翌日、俺と両親が晴矢の家を訪ねる。
結局、家に帰っても二人との会話は無い。
俺もお父さんもお母さんも微妙な距離を取っている。
夕飯を食べるにも必要最低限な会話のみだ。
何の解決の糸口も無いまま、晴矢のおじさんと対面することになってしまった。
「良樹が大変お世話になりまして。色々ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません」
「いえいえ、良樹くんは几帳面で一緒に生活していく中で私も見習う面が多々ありまして。毎日楽しく過ごさせていただいていますよ」
当たり障りの無い会話が進んでいるが、俺も晴矢もいつこの均衡が破れるのかと息をのんで見守っている。
傍らにはキーちゃんも居る。
当初、キーちゃんは家族ではないから顔を合わすのは遠慮すると言っていたが、晴矢と俺がお願いした。
「キーちゃんは家族だよ」
「俺がお世話になったのは、おじさんと晴矢とキーちゃんです。キーちゃんは食事だけじゃなく、色々相談にも乗ってくれたし。お父さんたちがお礼を言うのはおじさんだけじゃなくてキーちゃんにもです」
「でも……物語がもっと複雑になっちゃうでしょ」
「関係ないよ。複雑になっても、どう見えようとも俺たちは家族だから」
お父さんたちにもキーちゃんの存在は晴矢の家にお世話になると決まって時に説明してある。
ただ、俺と晴矢の関係を知った今、キーちゃんに対しても失礼なことを言うのではないかという点が気になっている。
「……大変お世話になっている中、申し上げにくいのですが。先野さんは良樹と晴矢くんとの関係をご存じだったうえで、同居を私どもに提案されたということですよね」
「はい。私は二人が付き合っていることは知っておりました。そのうえで、良樹くんがご両親に伝えるべきか迷っているところを、先延ばしするように伝えました」
「どうして、そんな勝手なことを!」
「……大変差し出がましいことをしてしまったと反省しておりますが、あの時は良樹くんの気持ちを最優先に考えるべきだと思っておりました。もし、あの時二人が付き合っていることをご存じであったら、良樹くんを日本に残してはいけなかったでしょう?」
冷静に対応するおじさんに対し、お父さんも冷静になろうとしているのが伺える。
横ではお母さんが口を挟もうとするのをお父さんが何度も止めている。
「……二人が恋人同士であることは認められないですか?」
「当たり前です! どうして男同士で。ウチの良樹はまっすぐに育ってきたんです。バスケットが好きで、人に優しくて。なのに……晴矢くんも良い子です。優しいし礼儀正しいし、それはわかっています。六年間接してきましたから。でもそれとこれとは別です!」
お母さんが泣きそうになりながら話す姿を見るのが辛い。
こんな息子で申し訳ない気持ちになる。
「逆にお尋ねしますが、どうして先野さんは受け入れられるのですか? 不躾ながらご自分の経験からでしょうか?」
お父さんはキーちゃんに目を配る。
初めてキーちゃんを認識したかのように。
俺はキーちゃんが不毛な争いに巻き込まれるのが嫌だった。
「お父さん。それは……」
「ええ、まあ。自分の経験値もありますかね。ここに居る男は私の親友です。もう二十年以上の付き合いです。見た通り、イケメンですが何故かこんな冴えない私のことを慕ってくれていましてね。一緒に居て非常に気持ちのいい奴なんですよ」
「それはつまり……」
「世の中、多様性、多様性と謳っていますが、本当の意味で多様性を受容している人間なんてたかが知れています。現に、お二人も受け入れるのは難しいでしょう。それが普通の感覚です」
「そうです。無理です。普通が一番です!」
お母さんがここぞとばかりに鼻息荒く主張する。
それでもおじさんは冷静に話し続ける。
「ええ、その通りです。でもその普通を求められることで生き難い人間もいるわけです。正直言えば、私はゲイではありません。セクシャリティ的にはヘテロです。でも、直人といると楽しいし幸せに感じる。直人も私と居ることで少しでも生き難さを感じないでいられるのであれば嬉しいです」
「何が言いたいのか……」
「自分自身が多様性を肯定も否定も出来るような器ではないということです。だからあるがまま受け入れているだけです。それが男同士であろうと、異性同士であろうと。自分の愛する息子が選んだ相手が同性であった。ただそれだけです。それで息子が幸せに過ごせるのであれば私は言うことはありません」
おじさんの言葉に俺も晴矢もキーちゃんも聞き入っている。
お母さんは興奮しつつ、お父さんは表情を変えずに聞いている。
「つまり、自分は高尚な人間だとおっしゃりたい?」
「私はご存じのように家庭を顧みない生活を送っていました。晴矢に対しても別れた妻に対しても最低な人間でした。そんな私を諭し、父と息子との関係を再構築出来るよう助けてくれたのがこの直人です。私一人のままであれば、今でも晴矢に寂しい思いをさせていたでしょう。こんな人間が高尚なわけありません。高尚でないからこそあるがまま受け入れているだけです」
「……話になりませんな」
「良樹くんの気持ちを最優先に考えてください。ただそれだけです」
「あなたに言われなくても我々は常に良樹のことを最優先に考えてきました! 中学に入って良い友達が出来たと思ったのに、まさかこんなことになるなんて……もっと目を光らせておけばよかったと後悔しています!」
「お母さん!」
俺は思わず叫んだ。
まるで晴矢が俺を誘惑したかのような言い方が気に入らなかった。
あんなに晴矢のことを気に入って可愛がっていたのに。
お父さんは笑顔をおじさんに向けるともう話は終わりというような態度を取った。
「先野さんのお考えはわかりました。まあ、これはこれとして。二年間良樹がお世話になったことに関しましては大変感謝しております。ありがとうございました。ただ、もう二十歳ですので今後は一人で生活させます」
「え……」
突然の同居を終わらせる宣言をされて驚く。
「こちら、少ないですが二年間お世話いただきましたお礼となります。是非、お収めいただければ」
お父さんは厚手の封筒をおじさんに差し出した。
おじさんは一瞬驚く表情をするが、納得したように頷く。
「大したことは出来ませんでしたが。遠慮させていただくのも失礼かと思いますので、有難く頂戴いたします」
お父さんは満足そうな表情をし、俺に目を向ける。
「さ、良樹。お暇するぞ。荷物は後日取りに越させてもらいなさい」
「お、お父さん。俺は」
「行くわよ、良樹」
俺はお母さんに強く腕を掴まれ、玄関に連れて行かれる。
晴矢もキーちゃんも何もできないまま後に付いてくる。
「晴矢、後で連絡する」
「う、うん」
「お騒がせしました。失礼いたします」
お父さんは丁寧におじさんに頭を下げると勢いよくドアを開けた。
結局、家に帰っても二人との会話は無い。
俺もお父さんもお母さんも微妙な距離を取っている。
夕飯を食べるにも必要最低限な会話のみだ。
何の解決の糸口も無いまま、晴矢のおじさんと対面することになってしまった。
「良樹が大変お世話になりまして。色々ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません」
「いえいえ、良樹くんは几帳面で一緒に生活していく中で私も見習う面が多々ありまして。毎日楽しく過ごさせていただいていますよ」
当たり障りの無い会話が進んでいるが、俺も晴矢もいつこの均衡が破れるのかと息をのんで見守っている。
傍らにはキーちゃんも居る。
当初、キーちゃんは家族ではないから顔を合わすのは遠慮すると言っていたが、晴矢と俺がお願いした。
「キーちゃんは家族だよ」
「俺がお世話になったのは、おじさんと晴矢とキーちゃんです。キーちゃんは食事だけじゃなく、色々相談にも乗ってくれたし。お父さんたちがお礼を言うのはおじさんだけじゃなくてキーちゃんにもです」
「でも……物語がもっと複雑になっちゃうでしょ」
「関係ないよ。複雑になっても、どう見えようとも俺たちは家族だから」
お父さんたちにもキーちゃんの存在は晴矢の家にお世話になると決まって時に説明してある。
ただ、俺と晴矢の関係を知った今、キーちゃんに対しても失礼なことを言うのではないかという点が気になっている。
「……大変お世話になっている中、申し上げにくいのですが。先野さんは良樹と晴矢くんとの関係をご存じだったうえで、同居を私どもに提案されたということですよね」
「はい。私は二人が付き合っていることは知っておりました。そのうえで、良樹くんがご両親に伝えるべきか迷っているところを、先延ばしするように伝えました」
「どうして、そんな勝手なことを!」
「……大変差し出がましいことをしてしまったと反省しておりますが、あの時は良樹くんの気持ちを最優先に考えるべきだと思っておりました。もし、あの時二人が付き合っていることをご存じであったら、良樹くんを日本に残してはいけなかったでしょう?」
冷静に対応するおじさんに対し、お父さんも冷静になろうとしているのが伺える。
横ではお母さんが口を挟もうとするのをお父さんが何度も止めている。
「……二人が恋人同士であることは認められないですか?」
「当たり前です! どうして男同士で。ウチの良樹はまっすぐに育ってきたんです。バスケットが好きで、人に優しくて。なのに……晴矢くんも良い子です。優しいし礼儀正しいし、それはわかっています。六年間接してきましたから。でもそれとこれとは別です!」
お母さんが泣きそうになりながら話す姿を見るのが辛い。
こんな息子で申し訳ない気持ちになる。
「逆にお尋ねしますが、どうして先野さんは受け入れられるのですか? 不躾ながらご自分の経験からでしょうか?」
お父さんはキーちゃんに目を配る。
初めてキーちゃんを認識したかのように。
俺はキーちゃんが不毛な争いに巻き込まれるのが嫌だった。
「お父さん。それは……」
「ええ、まあ。自分の経験値もありますかね。ここに居る男は私の親友です。もう二十年以上の付き合いです。見た通り、イケメンですが何故かこんな冴えない私のことを慕ってくれていましてね。一緒に居て非常に気持ちのいい奴なんですよ」
「それはつまり……」
「世の中、多様性、多様性と謳っていますが、本当の意味で多様性を受容している人間なんてたかが知れています。現に、お二人も受け入れるのは難しいでしょう。それが普通の感覚です」
「そうです。無理です。普通が一番です!」
お母さんがここぞとばかりに鼻息荒く主張する。
それでもおじさんは冷静に話し続ける。
「ええ、その通りです。でもその普通を求められることで生き難い人間もいるわけです。正直言えば、私はゲイではありません。セクシャリティ的にはヘテロです。でも、直人といると楽しいし幸せに感じる。直人も私と居ることで少しでも生き難さを感じないでいられるのであれば嬉しいです」
「何が言いたいのか……」
「自分自身が多様性を肯定も否定も出来るような器ではないということです。だからあるがまま受け入れているだけです。それが男同士であろうと、異性同士であろうと。自分の愛する息子が選んだ相手が同性であった。ただそれだけです。それで息子が幸せに過ごせるのであれば私は言うことはありません」
おじさんの言葉に俺も晴矢もキーちゃんも聞き入っている。
お母さんは興奮しつつ、お父さんは表情を変えずに聞いている。
「つまり、自分は高尚な人間だとおっしゃりたい?」
「私はご存じのように家庭を顧みない生活を送っていました。晴矢に対しても別れた妻に対しても最低な人間でした。そんな私を諭し、父と息子との関係を再構築出来るよう助けてくれたのがこの直人です。私一人のままであれば、今でも晴矢に寂しい思いをさせていたでしょう。こんな人間が高尚なわけありません。高尚でないからこそあるがまま受け入れているだけです」
「……話になりませんな」
「良樹くんの気持ちを最優先に考えてください。ただそれだけです」
「あなたに言われなくても我々は常に良樹のことを最優先に考えてきました! 中学に入って良い友達が出来たと思ったのに、まさかこんなことになるなんて……もっと目を光らせておけばよかったと後悔しています!」
「お母さん!」
俺は思わず叫んだ。
まるで晴矢が俺を誘惑したかのような言い方が気に入らなかった。
あんなに晴矢のことを気に入って可愛がっていたのに。
お父さんは笑顔をおじさんに向けるともう話は終わりというような態度を取った。
「先野さんのお考えはわかりました。まあ、これはこれとして。二年間良樹がお世話になったことに関しましては大変感謝しております。ありがとうございました。ただ、もう二十歳ですので今後は一人で生活させます」
「え……」
突然の同居を終わらせる宣言をされて驚く。
「こちら、少ないですが二年間お世話いただきましたお礼となります。是非、お収めいただければ」
お父さんは厚手の封筒をおじさんに差し出した。
おじさんは一瞬驚く表情をするが、納得したように頷く。
「大したことは出来ませんでしたが。遠慮させていただくのも失礼かと思いますので、有難く頂戴いたします」
お父さんは満足そうな表情をし、俺に目を向ける。
「さ、良樹。お暇するぞ。荷物は後日取りに越させてもらいなさい」
「お、お父さん。俺は」
「行くわよ、良樹」
俺はお母さんに強く腕を掴まれ、玄関に連れて行かれる。
晴矢もキーちゃんも何もできないまま後に付いてくる。
「晴矢、後で連絡する」
「う、うん」
「お騒がせしました。失礼いたします」
お父さんは丁寧におじさんに頭を下げると勢いよくドアを開けた。



