湖辺の音味しいレストラン


「モグリさん。モグリさん、起きて」

 (ミュージックビデオ)から醒めると、隣でモグリさんが眠りこけていた。
 その寝顔があまりに穏やかだったものだから、同じビジョンを見ていたはずなのに、もしかしてまるで違う記憶を歩んでいたのかもしれないと少し不安になった。

「ぁ……あれ、俺……寝てた?」
「うん。すごくぐっすり眠ってたよ」

 モグリさんは手を握ったり開いたり、ほっぺをつねったりして、いま置かれているのが現実かどうか調べているようだった。
 そして、目を瞑り左手首の匂いを嗅いで、そっと目を半眼に開いてから、ひとりごつのようにつぶやいた。

「左の手首を切ってさ、お互いの血を舐めたんだ。我ながらグロいことしたよ。お前も見たか?」

 やっぱり、同じ映像を見ていたんだ。
 ほっとすると同時に、目にしたすべての記憶が真実だと思い知った。

「見たよ。同じ景色を見ていたから」

 そっか。と小さく返事をして、モグリさんは冷めてしまったお茶漬けの残りに口をつけ始めた。
 もくもくと咀嚼しながら、僕に問いかける。

「約束な。どう思った? 俺のこと」

 答えようとした矢先、モグリさんが先手を取る。

「やっぱ見せなきゃよかったな。そりゃ、そうだよな。あんなとこにいたんだ。汚い────」
「見てみたいな」
「……え?」

 人の言葉を遮るのはマナー違反だ。でも僕の番なのに横入りしたのはモグリさんだから、これはおあいこ。多めに見てもらおう。

「モグリさんの笑顔、僕も見てみたい。ナナさんだけズルいよ。どうすれば見れるかな?」

 僕が言い終えてからひと息おいて、モグリさんのお茶漬けをかっこむスピードが上がった。
 そして口にご飯を詰めたまま彼は返事をした。

「おまえにや、みしぇてやんにぇ。ばかっ」

 かちゃりと、お椀が置かれる音がした。ごくんと喉がなる。

「このお茶漬け。客には出せねーな。しょっぱ過ぎる」

 そう言って鼻をすすった。
 しょっぱい……か。よかった。ちゃんと戻ったんだね。

 もしかすると、彼は“死ぬことができない”ように操作されているのかもしれない。
 僕ならばもう、きっとこの世にはいないだろう。自ら命を絶って……。
 それほどに、音味しい料理が見せた記憶は悲しいものだった。
 モグリさんの痛ましい姿を見るたびに、この心臓を引き抜いてしまえばどんなに楽になれるかと、僕は幾度となく胸に爪を立てた。
 いまもまた、そっと引っ掻いてみる。こすれたシャツの乾いた泣き声に、僕は少し驚いて、慰めるように手のひらを当てて目を瞑った。

「ありがとう」

 ────僕とめぐり会ってくれて

 聞こえただろうか。
 背を向けたまま頬杖をついて明後日の方を見ている彼は。
 いや、今は伝わらなくていい。
 いずれちゃんと届けるから。この想いを、キミのもとまで────

「ん……なんだっ?」

 携帯に着信。電話だ。
 僕はスマホの画面をキッと睨み付けた。
 モグリさんでいっぱいになっている僕の脳内に割って入る狼藉。一体何者か。
 表示されていた名前は────
 
師匠(チーちゃん)?」