メゾン・ド・モナコ




***



その夜、なずなは、ハクの好意に甘え、ハクの部屋を借して貰う事となった。
トントンとドアがノックされ、なずなは「はい」と返事をしながらベッドから立ち上がると、「マリンよ、開けていい?」と、凛としながらも涼やかな声が聞こえてきた。マリンは、その声までも美しい。

「はい、どうぞ!」

声に応じると、控え目にドアが開かれた。爪先や踵を駆使して歩くなずなは、ドアを開けに行くまでもやや時間がかかってしまう。そんななずなの姿を見て、マリンは抱えていた荷物をドア脇の棚に置くと、慌てて手を差しのべてくれた。

「なずちゃん、無理しちゃ駄目よ、座ってて」
「すみません、」
「痛いでしょう」
「いえ!マリリンさんに手当てして貰ったので、さっきよりは」

笑ってみせるが、正直、痛みは簡単には取れてはくれなかった。それでも気を遣わせないよう振る舞うなずなに、マリンは何も言わずに眉を下げた。きっと、なずなの気持ちを汲んでくれたのだろう。
マリンはなずなを支えながらベッドに腰かけさせると、マリンは持ってきた荷物を、なずなに見やすいようにベッドの上に並べた。

「急だったでしょ?着替えとか持ってきたの。どれがいいかしら」
「あ、ありがとうございます!」

実は、着替えをどうしようかと思っていた所だ、さすがに外着のままベッドの中に潜り込む訳にもいかず、かといって下着姿で人様のベッドに入るのは抵抗がある。マリンの申し出に感謝したなずなだったが、マリンが広げて見せた服のラインナップを見て、その表情を強ばらせた。

「マ、マリリンさん…さすがにこれは、ハードル高過ぎです…」

どれもこれも、マリンなら着こなせるだろう、透け透けなネグリジェと下着。とんでもなくセクシーだが、マリンが着れば、逆にセクシーを通り越して格好良く見えそうだ。
だが、胸もなくウエストも細いとはいえず、お尻もきゅっとしていない自分では、着られる服も可哀想ではないかと、なずなは自身の体型を見下ろし思う。いや、着ても自分しか見ないから構わないのだが、だとしても、これを着る勇気はなかった。

「そうかしら…これとか?これは?どれも新品よ?」
「え、えっと…」

どれもこれも、同じようなテイストのものばかりだ。マリンは良かれと思って世話を焼いてくれている、それに着てもたったの一晩だ、そう思っても、紐のような下着を見ては、なかなかその一歩を踏み出せそうになかった。
どう返答しようかと迷っていると、マリンにもなずなの気持ちが伝わったのか、小さく肩を落とした。

「残念…似合うと思ったんだけど…。まぁ、仕方ないわ。こんな事もあろうかと思って、違うタイプも持ってきたの」
「あ、ありがとうございます!」

マリンが次に取り出したのは、普通のTシャツとズボン、下着もごく普通の生地の物だ。それらを渡され、なずなは思わずほっとした。借りてる分際で文句は言えないが、正直有り難かった。

「下着は、これも買っただけで着てないから。服はね、ナッちゃんから借りてきたの。思った通りサイズも合いそうね」
「すみません」

後でナツメ君にお礼を言わないと。
ナツメは男の子だが、背丈はなずなより少し大きいくらいだ、背格好が似ていて助かった。

「あと、化粧水がこれ、乳液と、あ、シャンプーとか私の使っていいからね、ボトルに名前が書いてあるから分かると思うわ」
「何から何まですみません」

共有スペースにある個人の物には、大体名前が書いてある。以前、ナツメのシャンプーを誰かが使った事で喧嘩になったらしく、それ以降、個人の物には名前を書くようになったという。
因みに、ナツメ以外の男性陣は、皆共同でシャンプー等を使っている為減りが早く、ボトルが常に二本ずつ置かれていた。

「あと、歯ブラシは買い置きがあったし、タオルも予備があるわ。他に足りない物があったら気軽に声をかけてね」

言いながら、持って着た服を片づけているマリンの手が、ふと止まった。ヒラヒラスケスケの下着を持ちながら、ちらりと視線を送ってくるマリンに、なずなは再び顔を強ばらせた。そんななずなの反応を見て、マリンは残念そうに肩を落とした。

「…なずちゃんにぴったりだと思ったんだけど、仕方ないわね」
「すみません、せっかくの好意を」
「ううん。でも、でもね、きっと可愛いと思うんだけど…」
「はは、マリリンさんならぴったりです。道行く人、みんなマリリンさんに見惚れて振り返っちゃいますし」

それは実際にそうだった。マリンがアパートから出て行く時、また帰ってくる時、たまにマリンを外で出迎えると、マリンの美しさに、老若男女問わず皆がマリンに釘付け、という光景を見る事がある。
堂々として、誰からも見惚れられるマリンはかっこいい。それに、とても優しい。マリンに抱き留められた時、すっと恐怖が消えていくのを感じた。マリンの持つ包容力のせいなのだろうか。かと思えば、周りを圧倒するオーラもあるので、知れば知る程不思議なあやかしだと、なずなは思う。