八重山歌集-地縛霊に捧げるラブソング―【オリジナル版】

プロローグ

二〇十五年 七月二十五日(土)

 確かにそこは幽霊の出そうなアパートだった。築四十年。トイレと風呂が付いているのが不思議なくらいだった。ドアを開けると、そこは、もう小さなキッチンで、その向こうに六畳一間があるという間取りだった。玄関から見ると、六畳間の正面にはベランダに続くガラス戸があった。
 僕の部屋は二階の角部屋で、真下も隣も空き室だった。このご時世に、こんなオンボロアパートに住みたいと思う人は少ないのだろうと容易に想像がついた。そんな場所に僕が住み始めたのは、急に引越しが決まり、選択の余地がほとんどなかったからだ。両親が突然、家を売って父の実家に移住すると言い出して、僕は無理やり追い出されることになったのだ。
 僕が住むことになったそのアパートは、駅からは遠かったが、勤務先の高校からは自転車で十分だから通勤には便利だった。都立高校の英語の教師になって三年目の僕は、約一年半後には転勤になる。だから、それまでの仮住まいだと思うことにした。
 夏休みに入って最初の土曜日、僕はそのアパートに引っ越した。荷物の片づけがあらかた終わると、すでに夜になっていた。
 少し気分転換でもしようと思い、僕は三線を弾くことにした。まず、ガラス戸の前に座布団を敷いた。僕はケースから三線を取り出すと、座布団に腰を下ろし、その上で三線の糸を巻いた。
 三線は三味線とよく似た沖縄の楽器で、三味線よりも少し小柄だ。猫ではなくニシキ蛇の皮が張られているので、かつては蛇皮線とも言われていた。三味線と違い、しゃもじの様なバチは使わない。代わりに、人差し指に鷹の爪のような道具をつけて弾く。 
 僕が三線を弾くようになってから既に八年の時が経っていた。僕が三線を弾くようになったきっかけは、竹富島への旅だった。その時、僕はまだ高校一年生だった。その旅の思い出をモチーフにして僕は歌を作った。僕が作った最初の歌だった。それ以来、僕は三線を抱えて、竹富島が属する沖縄県八重山諸島の島々を繰り返し訪れるようになった。
 僕は三線を構えると、前奏に続いて、僕が初めて作ったその歌を歌い始めた。不思議な出来事が起こったのは、歌のエンディングまで三線を弾き終えた時だった。
「いい歌ですね」
 間近で若い女性の声がした。僕は驚いて回りを見回したが、一人暮らしの自分のアパートに女性の姿などあるはずがなかった。
「君、誰なの?」
 僕は驚いて、見えない相手に尋ねた。
「え、私の声、聞こえたんですか?」
 姿の見えない声の主は、むしろ僕以上に驚いているようだった。
「ごめんなさい、済みません。失礼します。」
 声の主はひどく慌てて、どこかに去ってしまったようだった。

 夏休み最初の土曜日、不思議な声を聞いたその夜、僕たちの夏が始まった。