瀬々市、宵ノ三番地




「え…っと、これどういう状況ですか」

目の前のキッチンとリビングは、あらゆる物で溢れていた。ペットボトルやタッパー等の空の容器、紙のゴミ屑、脱いだ服、丸まったタオル、とにかく、ゴミかどうか分からない物の数々が散乱していた。

「私、ご飯だけで良いって言われてたから、部屋に上がってなくてさ、今日、多々羅(たたら)君が来るから様子見に来たら、そしたらまさかゴミ屋敷になってるって思わなくて!」
「ゴミ屋敷って言うな!」
「どう見たってゴミ屋敷でしょ!私、何度か聞いたよね、掃除とかゴミ出しとかちゃんとしてるのかって!」
「しようと思ってたんだけど…仕方ないだろ!?」
「分かんないなら聞いてって言ったでしょ!」
「俺は出来るんだ!」

噛みつく愛に、舞子(まいこ)は溜め息を吐いて、多々羅を見上げた。

「愛も、多々羅君が来るって聞いて、さすがに片さなきゃって思ったらしいんだけど、ゴミの仕分けや、そもそも何から手をつければ良いのかも分からないみたいで…っていうか、その前に、最初から片付けられるなら、こんなゴミ屋敷になってないだろって言ってやりたいけどね」
「もう言ってる上に、俺の気持ちまで代弁する
な」

愛は苦い顔をして、「もう良いから帰れよ、ありがとう」と舞子の背中を押すと、「返事とお礼だけは一丁前なのよね」と、舞子は不満たらたらに階段を下りて行った。
舞子が居なくなれば、当然この家には多々羅と愛の二人だけになり、二人の間には、なんとも微妙な空気が流れていく。


再会は、もっと懐かしさや、それにともなっての感動やらが込み上げるかと思いきや、いきなりのゴミ屋敷、何だか気まずい、というか、多々羅にとっては、出鼻を挫かれたような思いだった。

「…あ、えっと、急に悪いな。俺、御木立(みきたて)多々羅、覚えて…ますか?」

この空気を一先ず変えようと、多々羅はぎこちない微笑みを乗せて話しかけたが、途中で雇われの身だと思い出し、何より大人になった愛に少し緊張してしまい、敬語になってしまった。愛は、ふて腐れた顔のまま振り返った。

「覚えてる、多々羅君だろ。俺を女と勘違いして、色々引っ張り回した」

嫌な事を覚えてる。多々羅はその口振りに頬を引きつらせたが、初日なんだからと、どうにか心を落ちつかせた。我慢や心を平静に保つのは、得意な方だ。

「そ、そうそう…元気そうで良かったよ」
「そっちも…それより、良く受けたなこんな仕事。この通り、俺はダメな人間だ、辞めたきゃいつでも辞めて良いからな、正一(しょういち)さんには俺から言っておくし」

そう言って、取り出したゴミ袋に片っ端からゴミをかき集める愛。
その様子を見ていたら、多々羅は何だか夢から覚めた思いだった。
久しぶりに会った愛は、びっくりするくらい可愛げがなかった。そりゃ男だし、別に可愛さは求めていなかったが、愛が男と分かってからは、同い年でも弟のように接していたので、どうしてもあの頃の可愛い愛を思い出してしまう。

溜め息を吐きかけた多々羅は、そんな自分に気付き、慌てて頭を振った。

自分から仕事を辞めてここに来たのだ、それに、再会してまだ数分、相手の事を勝手に決めつけて良いわけがない。多々羅はここに、自分を見つめ直しに来たのだ。
多々羅はそう気合いを入れ直し、愛の手からゴミ袋を取った。

「ゴミは俺やりますよ、ほら、分別とか面倒でしょ?愛…店長は、そっちの服の方お願いします。それって、洗ってないですよね」
「まだ着てないのもある」
「え…」

服はゴミに埋もれている。言葉を失くした多々羅に、愛は居心地悪そうに唇を尖らせた。

「な、何だよ、積んだら混ざっちゃったんだよ!」
「…成る程、じゃあ、洗っちゃいましょうか、全部。今晩着る服は、ありますよね」

まさか、全部の服がこうなった訳じゃないだろうと、多々羅は辺りを見渡した。ここはリビングだし、部屋にはタンスやクローゼットがある筈だ、その中身が空な訳ではないだろう。
だが、そんな多々羅の考えは、はっとして固まった愛により、その考えを改めなければならないようだった。

「…じゃあ、着れそうな服、ピックアップしときましょうか。明日の分は、夜干しておけば乾くでしょう。あと、床に転がってる雑貨も、とりあえず一纏めにしといて下さい」
「分かった」

頷き、言われた通りに動く愛に、多々羅は少し拍子抜けした。随分、素直に動くんだなと。意地を張って素直に人を頼らないと聞いていた分、意外だった。

片付けながら知った事だが、愛は家電の使い方もほとんど分からないらしい。なので、レンジには卵を破裂させた後があり、洗濯機も使おうとして諦めたのか、中途半端に洗濯物が水に浸かったままで、掃除機には、紙くずが吸い込み口に詰まって放置されていた。

「…ダメだなこりゃ」

俺がいてやらないと。
するっと出てきたその思いに、多々羅は自分でも驚いた。そしてそれは、胸の内を擽り、多々羅の心を温めていく。
愛の為に出来る事が自分にもある、少なくとも家事に関しては。
愛は、自分を必要としてくれるかもしれない、そう思えば、多々羅は希望が見えた気がしたし、少しだけ自信を取り戻せた気分だった。