「ヤるか、ヤらねぇか……いま決めろ」
19歳の誕生日から2ヶ月後の冬の日。僕は人生最大のピンチを迎えていた。
この時に得た教訓はひとつ「お金を借りる先は慎重に選ぼう」ということだった。
いや、そもそも借金はしないに越したことはないのだが、両親の残したレストランを守るためには致し方なかったのだ。と、自分に言い聞かせている。
────こうして、こめかみに銃を突きつけられても。
「あのぅ……もう一度、ご用件をお聞きしたいのですが……」
とりあえず問いかけてみた。椅子に縛り付けられた僕を取り囲む強面のおじさんたちに。
ここはどこだろう……廃工場のような、ドラマの撮影現場みたいな場所だ。守矢市にこんなスポットがあったとは。
「オメーんとこの、音味しい料理。そいつを敵対している組……田原会の組長に食わせたい」
「……なんででしたっけ?」
「てめぇ、ぜんぜん話聞いてねえじゃねえか!」
「落ち着いてくれアニキぃ!」
えっと、整理するとこんな感じだ。
事件が起きたのはひと月前。東京の巨大ヤクザ組織「田原会」の組長が何者かに銃撃されたという。かすり傷で済んだものの、組はこの襲撃を宣戦布告とみなし下手人を探した。そこで辿り着いたのが長野県の各地に拠点を置くご当地ヤクザ「扇組」だった。
扇組は容疑を否認しているが、ヤクザの言うことは信用できない。それはヤクザが一番よく知っている。ゆえに会談を行ったとて和平には遠く及ばないのだとか。
「あのぅ……ここ守矢市なんですけど……のどかな湖の街で……仁義なき戦いとは無縁の……」
「無関係じゃねえぞ」
いわく、田原会は扇組の抱える全支部に同時多発的な襲撃を計画しており、ことが起きれば長野県、ひいては守矢市も火の海になるという。
「そこでオメーの出番だ。音味しい料理ってのは、誤解なく人に想いを伝えられるんだろ?」
つまり、彼らはこう考えたのだ。
音味しい料理を双方の組長が食べ、言葉ではなく、想いによって無実を証明しよう。と────
「ウチの組長が、随分前に音味しい料理を食ったことがあるって言うからよ。もちろん俺はそんなオカルト信じちゃいねえけどな」
「アニキぃ……俺ちょっと食ってみたいかも」
「おでも……」
「おいらも……」
随分前というと、両親が存命中のことだろうか。いずれにせよ10年前に亡くなっていることを知らぬまま依頼を持ち込んだことは間違いなさそうだ。
ならば彼らは知る由もない。
────ウチのレストランには、シェフがいないということを。
というか開店当時から専属シェフの座は空席だ。
つまり、音味しい料理を作れと言われてもすぐには無理なのだ。
「あのぅ……一旦持ち帰って検討を……」
「そんな時間はねえ。ひな祭りには、ヤツらの総攻撃がはじまる。つまり、2月末日の土曜日……そこで行われるトップ会談が最後のチャンスだ」
「じゃあ、あと……10日……」
微妙なラインだ。
レストランの開業からまだほんの半年ばかり。以前として母さんのようなプレイヤー型のオトノメトリーには巡り合っていない。
つまり僕の人脈では、現状でシェフとして音味しい料理を作れる人物は“師匠”だけ。
その救世主は気まぐれなことこの上なく、メッセージの返信も数ヶ月後にやっと返ってくるような有り様だ。無論、いま日本にいるのか外国にいるのかすらわからない。
可愛い弟子のピンチなのだ、嫌とは言うまい。あとは運が良ければ、チーちゃんに願いが届くかもしれないが……。
「んん……やっぱり無理かも────」
「報酬は弾むぞ」
「え、お金!」
「お前の借金は帳消しにしてやる。結構な額だぞ」
「……それだけ?」
「俺たちからはな。うまくやりゃあ、田原組から謝礼が出るかもしれねえぞ。向こうとしても血を流さずに済んだとありゃあ、おめえは恩人だからな」
「あら、いいですねぇ〜」
「しかしだ。料理がガセだったら、おめえ……わかってるよな。店は借金のカタに取り上げるぜ?」
それってつまり、受ける以外にはないってことだろう。
いまここで断れば、店は奴らに取られてしまうのだから。
ならば答えはひとつだ────



