ガツンっと硬いものが弾かれる音がして、ゆっくりと目をあける。佐野を守るように、小型の自律ロボットが、作業用ロボットのアームを受け止めていた。
『そこのロッカーの中へ隠れてください 』
顔を上げて素早く見渡すと、確かにロッカーのような、黒い長方形の細長い箱があった。
少し掠れた声のエフェクトに従うように、ふらつく足を抑えながら、金庫のようなロッカーの中に入り、中から扉を閉める。光ひとつ入らない暗闇で耳を澄ます。
次の瞬間、細胞という細胞を揺らすほどの爆発音が響き渡り、ロッカーが大きく揺れた。ロッカーの中にいても、鼓膜が痛むほどの衝撃音に顔をしかめる。
どれだけ時間がたっただろう。ようやく静かになり、そっと扉を開けて外に出る。大破した作業用ロボットの残骸の前で、自律ロボットと白い上着を着た小さな背中が立っていた。手にある遠隔の起爆スイッチのコードが、作業用ロボットの核に近い場所へ延びていた。体にロープを巻いているところを見ると、高い位置から作業用ロボットへ飛び移り、爆薬を仕掛けてから離れて起爆した、らしい。
立ち上る煙に合わせるように、フードが揺れる。振り返ったその人物に、佐野は思わず息を止めた。
そこに居たのは、楠小十郎と瓜二つの少年だった。
濡れ羽色の髪、透き通った黒曜石色の目。間違いなく楠小十郎その人だった。
幼く愛らしい顔に、白い肌と華奢な身体。冬のような静けさを纏った、どこか危うい美しいさは間違えるはずがない。
ただ、記憶の中の楠より、酷く無機質な印象を受けた。人形、というよりは、もっとプラスチックのような、機械的ではないが、生気が薄っぺらく人間味がない。そんな印象だ。
「よかった、間に合って 」
少し掠れた優しい声が、耳鳴りがやまない鼓膜を柔らかく揺らす。どこか安堵したように細められた目が、真っ直ぐ佐野を見つめた。
「……くす、のき?」
思わず零した声に、少し困ったように首を傾げたあと、すぐになにか思い至ったように顔をあげる。その様子に、佐野は確信した。
こいつは、今目の前にいる少年は、楠小十郎の記憶を持って、今を生きていると。
心臓が痛いくらいに、存在を主張する。喉が渇く。唇が微かに震える。自分は彼に何を話せばいいのか、上手くまとまらない。口を開けては、閉じるを繰り返す。
パニックなった頭が誤作動を起こしたのか、少しずつ息がしずらくなり、喉の奥から息が漏れる細い音が鳴り始める。酸欠で視界がぐらぐらと揺れて、気持ちが悪い。
「大丈夫、ゆっくり息して。救急車、来るから」
はくはくと口を動かす佐野の傍に膝をつき、優しく背中を撫でる冷たい手に、少しずつ落ち着きを取り戻す。
まるで、苦しいものを楠が吸い取っているように、静かに静かに、胸につっかえていたものが溶けていく。
顔を上げ、改めて楠を見つめる。
綺麗な目も、透き通った肌も、風に揺れる髪も、記憶の中の楠で間違いない。
そのはず、なのに、なぜか違和感が拭いきれない。言葉にできない、なにかが引っかかる。
本能的に、直感的に、その事について尋ねなければならない気がした。その後どれだけ後悔することになっても、知らなければならないと、内なるなにかが悲鳴をあげている気がする。
それほどまでに、今目の前にいる楠の様子は……言ってしまえば気味が悪かった。
が、何かを話す前に、騒ぎを聞きつけ駆けつけた警察やら関係者やらに保護され、左腕の治療のためにと救急車に載せられた。あとから知ったが、念の為と、楠もまとめて一緒に病院に担ぎ込まれることになったらしい。
△▼
治療や取り調べを終えた頃には、すっかり夕方になっていた。赤と藍色が混ざった空の下、病院の入口で、楠見は女性と話をしていた。叱られている、というよりは、心配からくる小言を受けている、という印象だ。
佐野に気がついたらしい女性が顔をあげる。途端に驚いたような顔をするその人に、佐野の心臓がバクりと跳ねる。
その女性はあまりにも、近藤勇と瓜二つだった。
上品なブラウスとスカートに身を包んではいるが、どことなく滲み出る豪胆さは、思い出した記憶にあまりにも酷似していて、空いた口が塞がらない。
「さの……すけ?」
「こ、近藤局長……だよ、な?」
震える声でそう尋ねた途端、嬉しそうな「左之助ー!!!」と言う声と共にトラックにでもぶつかったような衝撃に、カエルが潰れたような声が出た。
切実にやめて欲しい。周囲の目が痛い。やめて欲しい本当に。こちとら記憶があるとはいえお年頃なのだ。勘弁願いたい。いやまじで。
憎たらしくも、怪我をした左腕に一切の負担がかからないように配慮されている。腕が痛いから離せとも言いづらい。こなくそっ!と悪態をつきそうになる。
「わ、わかった!わかりました離してください!」
「釣れないこと言わないでよ!久しぶり〜!!覚えててくれて嬉しいよぉ!大きくなって本当に……!」
「いやあんた俺の幼少期とか知らんでしょ!!はなっ、ちょっ……!やーめーろー!!!」
じたじた暴れる佐野の事をガッツリ掴んで離さない剛腕っぷりは全く変わっていない。天然理心流の免許皆伝持ちは伊達ではない。筋力は健在である。このゴリラめ!!と心の中で毒を吐く。
「藤原さん、その人困ってる 」
トントンっと肩を叩いた楠見は、佐野の様子を見てまたどこか安心したように目を細めた。記憶よりもずっとずっと表情が乏しく、動きがないが、よく見ると白い顔が薄らと染まっている。
「怪我は?大丈夫、ですか?」
「大丈夫だ。本当に、助かった…… 」
取ってつけたようなぎこちない話し方を少し怪訝に思ったが、目の前の近藤――今世では藤原琴葉と言うらしい、がなにかしら含みのある笑みを浮かべた。悲しげに眉が下がっているところを見ると、あまりつつくと良くないのだろう。と察して、なにも言わなかった。
「先生の所、案内する?」
「うん、それはもちろん。左之助、突然で悪いけど、合わせたい人がいるんだ。このあと時間ある?」
そう言われて、ハッと我に返ったように胸の奥に嫌な予感が走る。
この人は本当に近藤局長なんだろうか。
勢い余ってしまったが、前世の記憶があるだなんて、そんなよくわからないものを……。そんなあまりに都合のいいことがあるだろうか。
『そこのロッカーの中へ隠れてください 』
顔を上げて素早く見渡すと、確かにロッカーのような、黒い長方形の細長い箱があった。
少し掠れた声のエフェクトに従うように、ふらつく足を抑えながら、金庫のようなロッカーの中に入り、中から扉を閉める。光ひとつ入らない暗闇で耳を澄ます。
次の瞬間、細胞という細胞を揺らすほどの爆発音が響き渡り、ロッカーが大きく揺れた。ロッカーの中にいても、鼓膜が痛むほどの衝撃音に顔をしかめる。
どれだけ時間がたっただろう。ようやく静かになり、そっと扉を開けて外に出る。大破した作業用ロボットの残骸の前で、自律ロボットと白い上着を着た小さな背中が立っていた。手にある遠隔の起爆スイッチのコードが、作業用ロボットの核に近い場所へ延びていた。体にロープを巻いているところを見ると、高い位置から作業用ロボットへ飛び移り、爆薬を仕掛けてから離れて起爆した、らしい。
立ち上る煙に合わせるように、フードが揺れる。振り返ったその人物に、佐野は思わず息を止めた。
そこに居たのは、楠小十郎と瓜二つの少年だった。
濡れ羽色の髪、透き通った黒曜石色の目。間違いなく楠小十郎その人だった。
幼く愛らしい顔に、白い肌と華奢な身体。冬のような静けさを纏った、どこか危うい美しいさは間違えるはずがない。
ただ、記憶の中の楠より、酷く無機質な印象を受けた。人形、というよりは、もっとプラスチックのような、機械的ではないが、生気が薄っぺらく人間味がない。そんな印象だ。
「よかった、間に合って 」
少し掠れた優しい声が、耳鳴りがやまない鼓膜を柔らかく揺らす。どこか安堵したように細められた目が、真っ直ぐ佐野を見つめた。
「……くす、のき?」
思わず零した声に、少し困ったように首を傾げたあと、すぐになにか思い至ったように顔をあげる。その様子に、佐野は確信した。
こいつは、今目の前にいる少年は、楠小十郎の記憶を持って、今を生きていると。
心臓が痛いくらいに、存在を主張する。喉が渇く。唇が微かに震える。自分は彼に何を話せばいいのか、上手くまとまらない。口を開けては、閉じるを繰り返す。
パニックなった頭が誤作動を起こしたのか、少しずつ息がしずらくなり、喉の奥から息が漏れる細い音が鳴り始める。酸欠で視界がぐらぐらと揺れて、気持ちが悪い。
「大丈夫、ゆっくり息して。救急車、来るから」
はくはくと口を動かす佐野の傍に膝をつき、優しく背中を撫でる冷たい手に、少しずつ落ち着きを取り戻す。
まるで、苦しいものを楠が吸い取っているように、静かに静かに、胸につっかえていたものが溶けていく。
顔を上げ、改めて楠を見つめる。
綺麗な目も、透き通った肌も、風に揺れる髪も、記憶の中の楠で間違いない。
そのはず、なのに、なぜか違和感が拭いきれない。言葉にできない、なにかが引っかかる。
本能的に、直感的に、その事について尋ねなければならない気がした。その後どれだけ後悔することになっても、知らなければならないと、内なるなにかが悲鳴をあげている気がする。
それほどまでに、今目の前にいる楠の様子は……言ってしまえば気味が悪かった。
が、何かを話す前に、騒ぎを聞きつけ駆けつけた警察やら関係者やらに保護され、左腕の治療のためにと救急車に載せられた。あとから知ったが、念の為と、楠もまとめて一緒に病院に担ぎ込まれることになったらしい。
△▼
治療や取り調べを終えた頃には、すっかり夕方になっていた。赤と藍色が混ざった空の下、病院の入口で、楠見は女性と話をしていた。叱られている、というよりは、心配からくる小言を受けている、という印象だ。
佐野に気がついたらしい女性が顔をあげる。途端に驚いたような顔をするその人に、佐野の心臓がバクりと跳ねる。
その女性はあまりにも、近藤勇と瓜二つだった。
上品なブラウスとスカートに身を包んではいるが、どことなく滲み出る豪胆さは、思い出した記憶にあまりにも酷似していて、空いた口が塞がらない。
「さの……すけ?」
「こ、近藤局長……だよ、な?」
震える声でそう尋ねた途端、嬉しそうな「左之助ー!!!」と言う声と共にトラックにでもぶつかったような衝撃に、カエルが潰れたような声が出た。
切実にやめて欲しい。周囲の目が痛い。やめて欲しい本当に。こちとら記憶があるとはいえお年頃なのだ。勘弁願いたい。いやまじで。
憎たらしくも、怪我をした左腕に一切の負担がかからないように配慮されている。腕が痛いから離せとも言いづらい。こなくそっ!と悪態をつきそうになる。
「わ、わかった!わかりました離してください!」
「釣れないこと言わないでよ!久しぶり〜!!覚えててくれて嬉しいよぉ!大きくなって本当に……!」
「いやあんた俺の幼少期とか知らんでしょ!!はなっ、ちょっ……!やーめーろー!!!」
じたじた暴れる佐野の事をガッツリ掴んで離さない剛腕っぷりは全く変わっていない。天然理心流の免許皆伝持ちは伊達ではない。筋力は健在である。このゴリラめ!!と心の中で毒を吐く。
「藤原さん、その人困ってる 」
トントンっと肩を叩いた楠見は、佐野の様子を見てまたどこか安心したように目を細めた。記憶よりもずっとずっと表情が乏しく、動きがないが、よく見ると白い顔が薄らと染まっている。
「怪我は?大丈夫、ですか?」
「大丈夫だ。本当に、助かった…… 」
取ってつけたようなぎこちない話し方を少し怪訝に思ったが、目の前の近藤――今世では藤原琴葉と言うらしい、がなにかしら含みのある笑みを浮かべた。悲しげに眉が下がっているところを見ると、あまりつつくと良くないのだろう。と察して、なにも言わなかった。
「先生の所、案内する?」
「うん、それはもちろん。左之助、突然で悪いけど、合わせたい人がいるんだ。このあと時間ある?」
そう言われて、ハッと我に返ったように胸の奥に嫌な予感が走る。
この人は本当に近藤局長なんだろうか。
勢い余ってしまったが、前世の記憶があるだなんて、そんなよくわからないものを……。そんなあまりに都合のいいことがあるだろうか。

