俺の同居人は普通じゃない


 風の音、遠くを走る車の音、街灯のジー……という頼りなく鳴っている。
 影が消え去った後には、いつのまにか、ありふれた『普通』の音が戻っていた。

 辺りが元の静かな夜道に戻ったことに、ようやく気がつく。
 助かったんだ……。
 そう思ったのに、宵は一言も喋らないどころか、ぴくりとも動かない。

 助かったのに……胸の奥が凍るように冷たい。
 
 そのとき、腕の中で、宵の指先がかすかに動いた。
 必死に抱きしめている俺の胸元から、暖かなランプを灯すような、オレンジ色の光が、絶え間なく溢れ出している。
 
 まるで暗闇を照らすように。……いや、宵を導くための、古い(ともしび)のように。

「……あ、」
 
 宵はゆっくりと目を開け、琥珀色の瞳を覗かせた。
 その潤んだ瞳の中に、眩しいほどの光を放つ俺自身の姿が見える。
 
 欠けていた宵の輪郭が、その光を吸い込んで、ゆっくりと確かな形を取り戻していく。
 守られてるだけじゃない。今の俺の中にある何かが、宵を救っている。
 その確信が、震えた指先に、もう一度力をくれた。

「宵! よかった! ……起き上がれそう?」

 宵は、静かにこくんと頷いた。
 
 家に向かうため、宵の細い肩を支えてゆっくり歩き出す。
 人の気配は完全に消えて、街灯の下に俺たち二人きり。

「……もう、無茶すんなよ。俺を守るために消えるとか、絶対禁止だから」

 宵は俯いたまま、ぽつりと呟いた。

「……こわかった」

 ぽつりと、こぼれ落ちるような声で言った。

「ひとりで、ずっと、さがして……まちがえて……なくして」
 
 言葉が、震える息に混じって、途切れる。

「なおや、いなくなると……もう、たえられない」
 
 宵は顔を上げない。けれど、袖を掴む指先が白くなるほど力がこもっていて、声は震えていた。

「ここまできたの、やっと……やっとつかまえた」
「宵……」
「ひとり、もう、いやだった」

 宵の肩が、まだ小さく震えている。

 ――同情、じゃない。
 ――助けてもらったからでもない。

 知らない記憶だとか、狐だとか、正直、まだ分からないことばかりだ。

 けれど……。

 宵がいなくなるかもしれないと思った瞬間、俺の頭は真っ白になったんだ。
 
 理由なんて、後からいくらでも付けられる。
 吊り橋効果でも、記憶の残り火でも、なんでもいい。

 ただ、ひとつだけ確かなことがある。

 ……このバカみたいに真っ直ぐで、重たくて、不器用で。

 俺だけを見てくる『宵』が、どうしようもなく、好きなんだ。

「……もう、ひとりじゃないでしょ?」

 支えていた手を離し、宵の頬を両手で包み込んだ。そのまま自分からおでこをコツンと合わせる。

「……行かないよ、どこにも」

 ずっと言いたくて仕方がなかった言葉が、自然と零れた。

「ずっとそばにいればいいから。俺がお前を、絶対に離さないから」

 宵は、ふにゃりと子供のように笑った。
 
 そして宵の尻尾が、力なく、でも最高に嬉しそうに、俺の腕へと甘えるように絡みついた。