水族館であいましょう



 佐野には、俗に言う前世の記憶というものがあった。


 幕末の時代を駆け抜けた記憶は、ある日夢と共にゆっくりと掘り起こされていった。あるいは、誰かが自分自身に乗り移って溶け込んでいるように、佐野と同化した……とも言えるかもしれない。

 ともかく、生まれた時、もっというなら、生まれて自我が覚醒する際に記憶が持ち越されている、ということはなく、歳をとるにつれ順当に思い起こされ、気が付けば不可思議な夢は自分の一部となって今に至る。
 特別困るようなこともなく、前世の記憶なんていう不明で不可思議でふざけたものと共生の道を歩いていた。


 が、そんな穏やかな前世との共生は、悲しいことに本日終わりを迎えてしまった。



 ……――原田左之助

 前世での、自分の名前。新撰組の十番隊隊長。死損ね左之助の異名を持つ、短気な槍使い。



 軽くネットで調べて出てくる共通点はこんなものだろうか。が、それのどれもがあまり興味のないものだった。だいたいは"知っている"。

 『楠小十郎の暗殺 』

 この一文が、佐野の心を軋ませた。


 楠小十郎。
 愛らしい顔立ちで、気弱で心根の暖かい優しいやつだった。色白の肌と、星が瞬いているような目に、優しい声をしていた。


 そんな少年を殺した。

 組織を裏切っていたから、斬り殺した。
 守る為に、奪われない為に、首を落とした。
 その記憶も"思い出した"。深く息を吐きながら、腕で視界を覆う。簡易的な暗闇に、ゆっくり体の力を抜いた。

 瞼の裏には、柔らかい笑顔と、頬を伝う涙が同時に浮かぶ。どうしようもない後悔が、自分に向ける怒りが、体を駆け上がって来る感覚が気持ち悪い。軽く吐き気さえする。

 『おかえり、原田先生 』

 そんな気持ちの悪い感覚を覆い隠すように、柔らかい笑顔と声がふわりと蘇る。
 愛らしい目を細めて微笑む楠に、うっすらと涙が滲む。涙がこぼれ落ちないように、息を吸う。

 『暖かくて、気持ちいいですよ 』

 「……あぁ、気持ちいいな……… 」

 ぽつりと零した独り言は拾われることなく、伽藍堂の部屋に虚しく吸い込まれていった。