メゾン・ド・モナコに帰ると、アパートの住人達は、なずなの寝る部屋をどこにするかで揉めていた。
「あの、本当に、私リビングの隅で構いませんから!その方が家の事をするにも楽ですし」
「いくらなんでも、女の子をリビングに置いておくわけにはいかないよ、うちは男ばっかりだしね」
春風の言葉に、なずなはアパートの住人の顔を思い浮かべる。だが、どこで寝ようと、自分が彼らに襲われる危険は無いように思えた。
ギンジはすっかり人嫌いだし、ナツメは突っかかってくるし、フウカは…と、そこまで考えて、なずなは顔を熱くさせた。
真夜中、フウカに熱っぽく迫られる姿を想像をしてしまったからだ。
いや、何を考えているのか、フウカがそんな事をする筈がない。それに、と、そこで思い至った考えに、なずなは、きゅっと冷たい刺が刺さったような気がして、その胸をそっと押さえた。
フウカが、あやかしと人の間に距離を引いた事を思い出す。どんなに惹かれたって、フウカは人である以上、なずなを受け入れないのかもしれない。それなら、フウカがなずなを思う事は、あり得ないのだ。
そんな事を今更ながら痛感して、なずなの夢見心地な頭から熱を奪っていくようだった。
「なずちゃん?」
マリンに声を掛けられ、なずなは、はっとして顔を上げた。
そうだ、今は恋に現をぬかしている場合ではない。
きっと、夢ばかり追いかけて、恋愛に免疫がなさすぎるから、相手の事を考えもしないで浮かれてしまうのだと、なずなは自分に反省し、フウカを頭の中から追いやった。
「いいのよ。仮とはいえ、犯人が捕まるまでは一緒に生活して、その上お仕事して貰うんだから。ひとつ部屋があまっててよかったわ」
マリンは、まさかなずなが、フウカとのあらぬ妄想の果てに、勝手に自分で傷ついているとは思いもしないだろう。なずなが遠慮して困っていると思ってか、なずなに寄り添うように声をかけてくれた。その優しさに、なずなは少し気持ちを落ち着かせた。
「でも、新しい入居者が来たら、」
「来る予定はないから安心して。ここは訳ありのあやかしが来る場所だからさ」
春風にも後押しされ、なずなは申し訳なく思いながらも、結局は甘えさせて貰う事にした。部屋はあの空き部屋、桜がすぐそこに見える、春風の部屋の隣、畳の部屋だ。
「春さんは、居たり居なかったりだから安心していいわよ」
「どういう意味かな、マリン君」
「可愛い子羊を狼さんから守るのが、私のや・く・め」
「色っぽく言っても、恐怖しか感じないよ」
「刺激的でしょ?」
ふふ、と笑うマリンに、春風は僅か頬を引きつらせたが、慣れた様子で肩を竦めた。その様子を見て、なずなはふと思う。
「毎日マリリンさんを見てたら、私の事なんて子供にしか見えないでしょうね」
そもそもの問題だ。例え自分があやかしでも、マリンと比べるなんておこがましいと、なずなは自分でも思う。マリンを毎日見ているフウカには、そもそもなずなは、女性としてすら見られていないのかもしれない。
お姫様抱っこだって、何の躊躇いもなくしようとしていたし。
心の内で呟き、なずなは苦笑った。春風とマリンは目を合わせ、それからおかしそうに笑った。
「可愛いこと言うんだから。私のは見慣れてるから、皆なんとも思ってないわよ。だから、まっすぐで可愛いなずちゃんが、魅力的で堪らないのよ」
「えぇ?また、マリリンさんは…」
「あ、間違いないよう言うけど、マリン君とは誰もそういう関係じゃないからね」
それは、なんとなく分かるような気がする。とは、さすがに口に出せず、なずなは苦笑った。



