「これ。キミの似顔絵が描かれたポスター。どこに貼ろうか?」
「似顔絵……って指名手配の張り紙じゃねーか!」
僕の親切は、彼には響かなかったようだ。
ベッドで横になっている彼のために、3時のおやつとして用意したプリンとカフェインレスコーヒー。それと件のポスターを盆に乗せて持ってきたのだが、いまや見るも無惨に破かれて紙吹雪となっている。桜の散るようなその様はすこし早い春の訪れのようだ。
「4月には、ここの湖畔にはね、それはそれは綺麗に桜の花が咲くんだよ。楽しみだね!」
「しつけーんだよ、お前。俺は逃亡者だぜ。んな何ヶ月もひと所にいるわけねーって言ってんだろ」
聞き終えるよりも先、僕はベッドの傍らに置いた椅子から立ち上がり、寝ている彼に向かって姿勢を正した。
そして本日何度目かになる“お願い”のため頭を下げる。
「シェフになってくださいッ────!」
彼はつんとして、僕に一瞥もせぬままプリンを口に運んでいる。
そしてこれまた素っ気なく言うのだ。
「断る」
「じゃあ……主婦でも……いいよ?」
「……しゅふ?」
────コンコン
ドアがノックされた。
それはまるで講談師がハリセンで机を叩いて間を断つようで、一瞬にして空気が変わる。
「む゛お゛お゛…………」
そして地響きのようなしゃがれ声がドアの隙間から這い出てきたかと思えば、顔を覗かせたのは、鬼も逃げ出す顔面凶器────歌傘組の極道・リキさんだ。
「ひぃぃ……やっぱ、あのおっちゃん怖ぇよぉ……」
「そんなこと言っちゃダメだよ? キミが助かったのは、あの人のおかげなんだから」
*
あの壮絶な手術のあと、僕は助けを呼んだ。
警察も病院もダメだというのなら、選択肢はひとつ────守矢市の老舗極道・歌傘組のリキさん。彼しか思い浮かばなかった。
「完璧な縫合ですな。おそらくは血管に神経まで……素人に出来る芸当ではない……というより、神業です」
夜半過ぎ。リキさんが連れてきた老齢の闇医者が、セルフ手術の跡をみてそう言った。
闇医者というのは、様々な事情で表に出れない人々を専門に診療を行う医者のことだ。それゆえにヤブ医者では務まらない。医療ミスはそのまま自身の”死“に直結するからだ。
そんな腕のある医師ですら感嘆しているのだから、僕が見たオトノメトリーによる施術は本物だったということだろう。
*
「は゛な゛し゛……」
大丈夫だって言ってるのに、リキさんを怖がって布団をかぶって震えている彼を置いて、僕とリキさんは二階の寝室からレストランまで降りてきている。
「リキさん、AI使ってくれないと何言ってるかわからないよ」
「お゛……す゛、す゛ま゛ね゛え゛……」
リキさんは焦りながら、ポケットをまさぐりスマホを手に取った。巨大な手のせいで妙にちっちゃく見えるスマホだが、サイズは僕のものと変わらんない。
《リキなのだ。スイト、あれから様子はどうなのだ?》
ガラガラ声のリキさんとは、こうして女の子の声によるAI翻訳のおかげ意思疎通ができる。
僕はとりあえず、彼の怪我の状態を話すにとどめた。
《扇組との一件はどうなのだ。目処はついたのだ?》
あっと、僕は間の抜けた声を出してしまった。
完全に忘れていたからだ。ヤクザの依頼を押し付けられ、レストランを失う瀬戸際ということを。
無理もないだろう……運命の出会いを前にしては。
《なにをほっこりした顔してるのだ。いまや警察も裏では厳戒態勢なのだ。守矢市に出入りする人間はボディーチェックまでしているらしいのだ》
「警察が……つまり、あの子もいまは身動きが取れないわけだな。じゃあ一緒にいられるってこと……!」
ガッツポーズ。
さっそく彼に伝えにいこう。捕まるのが嫌なら家にいようねって。
思い立ったが吉日。リキさんを置き去りに再び2階へと向かわんとした僕の首根っこを、リキさんが“指”で摘み上げる。
《どこ行くのだ。まさか逃げるつもりなのだ?》
「逃げやしないよ。料理のことだってちゃんと手を打ってるさ。任せといてよ、リキさん!」
つまみ上げられたまま、ドンと胸を叩いてみせた。
ついでにポケットからスマホを取り出して画面を点ける。
もうそろそろ、師匠からの───
返信はない。



