湖辺の音味しいレストラン


 ────まるで魔法のような時間だった。

「思ったよりも早く作曲できそうだよ」

 そう伝えたのは、短歌すら必要なかったからだ。
 というのも、モグリさんの所持しているウォークマン。そこに収録されているBGMの数々は、そもそもがモグリさんの音をベースにして作曲されたオリジナルで、僕なんか及びもつかないようなオトノメトリーが作り上げた代物だった。
 ゆえに、僕はそのBGMを一部拝借し、モグリさんの味覚に繋がる記憶を抽出したのだ。
 それは短歌とは比べ物にならないほど鮮明な情報を有しており、僕は作曲に取り掛かってからものの20分足らずで完成にこぎつけた。
 モグリさんが着替えているわずかな時間に、曲が出来上がったのである。

 善は急げ。
 さっそく、僕らは音味しい料理に着手することになった。
 僕は父が使っていたDJブースを倉庫から引っ張り出してきて、キッチンにセットし、モグリさんは母が着用していたキッチン用のメイド服に身を包んだ。

 ふたりとも、いまいちキマっておらず、お互いに顔を見合っては笑みが溢れた。

「じゃあ、はじめるよ。モグリさん」
「あぁ。いつでもいいぜ」

 モグリさんがヘッドホンを装着し────調理開始(ミュージックスタート)だ。


 *


 出来上がった音味しい料理。
 僕らの目の前にちょこんと置かれたお茶碗の中のそれを、僕らはじっと見つめていた。

「お茶漬け……?」
「だね。モグリさん、お茶漬け好きだったり?」
「いや、全然」

 音味しい料理の完成品は出来上がってみないとわからない。
 何がでるかは出来てからのお楽しみなのだ……ということを忘れていた僕は、少し拍子抜けしてしまった。
 しかし、これは紛れもない音味しい料理。僕らは二人並んで両手を合わせ、お茶碗を手に取った。

「覚えてるよな。俺の記憶を見たら……」
「うん。わかってるよ、モグリさん」

 ひと息置いてから、箸をとり────

「「いただきます」」

 同じタイミングで、口に運んだ。

 ────きた。
 脳内に流れ出すイントロ。これが聞こえてきたら、もうミュージック・ビデオの中に入っている証拠だ。
 モグリさんが驚いた顔をして僕を見つめている。
 大丈夫だよ。と僕は目で伝え、そっと目を閉じた。

 聴こえてくる……なんて切ない響きの旋律だろうか。自分で作曲しておきながら、これが彼の記憶に紐づいていると思うと、この先を見るのが少しだけ怖くなってしまう。
 でも約束した。これから見ること、感じたことを僕は、嘘偽りなく彼に伝えようと。

 ────雪だ。
 雪が降っている。

 僕はいま、彼の目てきた景色を歩もうとしている────