の上にのっているメモとご飯だ。
【しばらく出かけてきます。】
「は?」
思わず声が出てしまった。慌てて口を押さえる。周りに誰もいないことはわかっているのに、きょろきょろとあたりを見まわしてしまう。
(え……。退院したばかりの人にすることじゃない。どうせ遊び歩いているだけなのに。)
小さい頃、母が私が無感情だということに気づいた瞬間から愛想が尽きてしまっていたのかもしれない。
あの時の母の絶望した顔は今でも覚えている。昔の感情に浸っていると、電話が来た。優香ちゃんだと思って出ると
[あ、笠野さん。今いい?]
私はダメと答えようとしたけれど彼が先に口を開く。
[明日、屋上に来て。]
私は、こいつ引き下がらないなと思い、仕方なく
[わかった。明日のお昼でいいよね?]
[うん]
こうして私たちの3分ほどの短い電話は終わりになった。
☁︎☔︎
次の日、会いたくないという後悔の気持ちを背負って学校へ歩く。
「はぁ……」
気持ちが声となって外に出ていく。全身を後悔という渦が流れている感覚だった。
教室に入るともうすでに高梨綾乃と矢伊那あかりが2人で話していた。もちろん、その中には川端涼介もいる。彼女たちは私を見てニヤニヤしていた。それを川端涼介が睨みつけている様。
それでも彼女たちはやめない。それどころか彼に私の悪口をいってけらけら笑っている。私は見なかったふりをして席へつく。すると川端涼介が近寄ってくる。
まあ、隣の席だから仕方ないだろうなと勝手に理解する。席に着くだけだと思っていたら、声をかけてきた。しかも耳元で。
「今日、昼休み、待ってるからね」
「っ……。やめて…よっ……」
わずかながらどきっとしてしまう。あ!と気づいたときにはもう遅かった。高梨綾乃と矢伊那あかりがこちらを憎悪の目で睨みつけている。私が向こうを見ると彼女は何かをいっている。おそらく、口の動きからして
{ちょうしにのらないでよね}
私は、ぐっと唇を噛む。別に関わりたくて関わっているわけじゃないのにな。
悪者はいつも私だ。つねに、陰にいるのは私。光にいるのは自己中たち。
でも、いつか、私は消えてしまうから。優香ちゃんみたいに仲良くしてくれる子はもう必要ないだろう。
仲良くしてくれても、私が消えてしまったら、悲しませることになるから。
めんどくさい授業の連発を超えてやっと昼休み。私は気づかれないように屋上へゆく。
普段は開放されていないはずの屋上の扉が今日は開放されている。
(先生かも……)
おそるおそる扉に近づく。すると勢いよく扉が開き、私は驚いて固まってしまう。
「ははっ」
笑い声と共に現れた人は川端涼介だった。
「やめてよね」
冷たい声が空気を震わす。こういうときに、自分は病気なんだなと一番感じる。でも、彼は私に向き合って
「ここ座って。お昼、持ってきたでしょ?」
「うん」
と平常心を保って言ったが、実はとても気まずい。
この空気を破るように彼が声をかけてくる。
「あのとき、病院で何を言われていたの?」
突然すぎる。あまりにも突然すぎる。
「え………」
困惑のあまり、顔がひきつってしまう。
「だから、何を言われたのって」
「それだけのためにここに呼んだの?」
彼はこくんと頷く。
「そうだよ。だって、教室にいたら綾乃とかに睨まれるもんな」
そっか。考えてくれていたのか。
でも…………。
「大丈夫。大した病気じゃないって」
無理な作り笑いをしすぎたか。彼は信じていないという顔をしている。
こうなったらもう、逃げるしかない。
「おい、まっ…………!」
という彼の声が聞こえたが、無視して屋上の階段を下る。そして下った先の図書室へかけ込む。誰もいないからちょうどいい。すると上の方からドタドタと駆け降りる音がする。川端涼介の走る音。そのまま図書室を通り過ぎる足音。私は壁を背もたれにして隅にドタっと座る。
「はあぁぁ」
しつこいなあ。なんか足音が戻ってくる音がする。嫌な予感が頭をよぎる。
「わ!」
突然、図書室の扉が勢いよく開いたのに驚いて声を上げてしまった。
(しまった……)
「笠野さん、いるんでしょ。出てきてよ」
私は隅で動かずに固まる。でも、彼が近づいてくる音がする。息を殺して隠れる。
「あ、いた」
その声と同時に私は顔を上げる。そこにはほんの少し汗がついた彼が立っていた。私が、引いた目で彼をみていると
「何、その目は。俺は逃げられた側なんだけど」
「そうだけど……」
彼は私の手をぐいっと掴んで自分の顔を近づけてくる。
「いつか、絶対に教えて」
その信じている眼差しをみていると、不思議と何も言えなくなってしまう。
「わかっ…た」
かろうじて声を出すと、彼は満足して
「うん。ありがとう」
とにこやかな笑みを見せた。
優香ちゃんと一緒になれますようにとお祈りして、学校に行く。教室の黒板にクラス替えの表が貼ってあるらしい。
校門を走り抜ける。そして、上履きに履き替え、教室へ走る。
教室では優香ちゃんがいて、私を待っていてくれていた。
「ごめん。遅くなった」
と言うと、
「昨日もこんな会話したね」
とお互いに話す。
「おーい、席付けー。クラス発表するぞー」
運命の時が来た。
一人一人名前を呼ばれて何組だと言われる。次は優香ちゃんの番。
「荒坂優香、6組」
彼女はぱっとこちらを向いて、お祈りするポーズを見せる。私も同じようなポーズをして彼女を見る。ついに私の番が来る。
「笠野美優…はっと……」
なかなか発表されない。名簿表を見間違えたらしい。
「おっあったあった。笠野美優、」
ドクンドクンと心臓が跳ねる感じがする。どうか、どうか、神様ー。
「1組」
期待は外れた。その瞬間、私は絶望の眼差しで先生を見ていた。何も考えられなかった。そのあと聞こえてきた、同じクラスの人としては、
「川端涼介、1組」
「高梨綾乃、1組」
「矢伊那あかり、1組」
だった。なんで、自己中な人の希望は通るんだろう。私は、所詮、神様に見放された存在なのか。
優香ちゃんが私の席に来る。
「美優ちゃん…、絶対会いに行くから待ってて」
私はこくんと頷いて
「待ってるからね。西澤くんとお幸せに!」
と言う。私はわかっていた。1組と6組では廊下の端と端なのだ。それに、ああいうことを言っている子は大抵、会いに来ない。
ごめん、優香ちゃん。また会う日まで、さようなら。
と心の中で告げて教室へ移動する。教室に入るともうすでに結構な人が席についている。黒板に貼り出されている紙を確認して、自分の席に着く。横に座ってきたのは、川端くん、だった。
「涼介の隣、笠野さんじゃん。冴えない女子ですねー」
と高梨綾乃と矢伊那あかりが話す。
(全部聞こえてるけど……)
心に針が刺さった感覚に襲われるが、会話に耳を傾ける。
「別に良くない?誰だろうと、綾乃には関係ないだろ?」
と川端くんが告げる。
「違くってー!私が隣がよかったって言ってるの!」
と高梨綾乃が言う。矢伊那あかりは横で必死に頷いている。
「いやもう決まってるし。席替えで隣になれたら、そん時な」
と言って会話を終わらせている川端くん。
なんか、意外だなと思う。ああいうタイプの子が好きっていう人だと思いっていたからだ。
キーンコーンカーンコーン……
「あぁ!チャイムなった!涼介、また後で!」
「ああ、またな」
とみんながそれぞれの席に着く。私を俯く。彼の顔を見たら、何を言ってしまうかわからないからだ。すると、彼が私の顔を覗き込んでくる。
「なあ、笠野、なんかあったん?」
私は驚いて、ばっと顔をあげ、彼を見る。
「ううん、何もないよ」
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。本当は悲しかったのに、本当は寂しかったのに。どうして平然と言えるの?私って本当に感情がないの?
ぐっと唇を噛んでいる私を見て、彼はふぅっと息を吐く。
「まあそういうこともあるさ」
とぽんと背中をさすってくれた。まるで、すべての事情を最初から知っていたかのように。
☁︎☔︎
やっぱり、どのクラスに行っても、川端くんや高梨綾乃、矢伊那あかりの3人は一軍のメンバーとなっている。このクラスになって一番最初に感じたことは、高梨綾乃が明確に敵意を向けてきていることだ。おそらく、私が川端くんの隣の席であることに不満があるのだろう。
醜い。
いい子ぶりっ子。
私から見たら、そんな風にしか見えないのに、そこらの男子は彼女らに目が釘付けになってしまっている。
あーあ、また騙されている。
なんでみんなバカなのかなぁと純粋な疑問が出てくる。まあ、この状況を私が変えることは絶対にできないので、何も言わないが。
結局、変えるチャイムがなるまで、高梨綾乃はずーっと私を睨みつけていた。
昇降口に行き、靴に履き替え、外に出ようとすると、
「笠野さん、ちょっといーい?」
高梨綾乃に声をかけられた。その顔は、その空気は殺気に溢れている。
「何?」
と冷たく問うと
「何?じゃないのよ。涼介の隣だからって調子に乗らないでよね。あんたなんかが一緒にいられるような人じゃないんだから」
とはっきり言われる。
「わかってる」
と言って踵を返して、学校から出る。
あ、待ちなさいよ!みたいな叫び声が聞こえてきている気がするが。
わかっている。最初に出会った時からわかっている。私と川端くんは不釣り合いだってわかっている。
わかっているから、そんなにはっきりと言ってほしくなかった。あの時の自分は、恐ろしく冷たい人間になっていた。これが母に嫌われた原因かと後ろめたい気持ちが出てきた。
「変わりたい」
この一言もまた、冷たい声だった。
次の日、学校に行くと日課が書かれていた。今日は体育がある。こんな暑い中やりたくないなと一気に嫌になる。
一限目は国語。川端くんが教科書を忘れたらしく、私が貸すことになった。どこかから(場所はわかっている)鋭い視線が向けられている。でも、仕方ないの一言に尽きる。
貸さなかったら、川端くん教科書見れないし、仕方ないだろう。それでも、あんな視線をずっと向けられていると、さすがに嫌になる。結局、1時間まるまる視線に射抜かれながら授業を受ける羽目になった。
二限目は体育。日焼け止めをきちんと塗って、水筒を持つ。
「全員集合‼︎今日はマラソン10kmやるぞ!」
と言われた。えぇーという声がそこら中から聞こえてくる。私にとってのえぇーは先生の二言目だった。
「隣の席の人とペアになって走れ。何かあった時にどちらかが連絡しなければならないからな」
と。てことは、私は、川端くんと走ることになる。川端くんがのそのそと近づいてくる。
「笠野さん、よろしくな」
と言ってきた。
「こちらこそよろしく。遅かったらごめん」
というと彼は
「いいや大丈夫。笠野さんのペースで行こう」
と言ってくれた。先生が並べという。
「よーい、どん!」
先生の子どもらしい掛け声でみんなが一斉にスタートする。私たちは、中間くらいを走っている。
ずっと無言で走る。
(気まず……)
と思う。そんなことを思いながらも、5km走り終わったあたりだ。なんかフラフラしてくる。道の端に高梨綾乃とそのペアが座って休憩していた。彼女は足を引っ込めて座っている。私が通過しようとしたその時、彼女が足を思いっきり出してきた。私はそれを避けられず、引っ掛かり転んでしまった。
それと同時に心臓のあたりがぎゅうっと掴まれる感覚に襲われる。
初めての感覚だ。動きたくても体が思うように動けない。
(あ、動けないな……)
川端くんの心配する声が響いている。そして高梨綾乃と言い争う声も聞こえてくる。
彼に抱き上げられる。
「おい、笠野、笠野!しっかりしろ!!」
彼にたくさん呼びかけられる。私は、げほげほっと咳をして、
「ご…めん…………」
と彼に告げ、私の意識は飛んでいってしまった。
最後に聞こえたのは、私は悪くない!という高梨綾乃の声と、鬼ギレしている川端くんの大声と救急車を読んでいる高梨綾乃のペアの男の子の声だけだった。
心の中に、体の中に静寂が訪れる。
☁︎☔︎
目を開けるとそこは病院のベットだった。横には優香ちゃんと母が座っていた。
「美優ちゃん………よかった…!」
「美優……」
母のすすり泣く声と優香ちゃんの涙声が聞こえる。私は心配させちゃったな、悪いなと思い、体を起こそうとする。
「だめよ、起きちゃ。」
それを母に止められる。優香ちゃんも横でうんうんと頷いている。
「あ、そういえば、先生が呼んでいたよ。美優と2人で話がしたいって」
え…、何だろう。何か、あったのかな。母に話せば良いのに。そう思っていると
「ここは家族で話して!また明日来るね!」
優香ちゃんが気を使って帰ってくれた。母は私に向き直るが、何も言わない。私は気まずいこの空気が嫌になり、
「母さん、服を家から取ってきて欲しい。話は私が聞く」
母は私の気持ちを理解したようにこくんを頷いて、
「わかった」
と言って俯いて出ていった。普通の親なら嫌だ、一緒に聞くとかいうのに、そういうのは一切言わない。きっと私は愛されていないのだろう。さっき泣いていたのも表側だけだったんだな。
すぐに主治医が病室に入ってきた。
「こんにちは。笠野美優さんですね。お話があってきました」
私は主治医の方を見て、
「はい。お願いします」
という。何の話だろう。恐ろしい話なのだろうか。
「笠野さん、あなたは無我死病になっています。無我死病というのはですね、脳に腫瘍ができてだんだんと感情がなくなっていき、最期には死に対する感情も消え失せるものです。その前兆で倒れたり、感情を表に出さなくなったりするのがあります。この病気の患者さんは小さい頃から感情が薄いパターンが多いです。今、脳の腫瘍の大きさは親指と小指を繋げて円にしたくらいです。残された時間は、3ヶ月です。」
突然の宣告だった。
「え………」
どうして、死ななければならないのだろう。なぜ、自分が消えなければならないのだろう。
"残された時間は、3ヶ月です"
つまり、私の余命は残り、3ヶ月……。
「……それ、は、治らないんですか…?」
医師は、ぐっと何かをのどにつまらせたようにして声を出す。
「現在の医療では、治すことができません。」
嘘だ。この人は嘘をついている。嘘だ。信じられない、そんなことがあるわけない。嘘だ。
「………てことは、3ヶ月後に死ぬんですか……?」
医師は
「残念ながら…」
あぁ。もう、死ぬんだ。やっと、友達に出会えたのに。やっと幸せな生活を送れそうだったのに。
頬を冷たい何かがつたった。
涙だ。拭いても拭いても止まらない。感情が溢れ出す。ダムから水が溢れるように。
これを見て医師は、
「こうして、感情が溢れるのは今のうちです。今を思う存分楽しんでほしいというのが私の思いです」
私はもっと悲しくなる。
「っ……あぁっ………」
大声を上げられず、嗚咽をもらす。するとスマホがブーブーなる。母からだ。
[今からそっち向かうから。何話されたか教えて]
私はその文を読んでスタンプを送る。今、それを送る気分なんかじゃないのに。誤魔化さないといけない。急いで涙を拭く。
医師は私の様子を見て何か考えた様子で
「失礼します」
と病室を出ていった。私は1人病室に取り残された。
医師が話していたことを振り返る。
入院の必要はないと言っていた……はず。
学校には行けるからまあ、いいだろう。さて、これからの3ヶ月間、どう生きよう。悔いのないように生きていきたい。
コンコンとノックの音が鳴る。母か医師だろうなと思い、
「はーい」
という。すると入ってきた人物に私は目を見開いてしまった。
川端涼介。
「は…、何で……⁇」
彼はほんの一瞬くらい瞳を見せて、
「いや、心配…だったから」
は?心配?ほとんど関わったことないのに?
「あっそ、ありがとう」
とっても冷たい態度になってしまった。きてくれたのは嬉しいけど、私は彼のことがあまり好きじゃないからだ。
「なぁ、なんで倒れたのか教えてくれよ。俺、一応隣の席だし知っといたほうがいいだろ」
と一方的に言われる。何、隣の席だしって。
「隣の席なだけで聞いてこないでよ。隣の席じゃなかったら聞かないってことでしょ?」
彼は、私の言い分にこくんと頷く。その瞬間、私はひゅっと息を吸った。
「は?」
思わず、自分でも恐ろしいほど冷たい声を出してしまった。彼は空気を読んだのか
「じゃあ、またね」
と一言だけ言って出ていってしまった。
コンコンとまたノックの音。医師かなと思ったら
「美優」
母だった。このタイミングで母。
「美優、何の話をされたか教えて」
「別に。すぐに退院できる程度だって」
「そう」
嘘をついてしまった。でも、こうでもしないと乗り越えられない壁だから。こうでもしないと母を帰すことができないから。
自分に対して嘘つきまみれの自分。
変われたらいいのに。自分を変えられたらいいのに。
結局、あのあと母と話すことはないまま1日を病院で過ごし、次の日には退院届をもらい、家に帰った。
家に帰っても誰もいない。あるのは机の上にのっているメモとご飯だ。
【しばらく出かけてきます。】
「は?」
思わず声が出てしまった。慌てて口を押さえる。周りに誰もいないことはわかっているのに、きょろきょろとあたりを見まわしてしまう。
(え……。退院したばかりの人にすることじゃない。どうせ遊び歩いているだけなのに。)
小さい頃、母が私が無感情だということに気づいた瞬間から愛想が尽きてしまっていたのかもしれない。
あの時の母の絶望した顔は今でも覚えている。昔の感情に浸っていると、電話が来た。優香ちゃんだと思って出ると
[あ、笠野さん。今いい?]
私はダメと答えようとしたけれど彼が先に口を開く。
[明日、屋上に来て。]
私は、こいつ引き下がらないなと思い、仕方なく
[わかった。明日のお昼でいいよね?]
[うん]
こうして私たちの3分ほどの短い電話は終わりになった。
☁︎☔︎
次の日、会いたくないという後悔の気持ちを背負って学校へ歩く。
「はぁ……」
気持ちが声となって外に出ていく。全身を後悔という渦が流れている感覚だった。
教室に入るともうすでに高梨綾乃と矢伊那あかりが2人で話していた。もちろん、その中には川端涼介もいる。彼女たちは私を見てニヤニヤしていた。それを川端涼介が睨みつけている様。
それでも彼女たちはやめない。それどころか彼に私の悪口をいってけらけら笑っている。私は見なかったふりをして席へつく。すると川端涼介が近寄ってくる。
まあ、隣の席だから仕方ないだろうなと勝手に理解する。席に着くだけだと思っていたら、声をかけてきた。しかも耳元で。
「今日、昼休み、待ってるからね」
「っ……。やめて…よっ……」
わずかながらどきっとしてしまう。あ!と気づいたときにはもう遅かった。高梨綾乃と矢伊那あかりがこちらを憎悪の目で睨みつけている。私が向こうを見ると彼女は何かをいっている。おそらく、口の動きからして
{ちょうしにのらないでよね}
私は、ぐっと唇を噛む。別に関わりたくて関わっているわけじゃないのにな。
悪者はいつも私だ。つねに、陰にいるのは私。光にいるのは自己中たち。
でも、いつか、私は消えてしまうから。優香ちゃんみたいに仲良くしてくれる子はもう必要ないだろう。
仲良くしてくれても、私が消えてしまったら、悲しませることになるから。
めんどくさい授業の連発を超えてやっと昼休み。私は気づかれないように屋上へゆく。
普段は開放されていないはずの屋上の扉が今日は開放されている。
(先生かも……)
おそるおそる扉に近づく。すると勢いよく扉が開き、私は驚いて固まってしまう。
「ははっ」
笑い声と共に現れた人は川端涼介だった。
「やめてよね」
冷たい声が空気を震わす。こういうときに、自分は病気なんだなと一番感じる。でも、彼は私に向き合って
「ここ座って。お昼、持ってきたでしょ?」
「うん」
と平常心を保って言ったが、実はとても気まずい。
この空気を破るように彼が声をかけてくる。
「あのとき、病院で何を言われていたの?」
突然すぎる。あまりにも突然すぎる。
「え………」
困惑のあまり、顔がひきつってしまう。
「だから、何を言われたのって」
「それだけのためにここに呼んだの?」
彼はこくんと頷く。
「そうだよ。だって、教室にいたら綾乃とかに睨まれるもんな」
そっか。考えてくれていたのか。
でも…………。
「大丈夫。大した病気じゃないって」
無理な作り笑いをしすぎたか。彼は信じていないという顔をしている。
こうなったらもう、逃げるしかない。
「おい、まっ…………!」
という彼の声が聞こえたが、無視して屋上の階段を下る。そして下った先の図書室へかけ込む。誰もいないからちょうどいい。すると上の方からドタドタと駆け降りる音がする。川端涼介の走る音。そのまま図書室を通り過ぎる足音。私は壁を背もたれにして隅にドタっと座る。
「はあぁぁ」
しつこいなあ。なんか足音が戻ってくる音がする。嫌な予感が頭をよぎる。
「わ!」
突然、図書室の扉が勢いよく開いたのに驚いて声を上げてしまった。
(しまった……)
「笠野さん、いるんでしょ。出てきてよ」
私は隅で動かずに固まる。でも、彼が近づいてくる音がする。息を殺して隠れる。
「あ、いた」
その声と同時に私は顔を上げる。そこにはほんの少し汗がついた彼が立っていた。私が、引いた目で彼をみていると
「何、その目は。俺は逃げられた側なんだけど」
「そうだけど……」
彼は私の手をぐいっと掴んで自分の顔を近づけてくる。
「いつか、絶対に教えて」
その信じている眼差しをみていると、不思議と何も言えなくなってしまう。
「わかっ…た」
かろうじて声を出すと、彼は満足して
「うん。ありがとう」
とにこやかな笑みを見せた。

