「あまり、無理にどうこうさせるのも、良くないんじゃないですか」
そうこぼしたのは、フウカだ。その声はどこか冷たく、まるで昨夜のフウカのようで、なずなの胸に不安が過った。
けれど、と、なずなは顔を俯けたままのフウカから、ハクへと視線を向けた。
確かに無理は良くないが、それでもなずなは、ハクには笑顔でいてほしい。辛い思いをしたなら、今度はせめて、人の世界では楽しく過ごしてほしかった。
「…だけど、何かしてあげたいです。ずっと一人は寂しいじゃないですか」
「望んでそうしている場合もあります」
なずなは思わず、え、と声を漏らした。フウカの声は変わらず冷たく、それに、これ以上踏み込むなとばかりに、なずなを跳ねつけるような言い方で、ぐっと胸を押さえつけられたみたいに苦しくて、なずなは、えっと、と言葉を探しながら、視線を彷徨わせた。
フウカに否定された事もだが、それよりも、またもや冷たい声を投げかけられた事がショックで、フウカの顔が見れなかった。
「…お風呂用意してきます。今日は疲れたでしょう、なずなさんお先にどうぞ」
柔らかないつもの声に顔を上げれば、フウカは少しぎこちないながら微笑んだ。いつも通りの姿なのに、そこにはどうしても見えない壁がある気がする。
側に居てくれたフウカが遠くに行ってしまいそうで、突然居なくなってしまうんじゃないかと、漠然とした不安が胸を埋め尽くし、なずなは声をかけようとしたが、言葉は喉にはりついて声に出来なかった。
そのままキッチンを出ていく背中を見て、なずなは追いかける事も出来ず、戸惑ってマリンを振り返った。
「私、何か、余計な事言っちゃいましたね」
「…ううん、なずちゃんは悪くないわ、問題は私達の方ね」
「…え?」
「ここに来る子は、何かしら抱えてるから…皆、自分の事は分かってるから、だから、ああなっちゃうのよ」
「…マリリンさんも、ですか?」
「ふふ、私にはなずちゃんもいるからね」
大丈夫よ、と抱きしめられれば、騒めく胸が少しずつ和らいで、そんな自分が情けなくもあった。
また、慰められてしまった。マリンは、このアパートに来た理由を話してくれたが、それらが全て過去の出来事として、消化出来た訳ではないだろう。
なずなは、このアパートの皆の手助けが出来たら良いのにと思うのに、それどころか、皆の傷を抉って、更には守られてる自分に、無力さを感じずにはいられなかった。



