メゾン・ド・モナコ




だが、ハクのお礼を伝えよう作戦は、そうそう上手くいくものではなかった。



こっそりと入り口のアーチから、三人で外の様子を窺うが、このアパートに人が居ること自体が珍しいのか、アパートの前を行き交う人々は、なずな達をまじまじと見つめながら通り過ぎていく。その好奇とも見える視線に、少なからず人前でライブ活動をしてきたなずなは平気だったが、ハクが参ってしまった。誰かの視線が、それ自体に悪意はなくとも、怖いのだ。さっとなずなの足元に身を隠したハクの手は震えており、なずなはマリンと視線を交わすと、今日の所は引き返そうと、一旦敷地内へと戻る事にした。

「やぁね。家があるんだから、誰かが住んでいるのは当たり前なのに」

ハクを抱きしめて宥めながら、マリンが言う。そのマリンの輝かんばかりの美しさを見て、なずなは相槌を打ちながら、今の人々の視線は、マリンによって惹き付けられたものだろうなと、察した。

マリンと生活を共にするようになっても、ふとした瞬間、同性の自分でも、マリンに見惚れてしまう事がある。マリンは、マリンに見えないように術を掛けられているというが、それは、マリンが別人に変わって見えている訳ではない。マリンを見ても、特定の人物以外は、マリンとして認識させないよう錯覚を起こさせるものだという。

なので、その輝くオーラは消せないし、そして、マリンによって惹き付けられた視線は、次第に足元のハクにも注がれていく。真っ白な髪の愛らしい少年も、人目を引くには十分だ。

ハクが家に籠るのは、視線が怖いからなのかもしれない。無数の好奇な視線は、ハクにどんな恐怖体験を思い起こさせるのだろう。それでもハクは、少年にお礼を伝えたいと思い、アーチまで進み出たのだ。ハクにとっては、勇気を総動員で掴みとった、大きな一歩だ。

なずなは膝をついて、ハクの頭を撫でた。

「頑張ったね。今日は、私が様子を見ておくよ。もし、声が掛けられそうなら、それとなく聞いてみる」
「…でも、」
「今日の所は、だよ。それに大事なのは、助けてくれた子に感謝を伝えたいっていう、気持ちなんだから」

なずなの言葉に、ハクは少し迷っていたようだが、なずなとマリンの顔を交互に見つめ、やがて決心した様子で頷いた。


せっかく勇気を出したのだ、ハクはきっと、ハンカチのお礼を言いたかったに違いない。

それからなずなは、ハクのお礼を伝えよう作戦に、ハクが出来なかった分も、気合いを入れて挑む事とした。

なずなが気合いを入れるのには、ハクの一歩を応援したい気持ちは勿論だが、ハクが少年にお礼を伝えられたら、フウカの心境も少しは変わるかもしれないと、そんな淡い期待も抱いていた。