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昼過ぎになり、子供の笑い声が聞こえてきた。今日は早帰りの日だと知り、なずなは庭の手入れがてら、生け垣の向こうを窺った。すると早々に、あの少年がアパートの前を通ったのだが、「お化けだ」と叫んで逃げた友達と一緒に居るのを見て、声を掛けるのを躊躇ってしまった。
また「お化けだ」と家の前で騒がれては、ここの住人達を傷つけるかもしれない。ハクがまた怖がったらと思うと、なるべく少年が一人の時に声を掛けたかった。
「…また足痛めるぞ」
シャベルとバケツを持って、庭をうろうろとする挙動不審ななずなに、呆れ声が飛んできた。振り返ると、そこにはギンジがいた。
ギンジはさっさとなずなを通り過ぎ、慣れた手つきで庭の手入れを開始した。
「あ、あの、ギンジさん、私が」
「いい。俺の方が慣れてる」
そのまま黙って手を動かし続けるギンジに、なずなはきょとんとしていた瞳を、次第に緩めていった。ギンジの背中はぶっきらぼうだけど、なずなを突き放したりはしなかった。
「…成果はあったのか」
突き放すどころか、会話をしようとしてくれている。なずなは感動に震える思いだった。あんなにおっかなかった大きな背中が、今ばかりは愛しく思えるなんて。
なずなはびっこを引きながら、ギンジの隣に向かった。
「なかなかタイミングが難しくて…。でも、ハク君も頑張ってるので、また明日もチャレンジします」
「ふーん」
「ギンジさんは、今日どう過ごされてたんですか?」
「……」
会話が止まり、なずなは途端に不安に駆られた。調子に乗って喋り過ぎたか、それとも余計な事を聞いてしまったのか。なずなが一人で冷や汗を流していると、ギンジは手を動かしながら、小さく口を開いた。
「……花を見に」
「え、ギンジさんて花が好きなんですか?」
「どうせ似合わねぇって思ってるんだろ」
「そ、そういうわけでは…意外だなとは思いましたけど」
「似たようなもんじゃねぇか」
「す、すみません…!」
以前のような鋭さは鳴りを潜めているが、睨まれれば条件反射のように肩を跳ねさせてしまう。
しかし花か、と胸の内で呟き、なずなはふとギンジの手を見つめた。
人の形をした手はそつなく動き、土いじりが慣れているように見える。そこで、玄関脇の花壇へ目を向けた。
そういえば、あの花壇は誰が手入れしているのだろう、なずなが気づくと、いつも水やりがされているし、丁寧に手入れされている事が分かった。
「…あの花壇のお世話って、ギンジさんがしてくれてるんですか?」
もしかしてと尋ねてみれば、ギンジは再びなずなを睨みはしたが、今回はそんなに怖さは感じなかった。赤くなった、その耳のせいだろうか。ギンジはふいっと視線を逸らすと、また小さく口を開いた。
「…これが仕事だからな」
「仕事?」
「花屋だから、仕事」
「え、本当ですか!?」
「今、確実に似合わねぇって思ったろ!」
「お、思ってませんよ!意外だなぁとは思いましたが」
「だから、似たようなもんじゃねぇかよ!」
似合わないという事にコンプレックスでもあるのか、ギンジは顔を赤くしながら、ふいっと顔を背けてしまった。



