……………
『対象、目を覚ましました。【課長】』
機械音声が或人の耳に響く。まどろみの中にいる彼は目を開くも視界はゆがんでいた。
「直接私が名前を聴く。森、お前は簡易バイタルチェックが終了次第、対象を護送車まで運べ」
女性の声が彼の頭に響く。徐々に視界が定まることで、彼は目の前に人が居ることを覚り始める。
その人物は目を見開いた或人を見て話し始めたようであった。
「私が見えるかな、鳥羽或人?」
或人をまっすぐと見てそう語る女性は、西洋人とも東洋人とも言えない、しかし息をのむような感動を覚える容姿であった。
つば広の黒帽子が彼女の顔を隠すなか、チラと見える長い睫毛《まつげ》、しなやかに降りる髪も、全て透きとおるような銀色を示していることがわかる。
それと対照的な褐色の肌により、彼女の容貌はまさに非人間的美貌という例えが的確である。
その身体は重厚な黒革のトレンチコートや手袋、ブーツによってつつまれる。
或人は呆気にとられながらも彼女に訊く。
「あ、あなたは……? なぜ僕の名前を……」
「日本魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課、課長ベアトリーチェ・カントル。
君は本日から我々『秘匿課』の預りとなる。これは【国連秘匿保障委員会】による決定事項だ。
――詳しい説明は後。
森、バイタルチェックを開始しろ」
その直後、或人が疑問をのべる余地もなく、彼の目の前にブラウン管テレビ・モニタのようなものが現れる。
それは人の頭部に被せられたモノであった。
『森』と呼ばれる奇異な格好をしたその男性。
医者のような白衣と白手袋に身をつつみ、長い腕を近づけ、或人の瞳を指で見開かせ、『顔に当たる部分に存在する画面』から備付けてあるライトを照らした。
それに端を発して、ブラウン管頭の森はつぎつぎと彼の身体を医学的な診断と思われる方法で手際よく調べてゆく。
或人はその中でようやく周囲の状況を把握し始めた。
彼は牽引式のベッドのようなモノの上で横たわっており、身体は傷一つない。
そのベッドの近くには、彼が気絶する一瞬前に見たもの。つまりは事故を起こし前方が大破したはずの大型トラックが、全く無傷の状態で佇んでいた。
そのトラックの前方には自分がちょうど事故にあったであろう位置を中心に雪がすっかりと解け、アスファルトの道路が露出した部分が、真冬の景色に奇妙な跡として残っている。
そして、彼の視界の端、ここより少し距離のある道路上に真っ黒な中型車両が停車していることが分かる。
恐らくは『彼ら』――日本魔界府の秘匿一課――が言う『護送車』なのであろう、屋根部分には『機銃』のようなモノさえ確認できる。
だが、今の或人にはそんな些細なことはどうでもよかった。
それ以上に注視すべき事象が彼の視覚、聴覚にとびこみ続けていたからである。
彼の耳には発砲音と爆発音などが響きわたり、彼の瞳には空をかける『翼を持った神父たち』や『炎をあやつる山伏』、『木々を切り裂く風をあやつる僧侶』、『起爆装置も手榴弾などもなく、徒手空拳で爆発を発生させる人物』など、【超常現象をあやつる人々】が映る。
或人がひときわ目についたのは、奇妙な紋章に覆われる空を、鈍い色に輝く翼をもって舞う、二人の西欧的顔立ちの神父。
平装をした二人の左手には古めかしくブ厚い革張りの本が握られるほか、槌矛や自動拳銃がそれぞれのもう片方の手にあった。
その二人は或人めがけ、一直線に空から降下していたのだ。
その手に持った武器はおおよそ、彼や彼の周囲にいる人間に対して友好的な使われ方をすることはないと確信できる。
彼らが近づくにつれ、その背にある翼のような鈍い光を反射するモノの輪郭が明らかとなり、厳しいその子細を示してゆく。
それは無数の自動拳銃の集合、百数十もの銃口がそこに広がっていた。
そのすべてが背中に固定されているかの如く神父たちに追従しているが固定するような器具は一切なく、それぞれが浮遊している。
そして、その全ての銃口が或人のいる場所へ向けられている。
或人が聴診器を胸にあてがわれる中、彼はその非現実的な二人が向けてくる殺意に驚きふためいて思わず声をもらす。
「なっ!?」
だが、彼の周囲にいる『ベアトリーチェ』も、診察を続ける『森』と呼ばれたモニター頭の医者も一切の動揺も注視も無く、平然とした様子を崩さない。
迫る神父の翼を形作るすべての銃口がそれぞれ狙いを定め弾丸の雨を放たんとする。
だがそこへ、或人の視界外から、空より降下する神父たちとの間に『木片』が現れる。
突如として投げ込まれたその木片には、奇妙な『言葉の紐』が結びついていることを或人は感じ取った。
それは目で見ることも、耳で聞くこともできる存在でありながら、目で見なくとも、耳で聞かなくとも、同じように感じ取ることができる奇妙な感覚であった。
木片が投げ込まれるとほぼ同時に、女性の声が響いて来る。
「木生火、祈願凶兆・火焔蛇走」
『ゴォオオオオオッ!』
瞬間。
木片は一気に燃え上がり長大な炎の大蛇へと変わる。
そのまま二人の神父を巻き取らんとして大蛇が火焔のとぐろを巻き、飛び掛かる。
「ッ!? グァアッ!」
二手に避けた神父のうち片方は逃れることができずに炎の蛇に絡みつかれ、大蛇の勢いと押し合うように空で暴れまわる。
火の粉が花火のごとく、周辺にまき散らされていく。その熱は或人の肌にも感じられ、夢幻ではない『現実の炎』であった。
一方、その大蛇を逃れたもう片割れの神父は、すぐに姿勢を立て直し、銃口を改めて或人たちへ向ける。
「させんぞっ! 魔術師どもの好きにはッ……!」
神父はそう口走りながら、力む様子を見せる。
或人には、その神父の身体より無数の拳銃へ一本一本『言葉の紐』が結びついていることが感じ取れた。
その紐は、神父の力みと共に力を増し、より強く感じられる。
そして同時に、全ての拳銃の撃鉄が打たれる。
『ズダダダアンッ! ドドドドドドドッ!!』
折り重なる爆裂音と共に鉛の雨が或人たちの元へと降り注ぐ。そのすべてが亜音速。助かる筈はない。
それを見た彼は思わず頭を守るようにして抱え、叫ぶ。
「うわぁっ……! ――あれ……?」
『対象、目を覚ましました。【課長】』
機械音声が或人の耳に響く。まどろみの中にいる彼は目を開くも視界はゆがんでいた。
「直接私が名前を聴く。森、お前は簡易バイタルチェックが終了次第、対象を護送車まで運べ」
女性の声が彼の頭に響く。徐々に視界が定まることで、彼は目の前に人が居ることを覚り始める。
その人物は目を見開いた或人を見て話し始めたようであった。
「私が見えるかな、鳥羽或人?」
或人をまっすぐと見てそう語る女性は、西洋人とも東洋人とも言えない、しかし息をのむような感動を覚える容姿であった。
つば広の黒帽子が彼女の顔を隠すなか、チラと見える長い睫毛《まつげ》、しなやかに降りる髪も、全て透きとおるような銀色を示していることがわかる。
それと対照的な褐色の肌により、彼女の容貌はまさに非人間的美貌という例えが的確である。
その身体は重厚な黒革のトレンチコートや手袋、ブーツによってつつまれる。
或人は呆気にとられながらも彼女に訊く。
「あ、あなたは……? なぜ僕の名前を……」
「日本魔界府府庁秘匿部秘匿室秘匿一課、課長ベアトリーチェ・カントル。
君は本日から我々『秘匿課』の預りとなる。これは【国連秘匿保障委員会】による決定事項だ。
――詳しい説明は後。
森、バイタルチェックを開始しろ」
その直後、或人が疑問をのべる余地もなく、彼の目の前にブラウン管テレビ・モニタのようなものが現れる。
それは人の頭部に被せられたモノであった。
『森』と呼ばれる奇異な格好をしたその男性。
医者のような白衣と白手袋に身をつつみ、長い腕を近づけ、或人の瞳を指で見開かせ、『顔に当たる部分に存在する画面』から備付けてあるライトを照らした。
それに端を発して、ブラウン管頭の森はつぎつぎと彼の身体を医学的な診断と思われる方法で手際よく調べてゆく。
或人はその中でようやく周囲の状況を把握し始めた。
彼は牽引式のベッドのようなモノの上で横たわっており、身体は傷一つない。
そのベッドの近くには、彼が気絶する一瞬前に見たもの。つまりは事故を起こし前方が大破したはずの大型トラックが、全く無傷の状態で佇んでいた。
そのトラックの前方には自分がちょうど事故にあったであろう位置を中心に雪がすっかりと解け、アスファルトの道路が露出した部分が、真冬の景色に奇妙な跡として残っている。
そして、彼の視界の端、ここより少し距離のある道路上に真っ黒な中型車両が停車していることが分かる。
恐らくは『彼ら』――日本魔界府の秘匿一課――が言う『護送車』なのであろう、屋根部分には『機銃』のようなモノさえ確認できる。
だが、今の或人にはそんな些細なことはどうでもよかった。
それ以上に注視すべき事象が彼の視覚、聴覚にとびこみ続けていたからである。
彼の耳には発砲音と爆発音などが響きわたり、彼の瞳には空をかける『翼を持った神父たち』や『炎をあやつる山伏』、『木々を切り裂く風をあやつる僧侶』、『起爆装置も手榴弾などもなく、徒手空拳で爆発を発生させる人物』など、【超常現象をあやつる人々】が映る。
或人がひときわ目についたのは、奇妙な紋章に覆われる空を、鈍い色に輝く翼をもって舞う、二人の西欧的顔立ちの神父。
平装をした二人の左手には古めかしくブ厚い革張りの本が握られるほか、槌矛や自動拳銃がそれぞれのもう片方の手にあった。
その二人は或人めがけ、一直線に空から降下していたのだ。
その手に持った武器はおおよそ、彼や彼の周囲にいる人間に対して友好的な使われ方をすることはないと確信できる。
彼らが近づくにつれ、その背にある翼のような鈍い光を反射するモノの輪郭が明らかとなり、厳しいその子細を示してゆく。
それは無数の自動拳銃の集合、百数十もの銃口がそこに広がっていた。
そのすべてが背中に固定されているかの如く神父たちに追従しているが固定するような器具は一切なく、それぞれが浮遊している。
そして、その全ての銃口が或人のいる場所へ向けられている。
或人が聴診器を胸にあてがわれる中、彼はその非現実的な二人が向けてくる殺意に驚きふためいて思わず声をもらす。
「なっ!?」
だが、彼の周囲にいる『ベアトリーチェ』も、診察を続ける『森』と呼ばれたモニター頭の医者も一切の動揺も注視も無く、平然とした様子を崩さない。
迫る神父の翼を形作るすべての銃口がそれぞれ狙いを定め弾丸の雨を放たんとする。
だがそこへ、或人の視界外から、空より降下する神父たちとの間に『木片』が現れる。
突如として投げ込まれたその木片には、奇妙な『言葉の紐』が結びついていることを或人は感じ取った。
それは目で見ることも、耳で聞くこともできる存在でありながら、目で見なくとも、耳で聞かなくとも、同じように感じ取ることができる奇妙な感覚であった。
木片が投げ込まれるとほぼ同時に、女性の声が響いて来る。
「木生火、祈願凶兆・火焔蛇走」
『ゴォオオオオオッ!』
瞬間。
木片は一気に燃え上がり長大な炎の大蛇へと変わる。
そのまま二人の神父を巻き取らんとして大蛇が火焔のとぐろを巻き、飛び掛かる。
「ッ!? グァアッ!」
二手に避けた神父のうち片方は逃れることができずに炎の蛇に絡みつかれ、大蛇の勢いと押し合うように空で暴れまわる。
火の粉が花火のごとく、周辺にまき散らされていく。その熱は或人の肌にも感じられ、夢幻ではない『現実の炎』であった。
一方、その大蛇を逃れたもう片割れの神父は、すぐに姿勢を立て直し、銃口を改めて或人たちへ向ける。
「させんぞっ! 魔術師どもの好きにはッ……!」
神父はそう口走りながら、力む様子を見せる。
或人には、その神父の身体より無数の拳銃へ一本一本『言葉の紐』が結びついていることが感じ取れた。
その紐は、神父の力みと共に力を増し、より強く感じられる。
そして同時に、全ての拳銃の撃鉄が打たれる。
『ズダダダアンッ! ドドドドドドドッ!!』
折り重なる爆裂音と共に鉛の雨が或人たちの元へと降り注ぐ。そのすべてが亜音速。助かる筈はない。
それを見た彼は思わず頭を守るようにして抱え、叫ぶ。
「うわぁっ……! ――あれ……?」
