この涙は声となり、君に「好き」を伝える。

俺が美優が亡くなったのを知らされたのは、美憂に告白されてから2日後のことだった。ちょうど、告白された日の夜に亡くなったようだ。
美優のお母さんはすっかり焦燥しきっているようで、元気がなかった。俺も聞いたときは、寂しくて苦しくてどうにかなりそうだった。
そして、美優と特に仲が良かった俺と綾乃と優香はお葬式にいくことになった。美優のお母さんが渡したいものがあると言っていたし。
「綾乃、優香いこーぜ」
「…うん」
二人も元気がない。優香は返事をするが、綾乃は返事をしない。
やっぱり、辛いのだろう。優香はもっと関わっておけば良かったという後悔から、綾乃はいじめてしまっていたという罪悪感からだろうか。
「…なんだろうね、渡したいものって…」
ぽつりと呟いた優香の言葉を聞き、俺は確かになんだろうと思った。誰かが優香の問いに答えるかと思ったが、誰も答えない。沈黙が流れる。
そうこうしているうちに式場についた。
「こんにちは」
挨拶をすると、美優のお母さんはぽかんとした顔をして、すぐにっこりと笑った。でも、その笑顔の裏には深い悲しみがあった。
「こんにちは。涼介くん、優香ちゃん、綾乃ちゃんよね?」
「はい…」
綾乃と優香は表情が暗い。俺も多分、そうだろう。
「後で渡したいものを渡すわね」
そう言って美優のお母さんは奥へ歩いていってしまった。
そうしてお葬式が半分近く終わった頃、お母さんがこちらに歩いてきた。そしてみんなの前で、
「実は、美優の部屋を少し片付けているときに、この3人の子たちへの手紙を見つけたんです」
「え…?」
俺たちの声が同時に重なった。
「ぜひこれを読み上げてほしいの…。まだ開けてないから安心してね」
俺たちは手紙を受け取る。そこには美優の字で『涼介くんへ』と書いてあった。
「じゃあ、私から」
すっと手を挙げたのは優香だった。いつもならここで他の人が手を挙げるのを待つはずなのに、自分からあげた。
そのくらい美優のことが大切だったのだろう……
「『優香ちゃんへ…。一年生のときの遠足、同じ班でよかった。私、あのとき班に話せる人が一人もいなくて困っていたから、すごく助かった。ありがとう。クラス替えは別々になったけど、時々手を振ってくれるのがすごく嬉しかった。実はね…優香ちゃんに遠足のとき、救ってもらって私も何かしたいと思ってたんだけど、何かできたかな…?彼氏ともお幸せに。最後に、短い間、ありがとう。大好きだよ。笠野美優より』っ……」
優香は泣き出していた。それでも必死に最後まで読もうと頑張っていた。
「どう…っして……。もっと…もっと…仲良くしておけばっ…」
美優のことが優香も大好きだったのだろう。短い間にできたこの強い絆に俺は少し感動する。
お互いがお互いを思い合う絆はこんなに素晴らしいのだと。
「じゃあ、次は私が…」
次に手を挙げたのは綾乃。綾乃は緊張で表情が固まっている。もしかしたら、いじめのことが書かれているんじゃないかと心配しているのだろう。
でも、美優は後からぐちぐち言うような人ではない。
「『高梨綾乃さんへ…。まず、涼介くんへ告白します。高梨さんの気持ちに気づいていながら、こんなことをするのは酷いとわかっています。でも、自分に嘘はつけませんでした。それと、うまく立ち回れなくてごめんなさい。機会があれば、仲良くしたいです。ていうか、もう友達か。正直言うと、高梨さんとの日々、楽しかったよ。ありがとう。笠野美優より。』」
綾乃は驚いた表情をしていた。
少し短い文章だったが、美優の綾乃に対する思いは伝わってきた。
こんなときにまで、謝りたいと思うなんて…
(美優らしいな…)
俺の思った通り、美優は手紙に恨みを書かなかった。生前に伝えたかった少しの思いを書き連ねただけだった。
「…っは?!おかしいよ!」
そう大声を上げたのは綾乃だった。
「どうしたの?」
不思議そうに綾乃を見つめる美優のお母さんの目は純粋だった。
「だってっ…私っ…笠野さんのことをっ……いじめてたのにっ……」
涙声で自分のしたことを伝えた。綾乃はいじめていたのに、恨みが手紙に書かれていないなんておかしいと思っているのだろう。しかし、手紙の内容綾乃が思っていたより、優しいものだった。
「…そう」
そう言って美優のお母さんはゆっくりと綾乃に近づいていった。
そして、
「大丈夫よ…」
ぎゅっと綾乃を抱きしめたのだ。綾乃は突然の抱擁に驚いて固まっている。
「え…?」
困惑した表情でそう呟いた綾乃を美優のお母さんは涙を流しながらぎゅっと抱きしめる。
「いいのよ。だって手紙に恨み節が書いてあった?美優がそんなことをする人だと思う?」
そう聞かれた綾乃は首を横に振っていた。
美優のお母さんはそれを見てにっこりと笑って、涙を拭った。
「なら、いいじゃない。美優がこう言っているのだから、気にすることなんてないのよ」
綾乃を抱きしめながらそう諭す美優のお母さんは涙笑いを浮かべていた。
「あっ…ご、ごめんなさい…」
驚きとそのほかの色々な感情が混ざった表情を浮かべる綾乃を見たのは初めてだった。
美優のお母さんはおおらかな空気を出して、綾乃を安心させている。
綾乃は目元を押さえて大泣きしている。
しばらくして綾乃が泣き止んだ頃、いよいよ俺が手紙を読む番が来た。
「じゃあ、読みます」
手紙を開いた瞬間、まずその文量に驚いた。多いのだ。二人のと比べて明らかに文量が多い。
「『涼介くんへ。まず私から、大好きだよということを一番伝えたいです。出会ったときは、正直、苦手な人だなーとか思っていたけど、お互いを想い合う関係になるなんてね。涼介くんは私が出会った異性の中で一番好きだなと思った人です。涼介くんは私を変えてくれたよね。きっと涼介くんはそんなことないとか謙遜するだろうけど、私からしたら、私の人生を変えてくれたすごい人なんだよ。そのまんまの涼介くんが好きなの…。じゃあ、大好きな涼介くんに私からお願いです。もう、私のことを忘れてください。私の死が涼介くんの人生の妨げになることは私の本望じゃないからさ、もう、必要ないときに私のことを思い出さないでね。わかった?最後に、ずっとこれからも大好きです。笠野美優より。』」
「…っ…」
美優のお母さんは泣き出していた。美優の優しさに感動したのだろうか。でも、俺の中には別の何かが込み上げてくる感覚があった。
「…忘れ…られないだろ……」
"忘れてください"と言われても俺は忘れられる自信が全くない。俺も、美優のことが大好きだから。
「涼介」
ふと綾乃に声をかけられる。俺が振り返ると、
「パアァン!」
頬を叩かれた。綾乃の目はしっかりしろとうったえているようだった。叩かれたところはヒリヒリしている。
「バカじゃないの?!せっかく、笠野さんが…笠野さんの気持ちがこもった手紙で、涼介を大切にしたいから、こんなお願いが書いてあるのにっ…。なんで、忘れられないって決めつけてんの…」
涙声で俺に言う綾乃を見つめ返す。
すると、優香もきて、
「私も、そう思うな…。美優ちゃんの言う"忘れてください"は記憶から消せっていうことじゃなくて、何回も思い出すなってことだと思うの」
「そんなの…」
わかってる。そんなの言われなくても分かってる。
だけど、分かっていても、忘れられないのだ。
ふとしたときに美優の泣き顔、笑い顔…ほかにもたくさん色々なものが出てきてしまう。
「…なら、極力思い出さないようにしたら?美優ちゃんの願いだよ?」
美優…の願い。
俺は迷った。願いを無視して思い出すか、願い通りに必要なとき以外思い出さないか。
でも、きっと、美優が望んでいるのは、俺の幸せだろう。
美優の死を引きずって引きずって…その後の俺の人生がごだごだになるのが嫌なのだろう。
「そう…だよな」
ふっと笑ってしまう。今までの美優を見ていれば、それくらいわかるはずなのに、どうしてもそれを理解できなかったのだろう。
「じゃあ、もうこの話は終わりね」
にこっと笑って優香が俺を見る。
「なんていい子達なのかしら…」
美憂のお母さんは号泣していた。
「美優、ありがとう」
この光景を美優がどこかで見ている気がして、俺はそう呟いた。

☁︎☔︎
やがて、お葬式を終え、俺たちは家路についていた。時刻は午後1時。午後はまだまだ長い。
俺たちは2時に会うことを約束して、一旦家に帰った。
「ただいま…」
家に帰ると母さんと弟の優介がいた。
「おかえり、涼介」
「兄ちゃん、おかえり!」
優介はまだ小学5年生。俺より全然小さい背。優介はゲームして遊ぼうぜと言ってきたが、俺はこれから遊ぶ約束があると言って断る。
急いで服を着替えて、お昼ご飯を食べて、家を飛び出す。
「いってきまーす!」
「そんなに急いで怪我しないように気をつけるのよ」
洗い物を終えた母さんが手をふきんで拭きながらお見送りをしてくれた。
「兄ちゃん行ってらっしゃい」
ゲーム機を握って不貞腐れている優介もお見送りをしてくれた。
「おう!」
これから行く場所を考えながら、歩く。
俺が今一番行きたい場所はあの水族館だ。思い出の水族館に行って、思い出に浸りたいのだ。もっとも、二人が賛成してくれるかはわからないが。
「あ、来た来た」
もうすでに優香と綾乃は待っていた。
「ごめん。待ったよな?」
「別に大丈夫…」
やはりさっきのお葬式が頭から離れないのか、二人とも暗い顔をしていた。
「で、どこにいくつもり?」
「俺的には思い出を振り返りにいくつもりなんだけど、どうする?」
二人は悩むような表情を浮かべる。
「それってどこ…?」
優香の質問に俺は、
「水族館かな」
すると二人の顔が心なしか光り輝いた。久しぶりの水族館が楽しみなんだろう。
「でも、チケット…」
「もう俺が3人分とってある」
綾乃の心配を一瞬で砕いてしまった俺。綾乃は少しムッとした表情を浮かべていた。
「じゃあ早くいこーよ」
拗ねた綾乃が俺の手を引っ張ってくる。
「待ってよ」
優香も駆け足でついてくる。
俺たちは電車に乗って、水族館に向かった。
改札を出ると、一気に人が増える。水族館のあるあたりは少し都会だからか。
「懐かしい…」
そう呟いたのは、優香だった。
「本当、懐かしい…」
そのつぶやきは水族館に入るとともに増えてゆくだろう。
俺たちはチケットを見せて、中に入る。一番最初に大水槽に行くことにした。しかし、いろいろなところに思い出が散らばっていて、なかなか辿りつかない。
「ここで私が…」
「私もここでさ……」
二人とも個人個人で思い出を振り返っている。俺は美優の思い出を探す。そうこうしているうちにやっと大水槽に着いた。
(ここで初めて美優と話した…。あのとき、めちゃくちゃ驚いていたな…、笑っていたな……)
寂しさと思い出を振り返れる嬉しさで複雑な気持ちになる。
美優は思い出すなと言っていたが、今日一日くらいいいだろう。
『おめでとう!』
優香と敬太が付き合うことを祝福する美優が脳内に浮かぶ。
「…っ」
ぽたっと水滴がズボンに落ちる。泣いちゃダメだ。美優も苦しくなる。
「何泣いてんの」
綾乃はさっぱりわからないという顔で見つめてくる。優香は、
「ここで、美優ちゃんが祝福してくれたんだよね…」
全てを察して呟いた。綾乃は初めて理解して、口をつぐむ。
三人の中に沈黙が流れる。俺の涙は止まる。誰も何も言わない。
「…とりあえず、美優ちゃんが好きなクラゲのところ行こう?」
一緒に見た熱帯魚もサメよりも今はクラゲを見たかった。
『なんでここが好きなの?遠足の時もすごい見てたよね』
『なんか、クラゲって私に似てるなあって』
また、何気ない会話を思い出す。クラゲゾーンに入るとそこには幻想的な空間が広がっていた。
ふと水槽を見ると、水槽に手を当てる美優が思い出される。
俺は水槽まで歩いて、同じように手を当てる。
「綺麗だね…」
誰が呟いたかもわからないその一言はこの幻想的な世界の海に溶けていった。

☁︎☔︎

「今日はありがとう。なんか、楽しかった…」
俺が二人に言うと、
「私たちも楽しかったよ」
「…ありがとね」
優香ふわりと返事をして、綾乃はぶっきらぼうな返事を返してきた。
「俺はまだやることがあるから、先帰って欲しい」
そう言うと、二人は、
「帰るね。…今日はありがとう」
「また明日!」
最後は元気に去っていった二人を見て、ホッとする。
俺は水族館のお土産屋さんに入る。そこで母や弟にお土産を買って帰るのだ。
クッキーの箱を二つ手に取ってカゴに入れる。そして、アクセサリーのところにふらっと立ち寄る。
そこには美優にあげたネックレスと同じものがあった。
(これをあげたときの美優、すごく嬉しそうだったなぁ……)
そう思いだしていたとき、ふと目に入ったものに体が固まる。
美優のネックレスと同じ柄のピアスだった。俺はピアスを開けているし、これをつけられると思った。
そして、カゴに入れる。少し高い気もするが、値段なんか気にしていない。
俺は買い物を終え、電車に乗る。
鮮やかな夕焼けが窓から見えた。
俺は何かを考えることもせずに、ただただその夕焼けを眺める。
すると、降りなければならない駅の着く。俺はそこから歩いて家に帰った。
「兄ちゃん、おかえり」
優介が元気よく飛び出してきた。今洗い物を終えたのか、母さんも出てきた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
そう言って、優介にお土産を渡す。優介の顔はパァっと輝く。
「ありがとう!」
そう言ってリビングに走っていった。玄関にいる母さんと俺は、にこにことその様子を見ているだけだった。
「じゃあ、部屋に入るね」
そう言って二階に上がろうとしたとき、
「あぁ、電話が来てたわ。綾乃って子から」
まさかの報告に俺は驚きつつも、
「ありがとう。かけ直すわ」
と言って、二階に上がった。

☁︎☔︎

数回のコール音の後、綾乃が電話に出た。
『もしもし、涼介?なんで電話出なかったのよ!』
一言目でそう怒られた。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになって、
『ごめん。スマホいじってなかったわ』
そういうと、電話の向こうで綾乃が大きくため息を吐く。
『まぁ、いいけど。それより、明日学校で話したいことがあるから、屋上に来てほしいんだけど…』
そう言われて俺は、一瞬迷う。行くべきか、断るべきか。
俺は行くことを決心して、
『わかった』
と答えた。電話先の綾乃はその後何か言っていたが、今の俺には何も入って来なかった。

☁︎☔︎

学校はいつも通りの雰囲気だった。先生から美優の死を聞かされたときには、みんな黙って俯いていた。
俺は昼休み、いろんな奴らの誘いを断って屋上に向かう。すると、フェンスの端に綾乃が立っていた。
「なんで呼び出したの?」
そう聞くと、綾乃は、
「夢ができたんだよね」
と話し始めた。
(夢の話をしたくて…?)
どんな夢なんだろうと俺が思っていると、綾乃は、
「涼介と付き合いたい」
そう言った。前も告白されて、そのときは断った。俺は二回目に驚いて動けない。
「涼介と付き合って、結婚して子供産んで……、それで、その子に美優って名前をつけたい」
そう言われた。俺はどうしたらいいのかわからなかった。とりあえず、自分の素直な気持ちを伝えてみることにした。
「俺の中では美優が一番なんだよ。それに、綾乃のことは…」
ただの友達だと言いかけたとき、
「…っ」
綾乃がぽろぽろと涙をこぼし始めた。綾乃は涙を拭いながら、話を続ける。
「長いっ期間のっ…うちに…、好きっ……になるかも…しれないっじゃん…」
綾乃は一旦息を吐く。そして大きく吸って、
「私は真剣なんだよ!今までいじめてきてたけど、笠野さんのことをずっと大事にしたい。それは涼介も一緒でしょ…?」
そう言われて俺は頷く。美優のことはこれからもずっとずっと大切だ。
「お願い……」
綾乃の消え入るような声が俺の心に響く。今までの綾乃を振り返る。
美優と出会うことで素直で優しい笑みを浮かべるようになった綾乃。
お葬式で自分のしたことを自白する綾乃。
振り返ってみれば、だんだん愛おしくなってしまう。小学校からの付き合いで、ここまで仲良くなれたのは綾乃だけかもしれない。
それに、付き合えば、だんだん好きになるかもしれない。
そう思って、俺は俺なりの決断を下す。
「綾乃のことは大切。付き合ってもいい。それに、子供に美優って名前をつけるのも、すごくいい。俺もできるならそうしたい。でも、この先も俺の世界観の中には常に美優がいる。もしかしたら俺の好きが向くのは美優かもしれない。それでもいいの?」
綾乃の手を取ってそう聞くと、綾乃は、
「私は、幸せならいい。さっきも言った通り、涼介と今後を生きて、子供を作る。それが一番私が幸せに感じられるよ…!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、笑いながらそう言う綾乃に俺は、
「これからよろしく、綾乃」
と言う。すると綾乃は、にっこりと笑って、
「よろしく、涼介、笠野さん」
と言った。
これが俺と綾乃の幸せの形なら、美優も喜んでくれるだろう。
『お幸せにね……!』
今、笑い泣きの美優がそう言っている姿が見えた。
「「え…?!」」
それは綾乃にも見えたらしく、驚いている。
「笠野さんが祝福っ…してくれてるんだ……」
綾乃がそう言うと、俺も涙が溢れてくる。
この先の人生、綾乃と歩んでいくが、常に美優がいる気がして嬉しかった。
「今度、笠野さんのお墓に行こう」
その提案に俺は頷いた。綾乃の手をしっかりと握って。
俺は前を向いて行こうと思えた。
だって今、笑ってこちらを見ている美優が見えていて、美優は、
『これからも見ているから…ずっと……!』
と言ってくれた。
その一言に俺たちは泣き崩れそうになった。
「頑張ろう」
俺がそう言うと、綾乃は強く頷いてくれた。