瀬々市、宵ノ三番地






その後、二人はすぐにリンクに向かった。(あや)に用事がある事をスタッフに伝えると、スタッフから愛の名前を聞いた彩は、すぐに出てきてくれた。

「すみません、練習中に」
「いえ、あの、見つかったっていうのは本当ですか?」

彩にペンダントを手渡すと、彼女は心底ほっとした様子で表情を緩め、ペンダントを大事そうに握りしめ胸に抱いた。

「ありがとうございます…!本当に、本当に良かった…!」

自然と溢れ出る彩の涙に、クリスタルのペンダントがキラと光った。彼女もほっとして、喜んでいるみたいだ。

「良かったな、大事にしてくれるご主人で」

ペンダントを見つめ、愛はそう呟いた。その横顔が、多々羅(たたら)には少しだけ寂しそうに見えてしまい、どうしてそんな表情を浮かべるのだろうかと、不思議な思いだった。

「本当にありがとうございます!何とお礼をしたら良いか」
「これが私達の仕事ですから。この先も、大事にしてあげて下さい」
「あの、スケート頑張って下さい!応援してます!」

多々羅がすかさず声を掛けると、彩は愛と多々羅を交互に見つめ、晴れやかな笑顔で頷いた。



「彩?」

不意に女性の声がして、皆は反射的に入り口へと目を向けた。

「お母さん」

そこには、昼間、子供達にスケートを教えていた女性がいた。野島先生とは、やはり彩の母親だったようだ。

「練習、来ないかと思ったけど…」

戸惑うように言う母親に、彩はすかさず駆け寄り頭を下げた。

「ごめんなさい!私、もう逃げないから、だから、もう一度私のコーチをして下さい!お願いします!」

母親は彩の姿を驚いたように見つめていたが、それは次第に、泣いてしまいそうに表情を歪めた。彼女は視線を彷徨わせながらも、彩の頭を上げさせた。

「母さんで良いの?母さん、あんたの事また苦しめるかもしれない、また無駄にプレッシャー掛けるかもしれないよ」
「母さんが教えてくれたスケートだもん。私は母さんにコーチをやってほしい」

彩は言いながら、ペンダントを首に掛け、ぎゅっと握った。

「一緒に、見ていて欲しい。最後の大会まで」

それは、母親に、それからペンダントにも向けられた言葉だった。まっすぐと、もう揺らがないというような強さに、母親は頷き、彩の肩を抱きしめた。

ふわ、とペンダントの化身が現れ、親子の様子を嬉しそうに見つめると、再びペンダントへと戻っていく。

彼女も、きっと、大丈夫だ。


「行こうか」
「はい」

そっと声を交わし、愛達は施設を後にした。
絆を深めた彼女達の姿は眩しく、多々羅は少しだけ羨ましいと思ってしまった。







夜を深めた空には、雲の隙間から月が顔を覗かせていた。
多々羅と愛は、ようやく見慣れた街に帰ってきた。駅前に連なる店には明かりが灯り、帰宅する人々の足を集めている。同じ駅前の賑わいでも、見慣れた駅の賑わいは安心感に満ちていて、この街も徐々に自分の帰る場所になってきているのだなと、多々羅はぼんやり思った。

そんな感慨を覚えたのも束の間、駅の改札口を抜け、愛は早速見当違いの方へ歩き出ので、多々羅は慌てて愛を捕まえ、愛の少し前を歩く事にした。愛の後ろを歩いていては、角を曲がる度に声を掛けないといけない。

「大会っていつなんだ?」

駅前の賑わいから少し離れ、街灯が立ち並ぶ遊歩道を歩いていると、愛がぽつりと呟いた。振り返ると、愛は足元を見ながら歩いているので、その表情は見えなかった。

「彩さんの?いつなんだろう…、最終的に狙ってるのは、全日本じゃないですか?ほら、暮れにやってる。そこまで勝ち抜いていかないといけないだろうし…」
「そっか」
「後で調べてみますね。でも彩さん、なんか清々しい顔してましたね。お母さんとも上手くいくと良いな」
「人間同士は、いつどう拗れるか分かんないけどな」

せっかくいい気分でいたのに水を差され、多々羅は肩から溜め息を吐いた。

「またそういう事を…さっきのあの親子を見て、それ言いますか」
「だってそうだろ、人と物だって拗れるんだ。言葉を通わせる者同士、拗れて当たり前だろ」
「寂しい事言わないで下さいよ、それでも言葉を通わせられるから、人と人は絆を結び直せるんじゃないですか。店長だって、そうでしょ」

困ったように多々羅は笑って愛を振り返る。愛は多々羅を見上げ、笑った。ただ、笑った。その、こちらに合わせるだけの笑い顔からは何の感情も窺えず、多々羅は足を止めかけた。

「今日の晩飯は何にするんだ?」
「え?あー、そうですね…、これから作るんじゃ時間かかりますし、何か出来た物買って帰りましょうか」

通りすがる愛を、多々羅は慌てて追いかけた。
愛に返事をしながら、多々羅は胸の中に靄が広がるのを感じていた。

愛は、誰かと繋がる事を諦めているのだろうか。

愛の瞳の色は、眼鏡によって隠されている。やはりその色が、彼を苦しめているのだろうか。美しい瞳を、愛は自分で良くない物のように言った。それを思うと、どうしても寂しくなるし、悔しさもこみ上げてくる。
愛が自分自身を否定するのも、愛が他人との繋がりを拒否するのも、多々羅は悔しいし悲しい。小さい頃は、あんなに仲が良かったのに、今では愛が遠くに感じられて、これ以上は近寄るなと言われている気がして、それはやはり、寂しいものだった。