あぁ、美しい鬼王様、甘すぎます。

後宮は、むせかえるような甘い香りに満たされている。
初めは息をするのも楽じゃなかった。
なぜ私に"初め"があるのか。

−半年前
『おい、美女だ!美しい…』
『しかも見てみろよ!この子、髪の毛が先だけ赤いぞ!』
今まで気に入らず、隠してきた黒から赤へのグラデーションの髪の毛。それはこの国で一番女性にとって縁起が良いものとされているらしい。
(まさかだけど…)
今現在のこの国の王…、若くして王になった炎鬼様はそのような縁起のいい女性を伴侶にしたいと言っている。
『では、この少女を差し出すのは如何だろう?』
想像していた通りの提案がでる。
父親も母親も小さい頃に亡くした私は、反論する身内もいなく、抵抗できなかった。
しかし、反論するものもいた。
『こんなに目つきの悪い子を差し出して大丈夫なのかい?…確かに王殿下は冷徹な方だというが…』
みんなは私を見てうーんという表情を浮かべる。
もし、生活が楽になるなら、後宮に行きたい。
『なんならこの子に聞いてみたらどうかね?』
薬屋のおじさんがそう言った。その人とは昔から仲が良い。だから私の意見を考えてくれるのだろう。
『……私は生活が楽になるなら行ってみたいです』
おそるおそるそう答えるとみんなはワッと歓声を上げる。
『行ってくれるのか!』
『炎鬼様の次期伴侶となるんだ!』
私はそのとき、炎鬼様の伴侶などどうでも良かった。生活できるかできないか、それが私の判断条件だった。
『出発は明日だな!もう役人に連絡した。ここから後宮までは…』
『馬車を使っても一日はかかるわね』
みんなはわくわくの表情で私を見つめる。この村から伴侶となる人が出るのが嬉しいのだろう。
気分が高揚しているみんなは支出が増えていくのに驚きもしない。
『この衣装に、簪…飾りはもっと必要ね…』
女性陣は服装、服飾品の用意に張り切っている。
『馬車は今日中に完成させる!馬を洗ったりもするんだぞ!』
男性陣は馬車の準備に張り切っている。
私はみんなの熱量から逃げるように路地裏に入る。するとそこには薬屋のおじさんがいた。
『炎鬼様の伴侶になるのか…。頑張れ。わしは愛藍の選択をずっと見守っているぞ』
柔らかな笑みでそう言われる。愛藍という名は薬屋のおじさんがつけてくれた名だ。
『今日はわしが御馳走をたくさん作ろう。おいで、今日限りだ。一緒に楽しもう』
『あ…りがとう…』
私はその夜、薬屋のおじさんと素晴らしい時間を過ごした。

次の日、
『こちらの服を!』
『髪は私が!』
いろいろな女性に揉まれながら服を着替え、装飾品を身につける。その一日にも感じられる時間は終わり、
『かわいい!』
『ささ、移動しましょう』
手を引っ張られ、馬車まで連れて行かれる。その馬車は、とても豪華だった。
(一日で完成させるなんて…)
『後宮までは私共がお供いたします』
少年二人が私にお辞儀する。私は馬車に乗り込む。
『いってらっしゃーい!』
『お元気でー!』
みんなが手を振って見送ってくれる。こんな見ず知らずの私に。
そして後宮についた。

これが半年前の出来事。
私はみんなの期待を一身に背負ってここ…後宮まで来たはず…だった。
実際のところ、炎鬼様は私を伴侶のする気配が一向にない。
顔をチラリとみられただけで、一回も話したことはない。
この後宮で私は現在、一番上の階級にいる。一番大きな部屋を貰い、一番高級な物を一式取り揃えてもらっている。
しかし、農民からの出である私が気に入らないのか階級関係無しにいじめられる。
もちろん今日もだ。この半年間よくいじめに耐えてきたなと自分を褒めてあげたい。
村のみんなはきっと落胆しているだろう。あんなに期待したのに、まだ伴侶となっていないなんてと。
私は後宮散策をしに外へ出る。すると案の定、いつものことが始まった。
「あら、農民出身の汚いゴミがいるわぁ?」
「自分が伴侶となれると勝手に勘違いしてるのよね」
くすくすと笑われる。
(私はゴミではないし、勘違いもしていない。そうよ、そっちの方が勘違いなのよ)
本来ならばそう言い返しているが、相手が相手だ。本当の貴族出身の人には言い返せない。
(でも…、農民出身者の権力ってそれほどなのよ…)
自分が小さく感じられてきて悲しくなる。でも事実だ。事実は受け止めるしかない。
「ていうか、顔!ブサイクだっつーの!」
「ねー。蓮華とか私の方が上よ!」
キャハハと笑いながら女官を連れてさっていく二人。この光景は何回も見ている。見慣れているからこそ、何も感じない。
だからいじめられているとき、私は常に無表情だ。それによってさらに着火することもあるが、大抵の時は去っていく。
(今日もまた同じ…ある意味安全なのかも……)
この変わり映えのない日常。毎日いじめられ、一人で部屋に篭り、勉強する。これをずっと繰り返してきた。
その日、私が夜の散歩に裏庭に出ると、変化が訪れる。
「どうして…っ……ごめんっなさっ……」
誰かが啜り泣く声が聞こえる。
(こんな夜更けに誰だろう…?)
私は忍び足で近づく。すると、ガタイのいい男だということがわかった。
月明かりの下だが、顔はわからない。
「うっ……」
その人はまた苦しみ出した。私は心配で勢いよく声をかける。
「だっ大丈夫でしょうか!」
声がでかすぎた。あたりに響き渡っている。
その人はこちらを見て、ビクッと震えている。
おそるおそるこちらを向いたその顔に私は雷を落とされたのかというくらいの衝撃が走る。
(えっ炎鬼様?!)

冷徹な王=夜に啜り泣く男

(全然成り立ってない!!)
炎鬼様は私の村でも他の街でも"冷徹"と有名だったのだ。しかし、正体はこんなにも弱い男だった(?)。
「あっあなたは……」
炎鬼様が私の正体に気づく。
「えっ縁起がいいでしょうっ…ということで…連れてっこられた…愛藍っ…ですね」
「えっと…其方は炎鬼様でよろしいんでしょうか…?」
私はそう行って後から後悔する。正体を疑問形でしかも本人に問いかける形になってしまったのだ。
「…っ…あ」
炎鬼様はびくびく震えていて、話すこともままならない状態だ。私はとりあえず落ち着かせるために、部屋に案内することにした。
「よろしければ…、私の部屋にいらっしゃいませんか?」
彼はゆっくりと頷いて私についてくる。私はおそるおそる彼の手を握る。すると、彼はほっとして柔らかな笑みを浮かべる。
「こちらです」
何も言わずに入る炎鬼様。炎鬼様の目は少し輝いていた。
「…こちらの部屋、取り揃えてくださったのは、炎鬼様ですよね。ありがとうございます」
一応お礼を言い、頭を下げる。すると、炎鬼様は涙目でニコッと笑った。
「気に入ってくれたならいいんだ」
炎鬼様は私のベットに腰掛ける。すると、また泣き出した。
「ごめんなさいごめんなさい。俺のためにここに来たんだろうけど、俺が一切関わろうとしなくてごめんなさい」
「え…?」
「どうやったら声をかけられるのかわからなくて、今まで話しかけることができなかった。ごめんなさいごめんなさい…」
彼はずっとそうやって謝り続けた。私に対して。私は別に何も思ってなかったので、
「別に大丈夫ですよ」
と言う。しかし、炎鬼様は首をブンブン振って泣き続ける。
(困ったな…。やっぱ辛いことが多いのかな……)
そう考えた私はピンと来た。
「炎鬼様、何かお辛いことがあるのでしょうか…?よろしければ毎晩この時間に裏庭から私の部屋へ来てください。そうすれば毎日お話を聞きます」
農民出身者である私は何かを与えることはできない。
考えて考えて考え抜いた末に出た答えがこれだ。
話だけでも聞いてあげれば、きっと和らぐだろう。
「…いいんですか?」
炎鬼様はうるうると私を見つめてくる。
「はい!明日からどうぞ!」
と言うと、炎鬼様は嬉しいのか、笑顔を見せて、
「ありがとうございます!」
と言ってくれた。
農民出身者の私に敬語は必要ないと何回言っても炎鬼様は譲ることはなかった。

その次の日の夜から炎鬼様は毎晩私の部屋に来るようになった。大臣にも宦官にも言えなかった愚痴、弱音、悲しみを全て私に言ってくるのだ。私はその話に反応して、いいアドバイスをしている。だんだん話すうちにわかってきたこととして、炎鬼様は全く冷徹な人じゃないのだ。むしろ、心優しくて温かい人だ。
誰かのことを心配する相談をよく受けた。
しかし、今日は心なしか、重い空気が流れている。炎鬼様の空気がいつものとは違う。
刺々しくて、緊張でカチカチという感じの空気。
今までとんとん拍子に話が進んできたが、今日は訳が違う。
「あの…」
「はい?なんでも聞くので言ってみてください!」
話しやすい空気を作ろうと頑張る。しかし、
「いっ言ったら…キモいって絶対思いますよ…。絶対引く…」
もう一つわかったこととして、すごくすごく自分に自信がない人だ。普段は堂々としていて、みんなの前で胸を張っているが、裏だとどうしても自信が持てず、誰かがいないと安心できないんだとか。
自信のなさが原因で今も伴侶には困っているらしい。
「引きませんから。話してみてください」
私はやわらかに笑ってそう問いかける。すると炎鬼様は瞳をうるっとさせて、
「ごめんなさい!俺、実は、鬼なんです…!」
ん?オニ??え?
「えーっと…」
「ほら引いた!」
返事に迷っただけでこうなってしまう。どうすればいいのやら。
「引いてません。…鬼、なんですよね?」
おそるおそる尋ねる。すると、彼は頷く。
(鬼?あの古来より栄えてきた一族の鬼?)
「…はい。鬼が人間の国を治めてるのはすごくおかしいですけど…」
確かに、鬼が治めるのはあやかし界だと言われている。そんな彼がどうして日本を…?
「俺が日本を治めているのが不思議だと言いたいのだろう?」
私の疑問を読み取ったかのように聞かれた。
私はこくこくと頷く。
「俺の先祖を辿ると、鬼の父親と人間の母親につく。つまり、俺は半人間、半鬼の生き物だ。だから、次期あやかし界統領だ」
「え…?!」
突然堂々と話し始めた炎鬼様とあやかし界統領という単語に驚く。
「え、じゃあ、あやかし界と日本のどちらを治めるつもりなんですか?」
ふと出た疑問をぶつけてみる。
「…俺は、どうにかして両立させるつもりなんだ」
弱々しいながらもまっすぐな瞳を向けてくる炎鬼様からは本気の意思が伝わってくる。
「…そうですか」
私的には日本をこれからも治めてほしかった。現在、うまくいっているからだ。
「じゃあ、今日はありがとうございました」
「はい!また明日ですね」
ニコッと笑ってそう言うと、炎鬼様がずいっと近づいていくる。
「あの、お願いがあるんですけど…」
そう言われて、炎鬼様を見つめると、
「…俺も敬語やめるんで、愛藍、さんもやめてください…!」
頭を下げられてそう言われる。だけど、私はあくまで、農民出身者。そんな人に敬語を使わないのは常識的におかしい。
「いえ…私は…」
「お願いします!せめて、俺と二人きりの時だけでもいいんで!」
そう大声で叫ぶもんだから、私は焦る。ここは他の部屋にも隣接している。周りの部屋に聞こえたら、まずい。
「えっと…」
私が答えに詰まっていると、炎鬼様は私をギュッと抱きしめる。
「愛藍、がいないと、駄目なんだ…。俺に必要なんだ……」
背中をぽんぽんされながらそう言われる。私の頬が熱を帯び始める。
「愛藍…頼む……」
私はチラッと炎鬼様の顔をみる。甘い甘い顔をしていた。甘すぎる表情。
私は根負けした。
「わかりま……わかった。でも、炎鬼様はやめないからね」
そう言うと、炎鬼様はぱあっと顔を輝かせ、また甘い表情を浮かべる。
「よかったぁ。可愛い…その顔。なんかちょっと赤くない?」
おでこをぴとっとくっつけられて、私は限界に達した。
「ええ炎鬼様!今日はもうおかえりに……帰った方がいいんじゃない?」
私がそう言うと、炎鬼様はむすっとした顔をして部屋を出て行った。炎鬼様がいなくなった部屋で、私は壁に背中をつける。
「今日の炎鬼様…おかしかった……」
さっきの場面を思い出してまた顔が赤くなる。
(ど、どうしたの……私…)
どんどん赤くなってゆく頬を押さえる。ほのかに熱を帯びている。
「…好き…なのかなぁ…」
確かにここ二週間、炎鬼様は毎日私の部屋に来てくれている。
毎晩話すうちに、結構打ち解けてきたと思う。
しかし、それと好きは違う。
あくまで、私は農民出身者。
この国の王であり、次期あやかし界統領の炎鬼様とは住んでいる次元が違う。
確かに、私はこの後宮で一番くらいが上だが……。
(でも、さっきの甘い表情を見せられたとき…)
少なからず、私はドキッとしていたと思う。
自信が持てなくて、困っている炎鬼様だけど、根はとても心優しいのだ。
そんな彼に惹かれてしまったのか。
この後宮に入りたてのときは、伴侶になんてならなくていいと思っていた。
でも、今は違う。
伴侶として隣を歩んでいきたいと、強く願うようになった。

愛藍がそう願っている頃ー
「やはり、昨夜のお方は炎鬼様でしたわよね?!」
「では、あの農民の部屋に入っているのも本当だと……?」
後宮の姫君たちはひそひそと話す。
実は、昨夜、炎鬼が愛藍の部屋に入るのを目撃してしまったのだ。
彼女たちは、女官の一人に命を下す。
「翠、情報収集を頼みますわ。…必要あらば、炎鬼様の部屋に侵入するのも許可いたします」
毅然とした態度でそう告げる彼女。
「わかりました。この翠、命を成功させます」
翠は駆け足で部屋を出て行った。