「なんだそっか…俺、嫌われたわけでも、必要ないって思われてる訳でも無かったんですね」
はは、と笑う多々羅に、愛は顔を顰めた。
「…何笑ってるんだよ、今の話、絶対理解してないよな!」
「そりゃ、分かんない事はありますよ、でも、それなら、やっぱり俺が居た方が良くないですか?」
「は?」
「だって用心棒の皆は店で、ここの物達を守らないといけないし…持ち歩くのも難しいですよね?」
「確かに、私達はかさばるし、重いわ。私なんて特にね」
多々羅に話を振られ、アイリスが頷いた。化身のアイリスはとても華奢だが、本体は大きなオルゴールだ。
「ね!でも俺なら、道案内も出来るし、もし襲われたとしても、二人いたらどっちかが助けを呼ぶ事も出来るじゃないですか!そうですよ、ね、名案でしょ!」
多々羅は用心棒達に向かって言う。彼らを味方につける作戦だ。
「…確かに、正一が居なくなってから心配してたのよね…」
「俺なら、持ち運べるぞ」
「ノカゼは駄目よ、この店の要じゃない」
「私なら小さいわ!」
「…小さい」
「でも、割れたら大変でしょ?俺なら丈夫だし!」
すかさず多々羅が会話に割り込めば、ふむ、と考え込む用心棒達に、愛はぽかんとして、それから慌てて間に入っていく。
「いや、いやいや!どのみち足手まといだろ!」
「え、急に酷い事言う…!」
「だって、今は見えてるけどさ、外で俺が襲われて、多々羅君はどうやって俺を助けんの。何の力もない多々羅君がいてもさ、ただの足手まといだろ!」
「その時は、皆を呼びます」
「それじゃ遅いだろ」
「でも、店長が一人の時に襲われたら?」
「その時はその時だ、別に初めてって訳じゃない、何度もあることだ。俺は抗い方を知ってる。でも多々羅君はさ、何も出来ないだろ」
「俺だって、教えてくれたら、」
「そんなのないんだよ!」
苛立って言う愛に、多々羅はぐっと唇を引き結んだ。
「…店長は、ないないばっかりですね」
「…なんだよ」
「そうやって、あなたは逃げてるだけじゃないですか、自分の瞳の事だって、本当は何があったのか誰も分からないんですよね、それなのに悪いものだって決めつけて、それって向き合う事を避けてるだけじゃないですか?」
「知った風な口を利くな、俺は、だから探してるんじゃないか!」
「探してるって、何を、」
言いかけて、多々羅は言葉を奪われた。ぐらりと揺れる視界に、ぐわんぐわんと耳鳴りがする。
「あ、れ…」
「多々羅君!?」
伸ばした手は、愛の手に触れる事なく宙を掻いた。
***
多々羅は気がつくと、瀬々市の家の前にいた。
先月お邪魔したばかりだが、その時と家の様子が何か違う。
何だろう、何が違うのだろうと首を傾げていれば、黒いランドセルを背負い、二人の少年が多々羅の横を駆けて抜けて行った。大きな坂道を駆け下りながら、不意に前を行く少年が振り返った。それから彼は、楽しそうに手で敬礼ポーズを作った。
「愛隊員、今日も登校前の見回りに向かいます!」
「りょ、了解です、多々羅隊長!」
敬礼ポーズでやり取りをする二人に、多々羅は途端に懐かしさが込み上げて、辺りを見渡した。何かが違うと感じていたが、そう思うのも当然だ、ここは多々羅の過去の世界だ。
ということは、これは夢の中だろうか。
「行くぞー!」と、景気の良い声が聞こえ、多々羅は再び少年達に目を向けた。
元気良く前を走るのが多々羅で、多々羅を懸命に追いかけるのは愛だ。
朝の清々しい空気を切り、二人は楽しそうに駆けていく。小学校への通学路は、二人にとっては大事な見回りごっこの時間で、低学年の頃の二人の日課だった。
大きな犬のいる家では犬に吠えられつつ、懐いてくれた猫の家では猫の背を撫でて挨拶し、公園の中は遊具の回りを見ながら「不審物なし!」と確認し合う。たまに落とし物を見つければ、登校途中にある交番に届けたりもした。そうすると、「見回りご苦労さん。でも、早く学校行けよ」と、お巡りさんが敬礼ポーズで見送ってくれる。二人は、「はい!」と元気良く返事をした。
その様子を眺めながら、多々羅はぼんやりと思う。
今思い返せば、本当に子供で、何でも遊びに変えて、何でも楽しくて、よく笑っていた。多々羅は愛といるだけで楽しかったが、愛はどうだったのだろう。
多々羅は、小さな自分達が駆ける姿を遠くから眺めながら、寂しさが胸に押し寄せるのを感じた。
「愛隊員、急ぐであります!」と、小さな多々羅が愛に手を伸ばすと、「了解です、多々羅隊長!」と、愛はその手を掴む。
多々羅は、二人を追いかけようとしたが、その前に、多々羅の足元から透明の分厚い壁が現れ、多々羅の行く手を阻んだ。
この壁を乗り越えられる気がしていたのだけど、あれは錯覚だったのだろうか。
越えられない壁の向こう、スーツを着て大人になった愛がこちらを振り返り、寂しそうに彼らの元へ向かっていく。残されたのは、大人になった多々羅だけ。多々羅は焦り、壁の向こうの愛に声をかけた。



