世界が眠る夜にキミと恋をする。

正しいかどうかなんて立つ場所で変わってしまう。守るためについた嘘も、生きるために選んだ弱さも。誰かにとっては罪になる。そうなんだとしたら、私は君にとっての罪になるのかな。

「はい!」
 視界一面がキミ色に染まった。
「……。傘、別にあるよ。」
 雨の降る中、私は土手へと続く道路で空を見上げていた。土砂降りの中、傘も差さずに。そんな時、視界一面の空がオレンジ色の傘で埋め尽くされる。
 ……傘なんか、別にある。それでも私は濡れることを選んだの。わざわざ差しに来ないでよ。
「濡れたい気分だったから。」
「いいじゃん。傘差したってどうせ濡れるでしょ?」
 そりゃそうだ。当たり前だ。
「……そりゃあ、1つの小さい傘に2人で入ってたらね。私が言いたいのはそんなことなんかじゃ……」
「じゃあ、どんなこと?」
 後ろを振り返れば、たった一本の傘を私の上に掲げている少女がいた。キミまで雨にずぶ濡れ。
 キミの傘なんだからキミが一人で使いなよ。
「……。わかってて聞いてるでしょ。」
宵月(よつき)は雨を降らせるのが得意だからね。でも、私の前じゃそんな誤魔化し効かないよ?」
 ふふ、っと息を漏らして笑う彼女の横で、私は口を尖らせながら雨風に荒れた川を見つめる。
「1人で抱え込むより、2人の方が楽じゃん。傘、持っててあげるよ。」
「……いいってば。あんた一人で使い……」
 そう言いかけた時、彼女の瞳に涙が溜まっているのに気がついた。
「あんたに雨が降った時(が涙で溢れた時)、私が一番に傘を差してあげるの。一番に……会いに行く─────。だからさ、半分こ!!1人で濡れちゃうより(泣いちゃうより)、半分こした方がいいじゃん。その半分、私にちょうだい?」
 彼女の目は悲しそうで、それでも温かくて、丸々とした目がいつにもなく緩んでいた。
 ……その目はどういう目なの。ほっとけばいいじゃないか。私を庇ったってあんたにはなんの利益もない。これが私なりの逃げ方で、幼い頃から数十年こうやって耐えてきた……ッ。なのに、あんたはいっつも逃してくれない。なんで……。どうしてあんたはいつまでも……!
「──────ッそれだと日向まで……!!」
「宵月……。」
 言葉は溢れて止まらなかった。不慣れな叫び声を上げながらしゃくりで唾を飲む。
 下手くそに訴えかける私の姿。あなたの目にはどんな風に映ってるの。
「知らずに済んだ痛みも、触れずにいられた苦しみも全部……!!!自ら足枷をつけるようなもんだよ……!!もうほっといてよ!!あんたには他にも大事な人たちがたくさん居るはずなのに……。どうしてそこまで私に執着してるの……?その先の未来も少しくらい想像できるでしょ……!あんたに話したところで解決なんかするもんか……。無駄な鎖を自分につけてまで……。私にそこまでする必要なんか……!!!」
「──────いいよ。それでも。」
「えッ……?」
「あんたは大事な、私の特別。無駄な鎖?そんなんじゃない……。そんなんじゃないよ。」
 息を呑んだ。私の頬にキミの手の温もりを感じる。
「半分こだから、大丈夫────。」
 優しく微笑む彼女の瞳は今にもこぼれ落ちそうな程の大粒の涙が溜まっていた。言葉と引き換えに枯れた私の涙も、身体中を巡って次第に瞼が熱くなる。
 どうして。なんでキミまで泣きそうなの。いつもそうだ。いつも逃げる私を捕まえて最初に涙を流すのはキミだ。
 ……あぁ、そうか。そうなのか。今だけじゃない。あの時だって、もちろん今だって。
 私の半分を……──────いつも彼女は貰ってくれていたんだ。

「もう、……無理かもしれない……ッ」

 そう呟いた声は今にも風に飛ばされそうな程弱々しかった。
 雨の中、どこか遠くの空で太陽が沈んで行く。どこもかしこもびしょびしょなのに、河川敷へと続く階段に腰を掛けて二人で座った。傘を差していたって無駄だ。
 傘の中で雨が降る。一つの傘に2人分、大粒の涙が溢れていた。
「ねぇ、そんなに言うなら私と抜け出そうよ!そして、一緒に暮らそ!迎えに行くよ。」
 溢れた涙を拭ったキミは立ち上がり、私にはっきりとそう言った。
 太陽は眠り、月は顔を出す。肌寒いあの日、宵の時間。キミは私に手を差し出したんだ。
「今日の夜。世界が寝てる夜明け前、連れ出してあげる!!」
 それはあまりにもキラキラしていて、眩しくて。まるで夜の太陽のようだった。
 夜が深ければもう終わる。今日という1日も、積み上げてきた希望も、増やしてきた選択肢も。だから私は夜が嫌いだ。……でも好きだ。夜は永遠に付き纏う、拭いきれないやるせなさも全て終わるから。大嫌いな世界は眠って、私だけの世界になる。
 もし、私だけの太陽があれば……大っ嫌いな夜も、でも好きな夜も、大切にできる時が来るのかな。
「……うん。」
 今日は夜なんてやってこない。ずっとキミと2人。私だけの太陽と共に日の出を迎える──────。
 私は、日陽向の手を取った。

  * * *

夢だと思えば少しだけ楽だった
 
 もし、この時世界と一緒に眠りについていることを選んでいたら……。希望を断ち切って夢の中で浮いていられたら、この日をやり直すこともできたのかな。
 私はこの日を境目に世界と共に目を瞑る。もう一生、私の前に太陽が現れることもない。でもそれでいい。……それでいいから、私はあなたの罪になる。