「多々羅君じゃないか!大きくなったな!」
「ご、ご無沙汰してます、正一さん。俺の事覚えていてくれたんですね」
多々羅が正一と最後に会ったのは、子供の時だ。それでも正一は多々羅を覚えていて、大人になった多々羅に気づいてくれた。正一の駆けてくる勢いには驚いたが、覚えてくれていたのは嬉しかった。
「勿論だ!君は、愛と仲良くしてくれたし、うちにもよく遊びに来てくれたからな!懐かしいな…いや、立派な青年になられた!」
「いえ、正一さんこそ、お変わりないですね」
「はっはっは!健康だけが取り柄だな!なかなかくたばらないから、皆辟易してるよ」
「また、何言ってるんですか」
こういう冗談を飛ばして笑うのも、相変わらずだ。正一は、家に縛られず、どんな人でも分け隔てなく接してくれる。愛がこの家に来るまで、多々羅は正一が怖い人だと思っていたが、その思い込みが取り払われてしまえば、その朗らかな気前の良さが、子供ながらに気持ちが良くて好きだった。周りの大人達は怖い顔をしてばかりだったから、余計にそう感じたのかもしれない。
「今日は、愛に会いに来てくれたのかい?」
「あ、えっと、…仕事で近くまで来たものですから」
多々羅は咄嗟にここに来た理由を繕った。家の前まで来たのだ、正一がそう思っても仕方ないが、愛に会うには少し心構えが必要だった。
楽しかった思い出に縋るような自分は、あの時から何も成長していないように思え、そんな自分を愛に会わせるのが、少し怖かった。愛は、多々羅が多々羅でいられる最後の砦のような気がして、もし、そんな愛に否定的な目で見られたらと思ったら、愛に会いに来たなんて堂々とは言えなかった。
それに、手土産もないし、たまたま通りかかっただけだから。多々羅は心の中で、言い訳を繰り返した。
「そうか、引き止めて悪かったな、時間は大丈夫かい?」
「はい、今日はもう仕事から帰る所なので…」
「そうかそうか!良かったら、お茶でもどうだい?」
「え、でも…」
「大丈夫大丈夫、今日は僕しかいないから」
その朗らかな笑い顔に、多々羅はきょとんとして正一を見上げた。まるで、心の声を読まれたかのようだったが、正一の表情からは、多々羅を可哀想とか情けないとか、そんな風に感じている様子は見えない。単純に、僕らの仲じゃないかと、そんな風に言われている気がして、その正一の軽やかさに、知らず内に強張っていた多々羅の心も解れていくようで。
正一は、相変わらず力強い腕で多々羅の肩を抱く。その強引さが、今の多々羅には心強く、嬉しかった。
「あら、お帰りなさい…やだ、懐かしいわ!多々羅君?」
そうして、正一に引きずられるように向かった瀬々市邸。その広い玄関で出迎えてくれたのは、使用人の女性、遠野春子だ。多々羅が愛と出会ったあの日、不安になる多々羅に寄り添い、いつも一緒になって遊んでくれた女性だ。
春子は、白いワイシャツに黒のパンツ姿、白い前掛けを掛けている。髪を短くして、年齢を重ねた印象はあるが、その愛嬌のある微笑みは変わらない。年齢は、六十代半ば位だろうか、多々羅も良く世話になっていたので、彼女も多々羅の事を覚えていてくれたようだ。
多々羅は久しぶりに敷居を跨ぐ豪華なお屋敷に、先程とは違う意味で緊張を覚えていたが、懐かしい顔が見れて、ほっと緊張が解れたようだ。
「お久しぶりです、春子さん」
「やだ、覚えてくれてたの?嬉しいわ!多々羅君、すっかりお兄さんになられて!今、仕事は?この町に帰ってきたの?今日はご飯は、」
「はいはい、積もる話は後にして、お茶よろしく頼むよ」
「あらやだ、私ったら!さぁさぁ、上がって上がって!今は大旦那様しかいらっしゃらないのよね、愛さん達が居たら喜んだのにねぇ」
正一に促され、春子は朗らかに笑いながら、多々羅に上がるよう促し、キッチンへ下がって行く。昔と変わらない春子の様子に、多々羅は思わず頬を緩めた。春子はいつもあんな感じで、明るく多々羅を招き入れては、何かと世話を焼いてくれた。
「相変わらずだろ?」
「はは、皆さん元気そうで何よりです。すみません、手土産もなく」
「何、要らんよ。僕達の仲じゃないか、僕としては、いつでも遊びに来て欲しいくらいだよ。僕もまた海外に行っちゃうから、愛の為にも来てくれたら嬉しいんだけどね」
「愛ちゃんの為?」
それはどういう事だろう、愛に何かあったのかと不安になる多々羅に、正一はこめかみを掻きながら、どこか困った様に話を続けた。



