あなたを追って、その先で

初めて誰かと帰路を共にした。1ヶ月前まで人間関係など煩わしいと思っていた私にしては、快挙だろう。

 帰り道で夕立が襲って、二人で東屋の下に並んだ。

 君は何も言わない。私も何も言わない。

 私は君の顔を見てふと、安心感を覚えている。これはきっと少しだけ君の前だと気を抜けるから。
 
 いやどうだろうか。結局、この状況に私が甘えてしまっているだけではないか。

 私の「傲慢さ」には、「謙虚さ」がいるとしたならば、これ以上何かを貰うのは、それこそ度の過ぎた傲慢ではないか。

 きっと君は、こんなこと気にしていると今言えば「大丈夫だよ、僕が好きでやっているのだから」と言うだろう。

 それが彼の良さだ。誰より美しい彼の良さだ。

 それでも私の終着点が変わることはない。変えることなんて出来ない。

 よく、幸せになってから死にたいと言う台詞を聞くが、あれは実際に死に直面したことがない人間が口走る戯言だ。

 なんて幾何学的な詭弁だろうか。誰も死に直面しないから、本物の死を経験できないから、否定も公に出来ないという論理を持って歩いているのか。

 その点、私のこの論理は破綻も破綻している。

 私はそれでも、死を言い訳にしたくはない。それが出来なければ死にたくなどない。

 幸せだったから死にました、なんて美しいフリをしたB級映画を誰が見たいのだ。

 既に死んでいる人間と話すことができるなら、私は迷わず聞くだろう。

 一抹の不安もなく、幸せに包まれて死んだのですか、と。

 そうすれば私だってこの理論を証明できるのだ。そうすればきっと。

 君が居ないという不安も拭えるのだ。きっとそうだ。