瀬々市、宵ノ三番地



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多々羅(たたら)が愛の店にやって来たのは、一週間前の事だ。多々羅はその前は、旅行代理店で働いていた。

愛と多々羅は幼なじみであるが、共に過ごしたのは小学生までだ。中学に進学する頃には、愛は海外へ留学してしまい、愛が日本に帰って来た頃には、多々羅は家から離れて一人暮らしを始めていたので、近所ですれ違う事もなく、以来、二人が会う事はなかった。

二人がこうして再会出来たのは、多々羅が正一(しょういち)と偶然再会したからだ。




ひと月程前の事、仕事が思ったより早く終わった帰り道、多々羅はまっすぐ家に帰る気にはなれず、何となく、幼い頃過ごした町に足を伸ばしていた。実家に帰りたいとは思わないが、幼い頃の景色を見たくなったからだ。

多々羅は、何も無い自分にコンプレックスを抱いていた。
歌舞伎の世界から逃げたのも、自分はその世界に不必要だと思ったからだ。

多々羅が、歌舞伎の家の長男でありながらも役者の道に進まなかったのは、自分には役者の素質がないと感じたから、というのもあるが、何より弟の穂守(ほがみ)の存在が大きかった。

穂守は歌舞伎役者としての素質があった。子供の多々羅から見てもはっきりとそう感じられたのだから、大人達は、さぞその才能に喜んだ事だろう。
練習量は同じなのに、台詞の覚えから体の動かし方、声の出し方、感情の出し方伝え方、何をとっても多々羅より覚えが早かったし、上手かった。多々羅にとっては怖いだけの祖父にも、穂守はよく褒められていた。

それに比べ、多々羅は怒鳴られるばかりだ。出来ないなら、倍の努力をすれば良かったかもしれない、どうして覚えられないのか分析すれば良かったかもしれない。でも、それが出来るのは、向上心があって、きっと歌舞伎が好きな人間だ。

歌舞伎が好きでも、舞台に出られない弟子達や生徒達がいる。それに対し、多々羅は歌舞伎が好きでもないのに、歌舞伎の家の出というだけで舞台に立ち、役を貰えている。
ひたむきな彼らの中にいるのは、いたたまれなかったし、何より、穂守がいるなら自分はいらないだろうと、気づけば歌舞伎の世界から背を向けるようになっていた。

それから、歌舞伎と穂守の存在は、多々羅にとってコンプレックスでしかなかった。

学生の頃から頭角を現した穂守は、その端麗な容姿もあり、歌舞伎界のプリンスとして雑誌やテレビでも度々取り上げられていた。多々羅に近づく友人は、皆、穂守が目当てだったように思う。穂守とは一つしか年齢が離れていなかったし、そういった噂話は、多々羅の周りには常に溢れていた。

社会に出れば、誰も自分を穂守、八矢宗玉(はちやそうぎょく)の兄だと思わないだろうと思っていたが、どこへ行こうと世の中に情報は溢れている。
歌舞伎と縁遠いと思って入った旅行代理店の会社でも、やがて多々羅が歌舞伎の家の出だと知れ渡り、今では多々羅ではなく、八矢宗玉の兄として見られている。
恋人ともその事がきっかけで関係が拗れ、仕事以外の会話はなくなり、関係はいつの間にか終わっていた。

思い返しても、いつも多々羅には家柄がついて回り、穂守の存在がついて回り、何も無い自分を自分で追い詰めていくばかりだ。笑って受け流して、繰り返して。気にしなければと思うけれど、それらを吹き飛ばせる程、強くない。堂々巡りだ。
何をやってるんだろう、そう自分に問いかけた時、ふと、愛と遊び回ったあの町の景色が頭に浮かんだ。

懐かしさに導かれるように、町を歩く足は軽やかだった。
よく遊んだ公園、よく通った駄菓子屋は今ではマンションに変わっていたが、よく懐いてくれた猫のいる家や、よく吠えられた大きな犬のいる家、小学校、そして瀬々市(ぜぜいち)邸は変わらない。

大人になって見ても大きなお屋敷だなと、懐かしさも含めて笑みが溢れてしまう。よくこのお屋敷に出入りして、結子(ゆいこ)や愛、凛人(りんと)と遊んでいた。子供の居なくなった中庭は静かで、なんだか寂しく感じる。そんな風に、柵から見える中庭をぼんやり眺めていると、帰宅した正一に偶然出くわし、声を掛けられた。


あれから二十一年、正一は九十を越えた頃だろう。顔はさすがに皺が増えて年を重ねた印象はあるが、撫で付けた白髪も、少し垂れた瞳も、この年でもまだしゃんと背筋を伸ばし、きっちりと着物を着こなす姿は、清潔感と気品に満ちて堂々としており、とても九十を過ぎた老人とは思えない程。しかも、正一は多々羅を見つけると、その健康な足腰を活かし、結構な速さで走ってくる。これも昔と変わらないが、変わらないからこそ、多々羅は少しぎょっとした。