湖辺の音味しいレストラン


「はぁ……死ぬかと思った」

 僕は忘れていた。すっかりまるっと完全に。忘れていた。

 ────例のヤクザの依頼をだッ!

 無理もないだろう。この一週間にどれだけのことがあったというのか。僕だって暇じゃない。大変だったんだ。
 などと自分に言い訳をあれこれ施したが、最大のピンチはチーちゃんがドタキャンしたことだった。
 僕自身、ヤクザがぞろぞろとレストランに到着してきてからこの一件を思い出したのだが、とにかくなす術がなく詰みかけていた。
 ……そんな僕を救ったのが、モグリさんだ。
 まるで国葬でも行われるのかと勘違いしてしまうほどのヤクザの行列からなる田原会、扇組の双方から銃を突きつけられていた中、悠々と登場したメイド服姿のモグリさんは、淑やかに腰を屈めて静かに言った。

「ようこそ、レストラン・オトナシへ。この度はご来店いただき、誠にありがとうございます」

 そして、ちらりと僕を見やって────

「シェフのモグリです」

 あとはすべて、うまくいった。
 戦争は止めることができたし、扇組からの借金は消えた。さらに田原会から謝礼ももらえた。
 万々歳だ。
 そしてなにより────

 彼が、うちの専属シェフになってくれた。

 ことの成り行きを見守っていたのかと勘繰ってしまうほどに、全てが終わってからやってきた警察の大部隊から蜘蛛の子を散らすように逃げ出すヤクザ達。
 その後ろ姿を眺めながら、やれやれと背伸びをする彼に、僕はこれからのことをいくつか話した。

「モグリさん。条件面について話し合おう」
「どうせ給料でねーんだろ。3食昼寝付きでいーよ。あと、おやつも」
「それは保証する。個室もあげるよ。部屋は余ってるから好きなのを」

 もしも母さんが見たら、なんて言うだろうか。
 少なくとも僕はいま……色々あったけれど、悪くない。そう思っている。
 いや、そう思えるようになった。

「あー、せっかくだからお前に頼めるかな?」
「僕に? いいよ。何でも言って」
「雨の日は一緒に寝てくれるか?」
「へ……え、あぁ……いいよ……?」

 それも全て、キミのおかげだ。