男たちが逃げ去った浴室でひとり、わたしはバスタブにぷかぷかと浮かんでいた。
さっきまでの喧騒がまるで嘘のように。
この小さな世界はいつも通りのぬくもりと静寂を取り戻していた。
──ひっ、化け物だ!
──なんだこのおどろおどろしい歌は!
おどろおろどしい、だって。
「ふふ……へへ、ただの音痴な人魚でーす」
ヒトの世界はわたしが思っているよりずっと情報が伝わりやすい。
この噂もすぐに広まるだろう。
このアパートにわたしがいると。
海の怪物──セイレーンが潜んでいると。
そうなれば、今度こそわたしに逃げ場はない。
わたしが人魚だとしても、おそらく関係ない。
だいじょうぶ。大丈夫。
受け入れる心構えはできている。
楽しかった。
ここでアオさんと過ごした日々は、誰にも奪われることなくわたしの中で生き続ける。
