20⬛︎⬛︎/4/25.
天気:晴れ/風速:3m/s
場所:キョートフ.エリア3.学生寮
:佐野涼太
――
今から、約150年前。
京の町は、酷く荒れていた。
人の命など、羽虫のような軽さで、当たり前のように人が斬り殺された。
町には"不逞浪人"と幕府が呼んでいた浪人達が溢れ、天誅や辻斬り、そんなものが流行していた。そのほとんどが、長州藩を筆頭とする倒幕府派攘夷志士の仕業だったと、現代には伝わっている。
一方の幕府には、浪士組──後の新撰組と呼ばれる人を斬ることを得意とし、不逞浪人を斬って捨てた集団がついていた。
そんな彼らを、京の人々は壬生狼と呼んだ。
壬生の狼、と書けば聞こえはいいが、その真意は"身ぼろ"───身なりのぼろい浪人が、食うために人を斬っている───というものだった。
そんな集団の中に、俺とあいつはいた。
暮らしを共にし、日々を過ごす。
特筆することもない、どこにでもある在り来りな話。
酷い時代の中で、変わらない毎日というのは幸運なことこのうえなかった。
共に過ごした日々は、確かに幸せだった。
だが、当たり前の日常ってやつは長くは続かない。
人の命が、あまりにも軽すぎた。
首が落ち、物を言わなくなった目の前の"それ"を見つめる。生白い首は血で染まり、見開かれた目は泥水の目薬を差したように濁っていた。
生活を共にし、実の弟のように可愛がった相手を、自分で殺した。自分が斬った。信じていたのに、信じていたかったのに、裏切ったから。
だがそれは本当なんだろうか。もしかしたら……
……いや……いや、これも言い訳だろう。
裏切り者だ。
こいつは最初から、俺や皆を騙していた。
守る為に斬った。他の奴らを、皆を、近藤さんや土方さん、新八や平助達を、守る為に必要だった。
ほんの些細な情報の漏洩が、どんな悲惨な出来事を引き起こすかなんてわからない。甘えた戯言は捨てると決めた。ずっとそうしてきた。後悔なんてしたこともない。
そのはず、だ。そのはずなんだ。
俺が後悔なんて、する理由なんて、どこにもない。
ないだろう、どこにも、そんなもの……
あるはずが、ないから。
優しく手を握り、無垢な眼差しを向けてくれるあいつはいない。優しい声で、感情や思いを言語化してくれる存在は、最初から偽物だった。
可愛かった弟分は、自分がたった今葬った。
別れを告げるように目を閉じると、柔らかい日差しの射す縁側に腰掛ける小さな背中が見える。ぱっと振り返った白くまろい頬が、優しく綻ぶ。
『おかえり、原田先生 』
愛らしく笑う姿が、嫌味のように遠くに感じる。
風の冷たい日に縁側にいては寒いだろ。
中に入れ、また風邪ひくぞ。
……俺は、そう声をかけた気がする。が、もうそれも定かではない。
『暖かくて気持ちいいですよ 』
猫を撫でる少年の隣に腰掛ける。
……あぁ、
「……気持ちいいな 」
ぽつりと零れ落ちた言葉の真意を知る人間は、当たり前のように、もうこの世のどこにもいなかった。
△▼
スローモーションのように、佐野は目を開ける。見慣れない白い天井を数秒ぼんやりと眺め、体を起こした。
荷解き途中で放ったらかしにしたダンボールが積まれているのが目に入って、少しげんなりする。この部屋で住み始めてそろそろ一週間になるが、一向に片付く気配がない。狭い六畳間のフローリングの面積は、まだまだ狭かった。
「はぁ…… 」
ぼすりとベッドに逆戻り、もう一度目を閉じる。
嫌な夢を見たせいだろうか。体がだるいし、気分も悪い。最悪の、一歩手前。
心臓がバクバクと痛いほど波打っている。冷たい汗がしっとりと肌を湿らした。枕に顔を押し付け、目を閉じる。痛みを堪えるように力を込めたせいで、眉間に皺が寄った。
陽だまりの中で、柔らかい黒猫の背を撫でる淡い笑顔が瞼に張り付いている。目を閉じると、嫌でも思い出してしまう。
春風にやわく遊ばれる黒髪が、水色の空で泳いでいる姿が、心臓を串刺しにする。
それは、時を超え、死を超えてなお消えることのない罪悪感だった。
天気:晴れ/風速:3m/s
場所:キョートフ.エリア3.学生寮
:佐野涼太
――
今から、約150年前。
京の町は、酷く荒れていた。
人の命など、羽虫のような軽さで、当たり前のように人が斬り殺された。
町には"不逞浪人"と幕府が呼んでいた浪人達が溢れ、天誅や辻斬り、そんなものが流行していた。そのほとんどが、長州藩を筆頭とする倒幕府派攘夷志士の仕業だったと、現代には伝わっている。
一方の幕府には、浪士組──後の新撰組と呼ばれる人を斬ることを得意とし、不逞浪人を斬って捨てた集団がついていた。
そんな彼らを、京の人々は壬生狼と呼んだ。
壬生の狼、と書けば聞こえはいいが、その真意は"身ぼろ"───身なりのぼろい浪人が、食うために人を斬っている───というものだった。
そんな集団の中に、俺とあいつはいた。
暮らしを共にし、日々を過ごす。
特筆することもない、どこにでもある在り来りな話。
酷い時代の中で、変わらない毎日というのは幸運なことこのうえなかった。
共に過ごした日々は、確かに幸せだった。
だが、当たり前の日常ってやつは長くは続かない。
人の命が、あまりにも軽すぎた。
首が落ち、物を言わなくなった目の前の"それ"を見つめる。生白い首は血で染まり、見開かれた目は泥水の目薬を差したように濁っていた。
生活を共にし、実の弟のように可愛がった相手を、自分で殺した。自分が斬った。信じていたのに、信じていたかったのに、裏切ったから。
だがそれは本当なんだろうか。もしかしたら……
……いや……いや、これも言い訳だろう。
裏切り者だ。
こいつは最初から、俺や皆を騙していた。
守る為に斬った。他の奴らを、皆を、近藤さんや土方さん、新八や平助達を、守る為に必要だった。
ほんの些細な情報の漏洩が、どんな悲惨な出来事を引き起こすかなんてわからない。甘えた戯言は捨てると決めた。ずっとそうしてきた。後悔なんてしたこともない。
そのはず、だ。そのはずなんだ。
俺が後悔なんて、する理由なんて、どこにもない。
ないだろう、どこにも、そんなもの……
あるはずが、ないから。
優しく手を握り、無垢な眼差しを向けてくれるあいつはいない。優しい声で、感情や思いを言語化してくれる存在は、最初から偽物だった。
可愛かった弟分は、自分がたった今葬った。
別れを告げるように目を閉じると、柔らかい日差しの射す縁側に腰掛ける小さな背中が見える。ぱっと振り返った白くまろい頬が、優しく綻ぶ。
『おかえり、原田先生 』
愛らしく笑う姿が、嫌味のように遠くに感じる。
風の冷たい日に縁側にいては寒いだろ。
中に入れ、また風邪ひくぞ。
……俺は、そう声をかけた気がする。が、もうそれも定かではない。
『暖かくて気持ちいいですよ 』
猫を撫でる少年の隣に腰掛ける。
……あぁ、
「……気持ちいいな 」
ぽつりと零れ落ちた言葉の真意を知る人間は、当たり前のように、もうこの世のどこにもいなかった。
△▼
スローモーションのように、佐野は目を開ける。見慣れない白い天井を数秒ぼんやりと眺め、体を起こした。
荷解き途中で放ったらかしにしたダンボールが積まれているのが目に入って、少しげんなりする。この部屋で住み始めてそろそろ一週間になるが、一向に片付く気配がない。狭い六畳間のフローリングの面積は、まだまだ狭かった。
「はぁ…… 」
ぼすりとベッドに逆戻り、もう一度目を閉じる。
嫌な夢を見たせいだろうか。体がだるいし、気分も悪い。最悪の、一歩手前。
心臓がバクバクと痛いほど波打っている。冷たい汗がしっとりと肌を湿らした。枕に顔を押し付け、目を閉じる。痛みを堪えるように力を込めたせいで、眉間に皺が寄った。
陽だまりの中で、柔らかい黒猫の背を撫でる淡い笑顔が瞼に張り付いている。目を閉じると、嫌でも思い出してしまう。
春風にやわく遊ばれる黒髪が、水色の空で泳いでいる姿が、心臓を串刺しにする。
それは、時を超え、死を超えてなお消えることのない罪悪感だった。

