クラスの中心にいる君と、隅っこにいる俺の話。

テストが終わって数日。
どの教室からも笑い声が聞こえる。
夏休みまであと少し
その開放感が、空気ごと明るくしていた。

いつも通り眠気を引きずったまま、俺は教室のドアを開ける。

「おはよー、たくっち!」
「おはよ」

上羽と神代、ふたりの声が同時に飛んできた。
最初のころは“たくっち”なんて呼ばれるたびに戸惑ってたけど、今はもう、笑って返せるくらいには慣れた。

「おはよう」
ちゃんと目を見て言えるようになった自分に、少しだけ驚く。

……でも、同時に思ってしまう。

「(やっぱ、イケメンだよな)」
寝癖ひとつない黒髪、整った横顔。
神代が何気なく窓の外を見るたび、
その仕草すら絵になるのがずるいと思う。



そんな朝の穏やかな空気を破ったのは、
おなじみの元気すぎる声だった。

「おーい、拓!ちょっといい?」

廊下から的林がひょこっと顔を出す。
手には紙の束を持っていた。

「それ何?」

「夏休みのボランティアの募集。キャンプのやつ!」

「……キャンプ?」

「そうそう、地域の子どもたちと泊まりで。
手伝いが全然足りなくて、先生から『誰か誘え』って言われたんだよ」

「毎年やってるんだけど、今年人が少なすぎて」

「へぇ……」

「顧問からのお願いだし、俺も断れないからさ…」

「だから!三浦、行こうぜ。頼むって」

的林が勢いよく机に紙を広げる。

「他にも誘えるなら拓も誰か誘ってほしい!」

イラストにはテントや焚き火、子どもたちの笑顔。
夏の匂いが、そこに詰まっている気がした。

「泊まりかぁ……」

「お前、子ども好きだろ?あと夜、花火もやるって!」

「別に好きってわけじゃ……」
その言葉の途中で、すぐ横から静かな声が割り込んだ。

「泊まりってどこで?」
顔を上げると、神代がこちらを見ていた。
ノートを閉じながら、軽い調子で言う。
「拓、行くの?」

「え、いや……まだ」

「ふーん」
小さく頷いたあと、神代は立ち上がった。
その動作だけで、なぜか周りの空気が少し変わる。


「俺も行く」

「えっ?」

的林も目を丸くした。
「えっ、まじ!?」

「別に。行ってもいいだろ?」

「いや、いいけど……なんで?」

神代はちらりと俺を見る。
その一瞬の目が、まっすぐすぎて、息が止まった。

「拓が行くなら、俺も行く」

「え?……なんで……?」

「理由いる?」
神代は淡々とそう言って、机の上のプリントを一枚取った。それを軽く折りたたんで、ポケットに突っ込む。 

「何それ!楽しそーじゃん!」横から上羽の覗き込んできた。

「東真とたくっちが行くなら俺も行ってみよっかなー」

「お前は別に来なくていいけど」

「なんでー!行くからな」

「ってことで、俺の分も申し込みお願いね!」
上羽はにこにことした笑顔で的林に書類を押しつける。

「お、おう……」
的林が戸惑いながらも頷く。
その様子を見ながら、俺は言葉を失っていた。

なんでこうなるんだ。

すると的林が、そっと俺の袖を引いた。
「……おい」

「え?」

彼は顔を寄せて、2人に聞こえないよう小声で言った。
「なんで2Ray(トューレイ)が行くことになってんだよ」

「知らないよ、いきなり2人が行くって言い出したんじゃん」

「お前、相当気に入られてるな」

「は?ちがっ……」

「ついに“一軍男子”の仲間入りか〜」

「そんなんじゃないから」

的林がニヤニヤしながら肩を叩いてくる。
俺はただ顔が熱くなるのを感じながら、机のプリントを見つめた。


子どもキャンプ・ボランティア募集。

まさか、この夏の始まりが、こんな形になるなんて思ってもみなかった。


夏休みに入り、蝉の声が朝から全力で鳴り響くようになった。
まだ七月なのに、じっとしてるだけで肌に熱がまとわりつく。

「暑っ……」思わず声がこぼれる。

すでに校門前には集合のバスが停まっていて、その周りを小学生たちが走り回っていた。
色とりどりの帽子、虫取り網、笑い声。
それだけで、夏休みが始まった実感が湧いてくる。

「おー、拓!こっちこっち!」
的林が手を振る。
その隣では、上羽が子どもたちとすでに打ち解けていた。

「お兄さん見て見てー!」と肩にカブトムシを乗せられて
「うぉ!凄いなぁ!」と笑ってる。

あのコミュ力、ほんとにどこから出てくるんだ。 

「拓!」

後ろから呼ばれて顔を向けたら、そこに神代がいた。
白のTシャツにキャップ。
いつもの制服姿よりもラフなのに、妙に絵になる。

「おはよ」

「おはよ!珍しく集合時間ギリギリだね」

「いや、5分前だし」

「それをギリって言うんだよ」
口調はいつも通りなのに、
どこか拗ねたような目をしていた。

「いつも寝坊してる人には言われたくないけどな」そうふっと笑ってこっちを見る。

「いやーまぁ…」

「早く行くぞ」

軽くリュックの肩紐を直して歩き出す後ろ姿は、どこか浮き立っているように見えた。
「(意外と楽しみなのかな)」
そんな背中に、思わず笑いそうになる。
バスの前に集合すると、的林が腕を組んで聞いてくる。
「バスどこ座る? 相談しよーぜ、お前ら」
「俺、あの子たちに"一緒に座ろー"って言われたからそこで!」
上羽は、すでに仲良くなった子どもたちのところへ手を振っていた。
「おっけー。拓は?」
「俺は…どこでも」
「そっかー。神代は?」
「……ここ空いてる?」
神代が、座席表の2人席をストンと指差す。
「空いてるけど」
「じゃあ、俺と拓で座る」
「えっ、俺と?」
「うん」
まるで自然の流れみたいに、当然のように言う。
的林が座席表を見て眉を寄せた。
「じゃあ、あと空いてるのが……げっ、顧問の隣じゃん!」
「やっぱ誰か変わっ…」
すがる思いで俺たちを見たタイミングには、もう遅かった。
「拓、行こ」
「あっ、うん」
気づけば神代と俺はバスへ乗り込み、2人席へ向かっていた。
背後から的林のうめき声。
「どんまい」
上羽が肩を笑いながら叩くのが聞こえた。

バスが動き出す。
子どもたちの歓声と共に、車内の空気が一気に明るくなった。
窓の外には青い空と広がる田畑。
どこか遠くへ行く、そんな高揚感が胸をくすぐる。
「なぁ、拓」
隣の席の神代が小さく声をかける。
耳元に近い声に、心臓が一瞬だけ跳ねた。
「なんでそんなに楽しそうなんだよ」
「え、そう見える?」
「見える。……的林としゃべってるときも」
「いや、普通に話してただけで」
神代は小さく息を吐いた。
「ふーん。……まぁいいけど」
言葉とは裏腹に、窓の外を見つめる表情はどこか不機嫌そうで。
「(もしかして、嫉妬……?)」
そう思った瞬間、自分でも勝手に顔が熱くなる。
まさか、そんなわけ…

「お兄さんたち、仲いいねー!」
前の席から、小学生が勢いよく振り向いてきた。
無邪気な笑顔で、ためらいなく続ける。
「カップルみたい!」
「ぶっ……!」
変な声が漏れた。
「ち、ちがっ!」
「うるさい。危ないから前向け」
神代は顔を片手で隠しながら低い声で言う。
けれど指の隙間から見えた耳が、真っ赤だった。

「えー!!」
子どもは気にせず駄々っ子モードに突入。
すると神代が、ため息交じりにポケットを探って

「じゃあこれでも食べるか?」
さっきの威圧感が嘘みたいに、優しい口調でお菓子を差し出した。
「えっ!いいの!?」
子どもたちは一瞬で機嫌を直し、宝物みたいにお菓子を握ってシートに座りなおす。
その静かさは、もはや奇跡だった。

「(意外と子どもには優しいんだな)」

そんなことを考えているうちに、自然と神代の横顔をじっと見ていた。
「どした?」
視線に気づいたのか、神代が首をかしげてこちらを見る。
「あっ、いや。神代って意外に子どもの扱い上手いんだなって」
「まぁ、弟いるし」
「そんなの!?」
思わず声が大きくなる。
「知らなかったっけ?」
「なるほどなぁー」
やけにしっくりきて、勝手に納得してしまう。
「なんだよ」
「いや」その間なんだか和やかな時間が流れた。

バスが林道に入ると、窓の外の景色が一気に変わった。
濃い緑が近くて、草木のにおいまで車内に入り込んでくる。

「そろそろ着くぞー!」

運転席から引率の先生が声を上げると、子どもたちが一斉に立ち上がりかけて怒られる。
ゴトン、と少し強めの揺れがあって、俺の肩が横に流れた。

「うわっ」
そのまま、神代の腕に軽くぶつかる。

「大丈夫?」

神代が自然に支えるように手を伸ばしてくる。
その指が、俺の肩に触れ支えるように支える
「だ、大丈夫……」

距離が近い。
心臓の音、誤魔化せてない気がする。



バスがゆっくりと停車した。

「着いたぞー、降りろー!」

先生の声でざわつきが一気に広がり、子どもたちが荷物を抱えて出口に殺到する。
「……ほら」
神代は俺より先に立ち上がると、当たり前みたいに手を差し出した。

「え?」
思わず固まる。

「早くしないと置いてかれるぞ」

「……ありがと」
その手を取った瞬間、思ったより指が熱くて少しだけ握る力が強かった。
外に出ると、夏の気配を含んだ澄んだ空気が一気に肺に入ってくる。
頭上は木漏れ日が揺れて、遠くで川の流れる音がする。

「うわー!広い!」

「虫いるー!」
子どもたちがすでに全力で走り回っている。

その光景を見て、的林が俺の肩をポンと叩く。
「おー、拓。バス、神代とどうだった?」

「ど、どうって……何が?」

「ふーん?」

的林のニヤついた顔の横で、神代が軽く咳払いする。

「行くぞ。荷物運ぶんだろ」
そう言って、俺のリュックの紐を軽く引いて歩き出す。
「(……なんでちょっと機嫌よさそうなんだよ)」

バスを降りたあと、
「じゃー、上級生はテント張りお願いしまーす!」
先生の声がキャンプ場に響き、周囲の高校生たちが散っていく。

「拓、このテント俺らの担当な」
的林がでっかい袋をドスッと地面に置いた。

「これ、絶対重いじゃん……」
袋の中には、ポールやシートがぎっしり詰まっている。
「拓、こっち持て」
後ろから聞こえた声に振り返ると、神代がすでにポールをいくつか持っていた。

「え、あ……うん」

「陽はペグ打ち頼む」

「え、なんで俺雑用担当!?」
上羽がわかりやすく眉を下げて抗議する。

「向いてるだろ」
神代が淡々と言い放つ。

「いや、なんの根拠だよ!」
上羽は地面に置かれたペグ袋を指差して、子どもみたいに首をぶんぶん振った。

その様子に的林がくすっと笑い、
「さぁさぁ上羽さん。一緒に頑張りますよ?」
と優しい(ようで強引な)声をかけながら、上羽の腕をつかむ。

「やだー!俺もテント建てるほうがいいー!」
引きずられながら、足をバタつかせる上羽。
「ほら、子どもたち見てるし、かっこ悪いよ」

的林が淡々と諭すように言うと、
「かっこ悪いとか言うなよーー!」
上羽の叫び声がキャンプ場に響き渡る。
そのまま、ずるずると地面を擦る音まで聞こえ、子どもたちがクスクス笑って見送っていた。

「……あれ、完全に子どもより手がかかるやつだな」俺が苦笑すると、
「まぁ、あいつはああいうやつだから」
神代が肩をすくめながらも、ほんの少しだけ口元を緩める。

「始めるか」
そう言い神代はテントのポールを器用に組み立てていく。
動きに無駄がなくて、なんか悔しいけど頼りになる。
「拓、そこ押さえて」

「こう?……うわっ!」
支えたと思った瞬間、ポールがぐにっとしなり、思った方向と違う方へ倒れる。

俺は反射的に後ずさるが、

「おっと」
神代が後ろから腰を掴んで支えた。 

「っ……!」
距離が、近い。
背中に感じる体温が、やけに意識に刺さる。
「びびりすぎ」
神代が小さく笑う。
耳元で、低くて柔らかい声がする。

「べ、別にびびってないし…!」

「はいはい」
そう言いながら、神代は俺の手を軽く包むようにしてポールの位置を直す。

「ここ持っとけって。力入れすぎんなよ」

「……わかってるよ」

手の甲が少しだけ触れた。
それだけなのに、胸がざわつく。
すると少し離れた場所から子どもたちの声が飛んでくる。

「お兄さーん!それカップルがやるやつー!」
「一緒にテント入るのー?」
「夜こわかったらぎゅーってするのー?」


「ぶっ!!」
また変な声が出た。

「(どこでそんな言葉覚えたんだよ)」

「うるさい、作業に集中しろ」
神代は眉をひそめるが、耳は隠しきれずほんのり赤い。

そんな空気のなかテントは無事完成した。
神代が仕上がったテントを見上げながら、ぽつりと呟く。

「……ちゃんとできてよかったな」
その横顔は、いつものクールさより少し柔らかい。

「うん。……ありがとうね」
そう言うと、神代はわずかに目を細めた。



「これからだろ。夜まで色々ある」



「え!?」声が裏返る。そんな様子をニヤニヤと見つめながら神代は子どもたちが集まっているところへ行く。

「(変に意味ありげに言うなよ……)」
ぽつり残された俺は、心臓が落ち着く気配がない。

キャンプの一日が、静かに、でも確実に波乱の予感を漂わせて始まった。