冬神の最愛なる花嫁《長編版》

夢の中の光景は、地面は雪で真っ白で強い吹雪が打ちつけている。けれど不思議なのは白い息が出るほど寒い筈なのにその寒さはあまり感じない。
しかも天井がないのに星のない夜空から雪の結晶の刺繍が施された白い薄手の幕が垂れ下がり吹雪で靡いていた。
すると、あの不思議な子犬が私の足元に近付いてきた。
私が傷を癒した時にはなかった雪の結晶の飾りがついた青い綱の首輪をしていた。
急に居なくなってしまったから心配していたから少しホッとした時だった。

「あ、あの、貴女ですよね?!僕を助けてくれた人!!」
「……え?」
「ご、ごめんなさい!!急に喋ったりして驚いちゃいますよね…でも、とても助かりました!!ありがとうございますぅ!!!」

あまりの突然のことに唖然としてしまった。だって目の前の子犬が私に話しかけているのだから。
心の底から感謝しているのが希望に満ちた目で痛いほど感じ取れた。
私の夢の中だから犬が喋ってもなんの不思議でもないのだけれど、現実の姿を知っているからとても驚いてしまった。
助けた時に見せた弱々しい姿ではなかったので安心した。でも、感謝の裏でどこか困っているような様子を見せていた。

「あ!そうだ!名前がまだでしたね!えっと、僕の名前はもちゆきと申します。えっと…」
「私は七海。あなた喋れるのね」
「実は僕、普通の犬とは違うのです。喋れる時点で違いますね。だから、貴女を夢の中に呼べた…」

突然、もちゆきくんの話を遮る様に遠くの方で唸り声が聞こえてきた。誰かを威嚇する様な声ではなく、とても苦しそうな唸り声だ。

「刹那様…!!こうしちゃいられない!!お願いです!僕について来てください!!」
「今の声はなんなの?」
「後で話します!!一刻を争うのです!!あの方を失ってしまったら冬が狂ってしまう…!!」

どうしてそんなに焦っているのか、冬が狂ってしまうとはどういう事なのか。いろんなことが起き過ぎて混乱してしまう。
でも、今わかることはとりあえず目の前にいる喋れる子犬のもちゆきくんの言う通りに従うのが最善なんだろう。
こっちですと私を導く様にもちゆきくんは走り始めた。私も彼の後を追う様に走る。
ヒラヒラ揺れる幕の間を掻き分けるように進んで行く度にあの苦しげな声が大きくなってゆく。
もちゆきくんが寂しげに呟いた刹那という名前。もちゆきくんにとってとても大事な主人なのだろう。
大切な人を失いたくない気持ちは痛いほど分かる。この子を私の様に愛するひとを失う悲しみを味合わせたくない。
私は冬の巫女でも何でもない。赤い髪と緑翠色の瞳と異能を授けられただけのただの女。
でも、必死に主人の元へ急ぐもちゆきくんの力になりたい、少しでもこの癒しの異能がこの子達の役立てればいいと思う。
しばらく走っていると、鼻に生々しい匂いが漂ってきた。血の匂いだ。
吹雪で揺れている白い幕も所々破れていたり、真っ赤な血がこびり付いていた。白い地面にも点々と血が滴り落ちていた。先に進むたびにそれが酷くなってゆく。

「刹那様!!!」

もちゆきくんは今にも泣き出しそうな声で主人の名を呼びながら速さを早め駆け寄る。
駆け寄った先にいたモノを見て私は驚愕した。
目に飛び込んできたのはとても弱々しく横たわる白い狼だった。私やもちゆきくんよりも大きな狼で灰青色の瞳を持っていた。
真っ白な毛には赤い血が染まっていて息も荒い。
全身を傷つけられているが特に酷いのが腹部の怪我。これが致命傷になっているのは明らかだった。

「連れて来ました!!もう大丈夫ですからね…!!」
(これがもちゆきくんの主人…)

息をするのもやっとで喋れるのも唸り声が精一杯なのだろう。駆け寄って来たもちゆきくんの話に応えられなかった。
灰青色の瞳が私を見た。
私と同じ不思議な色の瞳を持った白い大きな狼に睨まれても不思議と恐怖心なんか感じなかった。寧ろ、何故かやっと会えたという感覚を覚えたことに内心驚く。
ここまで酷い傷は治したことがない。尚且つ、冬の巫女でもない私にできるのかと思わなかったと言ったら嘘になる。でも、そんな理由でやらないで怖気付いて逃げる方が愚かだと感じた。

「……貴方がもちゆきくんの主人ね。もちゆきくんが貴方を救うために私を此処に連れて来てくれたの。こんな私の異能がどこまで貴方を救えるか分からない。でも、やれることは全部やるわ」

私はゆっくりと狼の元へ近付き、深い傷のある腹部の近くにしゃがみ込んだ。
傷口からは鮮血が流れ続けている。早く処置を行わなければ。
自分を落ち着かせるように深呼吸をして傷に手を翳し異能の発動に集中させる。手に異能の力が集まるのを感じるといつものように発動させる。
けれど、夢の中で発動させた異能はいつもの白い光ではなく優しい赤い光が輝きを放った。
まるで私の赤い髪と同じ色。こんな事今までなかった。
しかも、いつもより異能の力が強力になっているのか傷の治りが早い気がする。突然の能力の変化に驚きつつも私は治癒に専念する。
異能を施している私を見守っていたもちゆきくんは、突然、目を見開きながらとても驚いていた。

「刹那様…!!七海様のあの髪と瞳、そして、異能の光はまさしく…」

もちゆきくんが主人と何か話しているがよく聞こえなかった。何の話をしていたのか少し気になったが今はそれどころではない。
深かった腹部の傷が徐々に癒えてゆく。流れていた血も少しずつだが止まりつつある。
私はふと狼の顔を見た。その表情はさっきまでの苦痛なものではなくなり、少しホッとした様なものに変わっている様に感じた。
けれど、完治させるにはまだ時間がかかる。せめて、夢から目覚める前に完治に近い状態までには彼を治してあげたい。
全身の怪我が塞がり、流血を止まった頃にはもうヘトヘトだった。
霊力も枯渇してしまい、眩暈を覚えると私は体勢を崩してしまい狼の腹部に思わず飛び込んでしまった。
異能は怪我だけではなく見た目さえも本来の姿に戻してくれていた。

「う…ごめんなさい。すぐ退くから…」

気力と体力も使い切ってしまい思う通りに身体を動かそうとするも思うように動けなかった。睡魔も襲ってくる。
早く目覚めて現実の世界に戻らないと。まだもちゆきくんの主人様は本調子でないのに迷惑かけるわけには…そう考えている内に瞼がどんどん重くなりいつの間にか目の前が暗くなってしまった。
こんなに霊力が枯渇するまで異能を使ったのは初めてだった。いつもと違う異能の形だったがもちゆきくんの頼みを果たすことができた。
私は満足感に浸りながら睡魔に身を預けた。











霊力を使い果たし眠りについてしまった七海を狼は愛おしげに見ていた。
もちゆきは安堵した表情で眠りにつく七海を見つめていた。

「刹那様。やはり彼女が貴方の番でしたね。あの赤い髪と緑翠色の瞳。そして、あの赤い異能の光。あれはまさしく冬の巫女にしか扱うことしかできない冬椿の異能」
「ああ…本当はこんなみっともない姿で彼女に会いたくなかったがな。だが、冬椿の異能を開花させてあげることはできた」

白い狼の身体に粉雪と雪の結晶が混ざる光を纏わせ、の姿から人間の男の姿へと変貌させていった。
肩までの黒い髪と灰青色の瞳と白い肌。その姿はまさしく四季神の一人である冬神・霧生刹那その人だった。
七海を大事そうに抱きかかえながら刹那は、式神だけでなく自分も助けてくれた彼女に感謝した。
そして、一つの懸念も生まれる。

「そして、七海様こそ真の冬の巫女でした。あの瑠璃奈という娘ではありませんでしたね」
「あんなの町の奴らに選ばれただけの仮初の巫女に過ぎん。早く現世に戻ろう。七海のことが知られたら何をするか分からんからな」

刹那は腕の中で眠る七海に名残惜しそうにそっと彼女の額に唇を落とした。

「目覚めたらまた会おう。すぐにお前を迎えに行くから」

眠り続ける七海の赤い髪に冬神の想いが込められた氷の百合の花の髪飾りを挿した。
刹那は必ず迎えに行くという約束が込められた髪飾りと共に七海を現実の世界に戻すのであった。