あなたを追って、その先で

 すぐに学校を出た。

 1限目が始まる前に、何もかもを置いたまま廊下を歩いた。

 そんな僕を見た大人達は不審げにしている。

 理解も出来ないくせに、心配そうな面をするなよ。同情なんて欲しい訳ないのだ。

 あなたが言う台詞に聞こえている。僕はこんなにも感化されている。

 気づけば走りだしていた。泥のような視線を振り解くように、僕は走り続ける。

 もう嫌なんだ。もう嫌なんだよ、あなたが居なくなることが。

 またフラッシュバックした。

――「理解していることを、拒もうとする者は、なによりも愚かだと思えばいい」とあなたがいつか言っていた。

 そうだ、僕は愚かでいい。だからここにいて欲しい!

 たったのそれだけを望んでいる。僕は、僕は。

 あなたがここで、僕の隣でまた歩き続けてくれることだけを望んでいるのに、これすら傲慢だと神様が言うなら。

 「きっと神様なんていない。」

 あなたが口ずさむように言っていたことを、今になってようやく理解できたよ。

 校門を飛び出して、後ろで鳴ったチャイムも捨て置いて、僕は。

 逃げ出したんだ、あなたに会う為に。

 辞めてやる、全部。それがあなたに僕が捧げれる全てなのだから。

 心臓が煩い。身体中を響いて震えていた体を起こし上げる。

 電車が来ている。ここは朝も、いつしかあなたと来ていた駅である。

 見当がつかない、のは。どうしようもないと分かっている。

 ただの一つだけ。僕にはあなたの痕跡があるのだ。

 最後に会った日は確か、うざったいほどの晴天だった。

 あなたはいつもと変わらず遠くを見つめながら、詩を書いている。

 どうやら今日は調子がいいらしく、随分と熱中して万年筆を動かしている。

 この長い休みで、彼女は何をするのだろう。

 大体、休日に会う時はあなたから誘ってきてくれていた癖で、どうにも誘い方というのが分からない。

 情けないものだ。何一つとして自我で動くこともできない。

 いっそ、あの万年筆のように誰かに支えてもらってこその人生になれれば。なんて、口にしたらあなたが嫌な顔するようなことを妄想した。

 そんなことしてる間にあなたは立ち上がっていた。

 お気に入りの喫茶店の、お気に入りのカプチーノを一気に飲み干すと、あなたは夕暮れを見ながら僕に一言

「先に帰る」と言った。

 別に変なことでは無いのだ。なに、どちらかと言うと大体こんな感じで毎日が終わる。

 ただ一つだけ、違和感を感じたのは、あなたが言ったこと。

「これ、君にあげるよ」とあなたは僕に、先まで走らせていた万年筆を渡す。

「え」と驚く。

「いらないなら、いい」と拗ねたように踵を返すあなた。

「待って待って、欲しいから。ください」と正直に僕は心に思ったことを言う。

 すると少し間を置いて、あなたは僕の手の甲を包むように持って、さらに僕の手の平に筆を置く。

「大切にしろ。高いから」とあなたは言う。

 いつも大事そうに肌身離さず持っていたこの万年筆を、どうして手放して僕にくれるのだろう。

 嬉しさとあなたの体温がまだ残った筆を大事に抱えながら思った。

 今後悔しても遅い。あのとき、言えば良かったなんて考えたところで滑稽以外の何物でもない。

 いかに今を生きるか、だ。それこそが僕が生きる理由だ。今以外、全部が塵だ。

 過去に縋り付くように記憶を辿る僕にそう言い聞かせる。

 そうでもしなければ、きっと。

 歯を食いしばって歩く。ただあなたを()()()()()()に。