「日傘を忘れずにね。あまり遠くへ行ってはいけないよ」
マリンは、「分かってるわ」と微笑みを残して玄関を出て行く。その後ろ姿は、まるで映画のワンシーンのようだ。行ってらっしゃい、とマリンを送り出した後、なずなは意外そうに春風を見上げた。
「なんだい?今失礼なこと考えてたでしょ」
「こういう所は優しいんですね、普段ものぐさなのに…」
「君、今僕が言った事聞いてた?失礼な事考えてるって察してるのに、なんでそのまま言っちゃうかな」
「マリリンさん、どこか具合悪いんですか?」
「僕の意見は完全にスルーだね。彼女はちょっと訳ありなんだ、体調は…今はそんなに悪くない筈だよ」
「じゃあ、僕も出てくるね」と言って下駄を突っ掛けた春風を、なずなは慌てて引き止めた。
「待って下さい!また逃げるんですか?」
「なんだい、人聞きの悪い」
「フウカさんのお願い、まだ聞いてないですよね?草むしりするって話」
途端に春風は苦い顔を見せた。何の相談もなしに突然なずなをアパートに引き込み、皆を戸惑わせた罰として、春風はフウカから、庭の草むしりを命じられていた。
「昨日だって、出かけるって言いながら公園で寝てましたよね?暇なら手伝って下さい、草むしり!」
なずなが微笑んで軍手を差し出す。その姿に、春風は僅かに目を瞪った。
息を飲む気配に、なずなはきょとんとして春風を見上げた。
「春風さん?」
なずなが声を掛けると、春風は我に返ったように帽子を被り直し、それから、どこか懐かしそうに頬を緩めた。
「君、神様に労働させるとは…きっと罰が当たるよ」
言って軍手を受け取った春風に、なずなも表情を緩めた。
「その分、私もしっかり働きますから!約束は守るって言ったじゃないですか」
「そうだけどさ…全く逞しいねぇ。あ、洗濯や掃除はいいの?」
「洗濯は終わりました。掃除は午後に回します。午前中に草むしりやっちゃった方がいいと思って」
「…なるほど」
春風は苦い顔を浮かべた。話の矛先を変え、なずなの目を盗んで逃げるつもりだったのかもしれない。すっかり怠け癖が着いているようだ。
そこへ、二人の話を聞いていたハクが、春風の着物を掴みながら、おずおずとなずなを見上げた。
「あの…僕もお手伝いしたい」
「本当?」
なずながしゃがむと、ハクはまた恥ずかしそうに春風の足に隠れたが、それでも小さな口を懸命に動かしてくれる。
「たまに、フウカと一緒に草むしりしてたから」
「そうなんだ、偉いなー!じゃあ今日もお願いしていい?」
「…はい!」
パッと花開くようなハクの可愛らしい笑顔に、ほっと心が癒されるようだ。その隙に逃げようとする春風の着物を、なずなは寸でで引き止めた。
「ハク君も手伝ってくれるなら、すぐに終わっちゃいますよ!」
「…はいはい、分かったよ」
春風はようやく諦めたのか、苦笑って頭を掻いた。



