湖辺の音味しいレストラン


「お待たせしました」

 私たち以外には誰もいない店内。リコとふたりきり、向かい合っているものの視線も合わせることもなく、息が詰まるような時間をただじっと耐えることなるのだと覚悟していた。
 けれど、思ったよりも早く料理がやってきた。
 リコもちょっぴり驚いたようで、顔を上げて私を見る。ここでやっと彼女と目が合った。

「キャベツと小女子のブルスケッタです」

 目の前に置かれた料理。大皿に乗った……鼻先をくすぐる香り。これは……

「ガーリック……トースト?」

 スライスされた巨大なフランスパンのようなものに、キャベツと塩昆布みたいな小魚が乗っていた。
 それを6当分したものが、いまこうして大皿に並べられている。

「今回、ご予約いただきましたのは、水月アスミ様おひとりの想い。とのことでしたので、料理はこちらで全てとなります」

 リコがきょとんとしている。だが明らかに不満そうではある。
 私も正直なところ、これは「やられたな」と内心ため息をついていた。

「一口目は、おふたりご一緒に。すぐにイントロが脳内に流れ出しますが、どうぞ怖がられませんよう、お願いいたします。そっと目を瞑っていただき、あとは身を委ねてください」

 ────では、ごゆっくりどうぞ。
 そう言い残し、お辞儀をしてからオーナーさんはキッチンへと下がっていった。

「ねぇ……アスミ……」
「うん……リコの言いたいこと……なんとなくわかるよ」

 しばらく見つめ合った私たちは、ぱちくりと瞬きを繰り返し、やがて同じタイミングで吹き出した。

「ふっふふ……」
「ふふ、あはは……」

 ────騙されちゃったね!

 と、ふたりして同じセリフをこぼした。
 そして、ふぅとため息をつく。

「せっかくだし、食べる?」
「うん。一口目は一緒にだって。せっかくだから、最後まで騙されてやろっか」

 ブルスケッタを手に取る。
 リコと視線を交わし、いただきます。と小さくつぶやいてから、口へと運んだ。
 前歯がこんがり焼けたパンを砕く音が店内に響いた。

 ────あれ?

 リコもまた異変に気づいたらしい。目を丸くして私を見ていた。やがて耳に手を置いたかと思うと、リコはそっと目を閉じる。それは好きな曲に聴き入るかのようで、気づけば私も真似ていた。
 事実、イントロが流れていたからだ。どこからかは分からない。けれどその曲は脳に直接響いてきていた。

 やがてレストランの景観が歪みだし、バターのように溶けてゆく。
 そして代わりに浮かび上がってきたのは────

 私────水月アスミが見てきた景色そのものだった。