『良樹……良樹、起きて……』
誰かが遠くで俺を呼んでいる。
どうしてもっと近くで呼ばないんだ?
「良樹! 起きて! もうすぐおばさんたち帰って来る!」
「えっ!」
唐突に明確に晴矢の声が聞こえた。
俺は思わず飛び起きた。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
夕べ一睡も出来なかったせいか?
何も着ていない状態でベッドから出ると脱ぎ散らかしたはずの衣類が畳まれてまとめてある。
破り捨てたパッケージもキレイに片付いている。
既に身支度を終えている晴矢がやってくれたのか。
「どうして? どれくらい寝ていた?」
「二時間ぐらいかな? 全然寝てなかったんだろ? あまりにも熟睡しているから起こさなかった。さっきトイレに行ったらちょうど留守電におばさんの声が入っていて。羽田に着いたっていうから、もう少しで着くと思うよ」
「マジか」
俺は机の上に置いたスマホを取り上げる。
何回か着信があり、LINEにもメッセージが届いている。
「お前は大丈夫か?」
「うん、俺は一時間前から起きていたから。それにちゃんと鏡でチェックした」
え? 何を?
晴矢が首の周りに手をあてる。
「そ、そうか……」
「……二回だったし、ちょっと激しかったから気になって」
「うん……」
若干気まずい……
「そうだ、写真立ての後ろにこれ見つけたけど……」
「何?」
「スマホに入っていた画像、プリントアウトしていたんだな。知らなかった。良樹って意外と女子っぽいね」
俺がスマホで撮った画像をプリントアウトして入れてあるアルバムを見せられた。
写真として収集しておきたいことは女子っぽいことなのか?
「俺と晴矢の歴史だからちゃんと残しておきたくて」
「そういうところマメだよね。中学の時のバスケの部活の記録もそうだし」
晴矢がアルバムのページを一枚、一枚めくる。
俺と晴矢はもちろん、マトリョーシカ兄弟のブチも一緒に写っている写真も多い。
「これ、中学の時初めてマトリョーシカって言われた時の横並びの写真じゃん。こんなの撮ってったっけ?」
「ホラ、あいつ名前なんだっけ。や、山城が俺たちをからかう為に撮ったんだよ」
「ブチがまだ子供だな。なんか可愛い」
晴矢がブチの写真の上に指を置いてなぞる。
「りっちゃんがショックを受けた観覧車のキス写真だ」
「でも今見ても光の入り方とか芸術的じゃね?」
「良樹も自分で自分のこと褒めることあるんだね」
高校の時、ブチとブチの彼女のりっちゃんと、俺たちでWデートした遊園地の観覧車の中でキスをした写真を何枚か撮った。
そのキスをしている瞬間を見たりっちゃんがショックを受けて、初めてブチと俺たちの間に亀裂が入りそうになったことがある。
それでもあの頃は二人のキスを見られても何とも思わなかった自分がいた。
「え、これいつ撮ったんだ?」
「うん? 初めての日。お前が寝ていた顔が可愛くて撮った」
「ちょ、これ絶対人に見られたくない。知らなかったよ、撮られているの。ホント良樹はやることが大胆過ぎる」
照れ隠しなのか、晴矢が早口になる。
初めて晴矢と結ばれた日、疲れて寝ている晴矢の顔が愛おしくて、スマホのシャッターを押し続けていた。
絶対に誰にも渡さないと誓ったことを思い出す。
「改めて見るとよく撮っていたなー。晴矢の家に持っていこうと思って忘れていた。この二年分も加えなきゃな」
「っていうかホントに誰かに見られたらマズいよ。誰がどう見ても恋人同士にしか見えない」
「だってそうだろ」
「そうだけど……」
晴矢が気まずそうな顔をしながら俺がアルバムをパラパラとめくるのを見ていると、インターフォンが鳴った。
「帰ってきた!」
俺はアルバムをベッドの上に放り投げると急いで二階から一階へ階段を駆け下りた。
🔸🔸🔸
二年ぶりに会ったお母さんは想像通り俺を抱きしめて泣いた。
お父さんには男らしくなったなと肩を叩かれた。
晴矢には真っ先に俺がお世話になっているお礼を言い、タイの土産を山ほど渡していた。
おじさんの予定を聞いて晴矢の家に挨拶に行くという話になった。
俺はお父さんたちが日本に滞在している二週間は実家で過ごすことに決め、とりあえず必要なものを晴矢の家に取りに行くことにした。
「やっぱりおばさんは泣いたね。俺もちょっとウルっときた。良樹も嬉しかっただろ?」
「うん。二人とも元気そうで良かった。ZOOMで話していても画面越しと直に会うのではやっぱり違うよなー」
「だよね」
「……二週間別に暮らすことになるけど、寂しい?」
「……言わない」
「どうして?」
「口にしたらその気持ちで心が溢れちゃうから」
「ピュアだな、晴矢は」
「良樹には負けるけど」
平日の帰宅ラッシュの電車内は上り方面でも混んでいる。
必然的に俺と晴矢の身体が密着する。
二年間、この距離からひと時も離れることがなかった。
電車に揺られながら既に寂しい気持ちが募る。
たった二週間なのに……
晴矢の家に着くと水槽がリビングに置かれていた。
俺が取った金魚を入れるための水槽。
キーちゃんが水をいれている最中だった。
「ただいま。わ、もう届いたんだ」
「あ、おかえりー。そうあまりに早くてビックリしちゃった」
「ちょっと待って、手伝うよ」
「良樹くん、お家の方は大丈夫?」
水槽をぼおっと見ていた俺はキーちゃんの言葉に反応が遅くなる。
「良樹くん? どうかした?」
「あ、ええ。二人とも今日帰って来ので、二週間実家に戻ることにしました」
「そうなのね。お父様たち、良樹くんが大人っぽくなってビックリなさっていたでしょ」
「おばさんはやっぱり泣いていたよ。俺ももらい泣きしそうになった」
「そうよね……良樹くんも嬉しいわよね」
「はい。この二年間寂しくはなかったですけど、やっぱり会うと嬉しいです」
「うん。うん」
俺は二階に上がり、実家に持っていく荷物をまとめる。
大学も実家から通うことになるからとりあえず、全ての教材を詰め込む。
服も何枚か。
後は何を持っていけばいいのか……
足りなければ取りにくればいいし、晴矢に大学に持ってきてもらえばいい。
たった二週間だ、もっとシンプルに考えよう。
荷物を持って一階に降りると、晴矢がタイの土産をキーちゃんと開けていた。
ドライフルーツやお菓子など様々なものがダイニングテーブルに並べられている。
「良樹くん、お土産ありがとう。ご両親にくれぐれもよろしく伝えてね。マンダリンホテルのクッキーとか、カルマカメットのハンドクリームとか、お土産のセンスが良すぎるわ」
「え、そうなんですか? 重かったけど喜んでもらえたなら良かった」
「父さんの予定聞いておいた。明後日なら何時でも大丈夫ですっておばさんに伝えておいて」
「わかった。あ、金魚は?」
「見て、見てー」
キーちゃんがセッティングした水槽には真っ赤な金魚が気持ちよさそうに泳いでいた。
「やっぱり可愛いな」
「だな。屋台の金魚の育て方は難しいって聞いたことあるけど……」
「そこは僕に任せて! お客さんに詳しい方がいてバッチリ聞いてきたから。一匹も死なせないわよ」
「流石キーちゃん。二週間後に良樹が戻ってきてもきっと元気に泳いでいるよ」
晴矢が愛おしそうな表情で水槽の中の金魚を目で追っている。
俺は晴矢の肩を抱きながら同じように金魚を目で追っていた。
🔸🔸🔸
一緒に家まで行くと言う晴矢を断り、家に向かう。
そういえば、コンビニで山ほど買って来た食料品を何一つ食べていないことに気が付いた。
あれほど腹が減っていたはずなのに、晴矢と会った途端空腹感が満たされた。
お母さんは夕飯の準備をしているかな?
久々に手料理が食べられるかな?
そんなことを思いながら玄関に入る。
「ただいま」
おかえりの声は聞こえない。
リビングに入ると二人が深刻な顔をしてソファに座っていた。
「ただいま……どうかした?」
お母さんは大きなため息をつき、お父さんはテーブルの上にある物を指さした。
指さされた先にあったのは、俺がさっきベッドに放り出したアルバムだった。
まさか……
「え……」
「……疑っていなかったわけじゃないのよ。あんたたち、本当にいつも一緒だったし。でもね、まさかねって。小学生の時は女の子からバレンタインに山ほどチョコレートもらってきていたじゃない。確か、好きな子もいたわよね? 一緒にお返しのキャンディー買いにいったりしたでしょ……」
お母さんが頭を振る。
お父さんは無表情のままだ。
俺は屋台の前で晴矢の手を振りほどいた時の息苦しさを感じ、手が震え冷たくなっていくのがわかる。
周りの目なんてどうってことなかった。
実の親にこんな形で知られることの方が怖い。
何も言わずにこの場から逃げ出したいのに、心臓の鼓動が早くて苦しくて、その場に跪く。
二人の顔を見るのが怖くて頭を上げることすら出来ない。
「で、いつからなんだ。写真を見る限りは高校生になってからに見えるが。お前が日本に残ると固辞したのは晴矢くんとのことがあったからか?」
「……」
「良樹! お父さんが聞いているのよ、ちゃんと答えなさい!」
お母さんの声が大きくなる。
俺は堂々と伝えるべきなのに、言葉が出てこない。
「良樹!」
「ち、中学生の時から俺はずっと晴矢が好きだった。守ってやりたかった」
「向こうのお父様は知っているの? 知っていたら同居なんておっしゃらなかったわよね? だって……」
「知っている。俺たちが付き合いだした時から、おじさんはこのことを受け入れてくれている」
「はぁー?」
お母さんがより大きなため息をつく。
タイに行かないとモメた時のように倒れるのではないかと心配になる。
俺自身、この息苦しさから倒れてしまいそうになるところを必死に保っている。
「ということは、我々だけが何も知らずにいたってことか。先野さんはお前たちのことを知ったうえで、我々には何も言わずによろしくやろうとしていた。バカにされたものだな」
「お父さん、それは違うよ! おじさんはそんな人じゃない。純粋に俺が日本に残りたいという気持ちを汲んでくれただけで、お父さんたちを騙すようなことはしないよ」
「実際にこの何年間も一人息子のセクシャリティも恋人関係も知らないままお父さんたちは過ごしてきたんだぞ。こんな形で真実を知った今、どんな気持ちかお前にはわかるか?」
何も返せなかった。
俺は俺自身と晴矢の気持ちだけを優先し、大事な両親に対して真実を告げることを避けていたのは事実だ。
晴矢と別れたくないから……その理由だけで。
お父さんたちが落胆することも想像出来たのに。
「ごめんなさい……」
言いながら涙が溢れた。
隠していたこと、自分たちのことしか考えていなかったこと、期待していた息子像じゃなかったこと……
「でも……晴矢とは別れない。お父さんたちが俺に絶望したとしても、息子として受け入れられないとしても。晴矢と付き合っていることを恥じてはいない」
「良樹!」
お母さんがヒステリックに叫び、声を上げて泣き出した。
俺は不思議と自分の発した言葉で今まで感じていた息苦しさから解放された。
壊れるほど早かった心臓の鼓動が収まり、冷水を浴びたように冷たかった身体が熱を帯びてくるのがわかった。
「晴矢を悲しませたくはないから、この先もずっと一緒にいる」
涙は流れ続けるけど、お父さんとお母さんの顔を見てはっきりと伝えた。
「お父さん、何か言ってやってくださいよ! ウチのバカ息子に! お父さん!」
お母さんがお父さんの腕を握り泣きながら懇願しているが、お父さんは無表情のまま立ち上がった。
「……わかった」
俺の前に立つとそう一言残して、お父さんはリビングを出て行った。
残されたお母さんの泣き声だけがリビングに響いた。
誰かが遠くで俺を呼んでいる。
どうしてもっと近くで呼ばないんだ?
「良樹! 起きて! もうすぐおばさんたち帰って来る!」
「えっ!」
唐突に明確に晴矢の声が聞こえた。
俺は思わず飛び起きた。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
夕べ一睡も出来なかったせいか?
何も着ていない状態でベッドから出ると脱ぎ散らかしたはずの衣類が畳まれてまとめてある。
破り捨てたパッケージもキレイに片付いている。
既に身支度を終えている晴矢がやってくれたのか。
「どうして? どれくらい寝ていた?」
「二時間ぐらいかな? 全然寝てなかったんだろ? あまりにも熟睡しているから起こさなかった。さっきトイレに行ったらちょうど留守電におばさんの声が入っていて。羽田に着いたっていうから、もう少しで着くと思うよ」
「マジか」
俺は机の上に置いたスマホを取り上げる。
何回か着信があり、LINEにもメッセージが届いている。
「お前は大丈夫か?」
「うん、俺は一時間前から起きていたから。それにちゃんと鏡でチェックした」
え? 何を?
晴矢が首の周りに手をあてる。
「そ、そうか……」
「……二回だったし、ちょっと激しかったから気になって」
「うん……」
若干気まずい……
「そうだ、写真立ての後ろにこれ見つけたけど……」
「何?」
「スマホに入っていた画像、プリントアウトしていたんだな。知らなかった。良樹って意外と女子っぽいね」
俺がスマホで撮った画像をプリントアウトして入れてあるアルバムを見せられた。
写真として収集しておきたいことは女子っぽいことなのか?
「俺と晴矢の歴史だからちゃんと残しておきたくて」
「そういうところマメだよね。中学の時のバスケの部活の記録もそうだし」
晴矢がアルバムのページを一枚、一枚めくる。
俺と晴矢はもちろん、マトリョーシカ兄弟のブチも一緒に写っている写真も多い。
「これ、中学の時初めてマトリョーシカって言われた時の横並びの写真じゃん。こんなの撮ってったっけ?」
「ホラ、あいつ名前なんだっけ。や、山城が俺たちをからかう為に撮ったんだよ」
「ブチがまだ子供だな。なんか可愛い」
晴矢がブチの写真の上に指を置いてなぞる。
「りっちゃんがショックを受けた観覧車のキス写真だ」
「でも今見ても光の入り方とか芸術的じゃね?」
「良樹も自分で自分のこと褒めることあるんだね」
高校の時、ブチとブチの彼女のりっちゃんと、俺たちでWデートした遊園地の観覧車の中でキスをした写真を何枚か撮った。
そのキスをしている瞬間を見たりっちゃんがショックを受けて、初めてブチと俺たちの間に亀裂が入りそうになったことがある。
それでもあの頃は二人のキスを見られても何とも思わなかった自分がいた。
「え、これいつ撮ったんだ?」
「うん? 初めての日。お前が寝ていた顔が可愛くて撮った」
「ちょ、これ絶対人に見られたくない。知らなかったよ、撮られているの。ホント良樹はやることが大胆過ぎる」
照れ隠しなのか、晴矢が早口になる。
初めて晴矢と結ばれた日、疲れて寝ている晴矢の顔が愛おしくて、スマホのシャッターを押し続けていた。
絶対に誰にも渡さないと誓ったことを思い出す。
「改めて見るとよく撮っていたなー。晴矢の家に持っていこうと思って忘れていた。この二年分も加えなきゃな」
「っていうかホントに誰かに見られたらマズいよ。誰がどう見ても恋人同士にしか見えない」
「だってそうだろ」
「そうだけど……」
晴矢が気まずそうな顔をしながら俺がアルバムをパラパラとめくるのを見ていると、インターフォンが鳴った。
「帰ってきた!」
俺はアルバムをベッドの上に放り投げると急いで二階から一階へ階段を駆け下りた。
🔸🔸🔸
二年ぶりに会ったお母さんは想像通り俺を抱きしめて泣いた。
お父さんには男らしくなったなと肩を叩かれた。
晴矢には真っ先に俺がお世話になっているお礼を言い、タイの土産を山ほど渡していた。
おじさんの予定を聞いて晴矢の家に挨拶に行くという話になった。
俺はお父さんたちが日本に滞在している二週間は実家で過ごすことに決め、とりあえず必要なものを晴矢の家に取りに行くことにした。
「やっぱりおばさんは泣いたね。俺もちょっとウルっときた。良樹も嬉しかっただろ?」
「うん。二人とも元気そうで良かった。ZOOMで話していても画面越しと直に会うのではやっぱり違うよなー」
「だよね」
「……二週間別に暮らすことになるけど、寂しい?」
「……言わない」
「どうして?」
「口にしたらその気持ちで心が溢れちゃうから」
「ピュアだな、晴矢は」
「良樹には負けるけど」
平日の帰宅ラッシュの電車内は上り方面でも混んでいる。
必然的に俺と晴矢の身体が密着する。
二年間、この距離からひと時も離れることがなかった。
電車に揺られながら既に寂しい気持ちが募る。
たった二週間なのに……
晴矢の家に着くと水槽がリビングに置かれていた。
俺が取った金魚を入れるための水槽。
キーちゃんが水をいれている最中だった。
「ただいま。わ、もう届いたんだ」
「あ、おかえりー。そうあまりに早くてビックリしちゃった」
「ちょっと待って、手伝うよ」
「良樹くん、お家の方は大丈夫?」
水槽をぼおっと見ていた俺はキーちゃんの言葉に反応が遅くなる。
「良樹くん? どうかした?」
「あ、ええ。二人とも今日帰って来ので、二週間実家に戻ることにしました」
「そうなのね。お父様たち、良樹くんが大人っぽくなってビックリなさっていたでしょ」
「おばさんはやっぱり泣いていたよ。俺ももらい泣きしそうになった」
「そうよね……良樹くんも嬉しいわよね」
「はい。この二年間寂しくはなかったですけど、やっぱり会うと嬉しいです」
「うん。うん」
俺は二階に上がり、実家に持っていく荷物をまとめる。
大学も実家から通うことになるからとりあえず、全ての教材を詰め込む。
服も何枚か。
後は何を持っていけばいいのか……
足りなければ取りにくればいいし、晴矢に大学に持ってきてもらえばいい。
たった二週間だ、もっとシンプルに考えよう。
荷物を持って一階に降りると、晴矢がタイの土産をキーちゃんと開けていた。
ドライフルーツやお菓子など様々なものがダイニングテーブルに並べられている。
「良樹くん、お土産ありがとう。ご両親にくれぐれもよろしく伝えてね。マンダリンホテルのクッキーとか、カルマカメットのハンドクリームとか、お土産のセンスが良すぎるわ」
「え、そうなんですか? 重かったけど喜んでもらえたなら良かった」
「父さんの予定聞いておいた。明後日なら何時でも大丈夫ですっておばさんに伝えておいて」
「わかった。あ、金魚は?」
「見て、見てー」
キーちゃんがセッティングした水槽には真っ赤な金魚が気持ちよさそうに泳いでいた。
「やっぱり可愛いな」
「だな。屋台の金魚の育て方は難しいって聞いたことあるけど……」
「そこは僕に任せて! お客さんに詳しい方がいてバッチリ聞いてきたから。一匹も死なせないわよ」
「流石キーちゃん。二週間後に良樹が戻ってきてもきっと元気に泳いでいるよ」
晴矢が愛おしそうな表情で水槽の中の金魚を目で追っている。
俺は晴矢の肩を抱きながら同じように金魚を目で追っていた。
🔸🔸🔸
一緒に家まで行くと言う晴矢を断り、家に向かう。
そういえば、コンビニで山ほど買って来た食料品を何一つ食べていないことに気が付いた。
あれほど腹が減っていたはずなのに、晴矢と会った途端空腹感が満たされた。
お母さんは夕飯の準備をしているかな?
久々に手料理が食べられるかな?
そんなことを思いながら玄関に入る。
「ただいま」
おかえりの声は聞こえない。
リビングに入ると二人が深刻な顔をしてソファに座っていた。
「ただいま……どうかした?」
お母さんは大きなため息をつき、お父さんはテーブルの上にある物を指さした。
指さされた先にあったのは、俺がさっきベッドに放り出したアルバムだった。
まさか……
「え……」
「……疑っていなかったわけじゃないのよ。あんたたち、本当にいつも一緒だったし。でもね、まさかねって。小学生の時は女の子からバレンタインに山ほどチョコレートもらってきていたじゃない。確か、好きな子もいたわよね? 一緒にお返しのキャンディー買いにいったりしたでしょ……」
お母さんが頭を振る。
お父さんは無表情のままだ。
俺は屋台の前で晴矢の手を振りほどいた時の息苦しさを感じ、手が震え冷たくなっていくのがわかる。
周りの目なんてどうってことなかった。
実の親にこんな形で知られることの方が怖い。
何も言わずにこの場から逃げ出したいのに、心臓の鼓動が早くて苦しくて、その場に跪く。
二人の顔を見るのが怖くて頭を上げることすら出来ない。
「で、いつからなんだ。写真を見る限りは高校生になってからに見えるが。お前が日本に残ると固辞したのは晴矢くんとのことがあったからか?」
「……」
「良樹! お父さんが聞いているのよ、ちゃんと答えなさい!」
お母さんの声が大きくなる。
俺は堂々と伝えるべきなのに、言葉が出てこない。
「良樹!」
「ち、中学生の時から俺はずっと晴矢が好きだった。守ってやりたかった」
「向こうのお父様は知っているの? 知っていたら同居なんておっしゃらなかったわよね? だって……」
「知っている。俺たちが付き合いだした時から、おじさんはこのことを受け入れてくれている」
「はぁー?」
お母さんがより大きなため息をつく。
タイに行かないとモメた時のように倒れるのではないかと心配になる。
俺自身、この息苦しさから倒れてしまいそうになるところを必死に保っている。
「ということは、我々だけが何も知らずにいたってことか。先野さんはお前たちのことを知ったうえで、我々には何も言わずによろしくやろうとしていた。バカにされたものだな」
「お父さん、それは違うよ! おじさんはそんな人じゃない。純粋に俺が日本に残りたいという気持ちを汲んでくれただけで、お父さんたちを騙すようなことはしないよ」
「実際にこの何年間も一人息子のセクシャリティも恋人関係も知らないままお父さんたちは過ごしてきたんだぞ。こんな形で真実を知った今、どんな気持ちかお前にはわかるか?」
何も返せなかった。
俺は俺自身と晴矢の気持ちだけを優先し、大事な両親に対して真実を告げることを避けていたのは事実だ。
晴矢と別れたくないから……その理由だけで。
お父さんたちが落胆することも想像出来たのに。
「ごめんなさい……」
言いながら涙が溢れた。
隠していたこと、自分たちのことしか考えていなかったこと、期待していた息子像じゃなかったこと……
「でも……晴矢とは別れない。お父さんたちが俺に絶望したとしても、息子として受け入れられないとしても。晴矢と付き合っていることを恥じてはいない」
「良樹!」
お母さんがヒステリックに叫び、声を上げて泣き出した。
俺は不思議と自分の発した言葉で今まで感じていた息苦しさから解放された。
壊れるほど早かった心臓の鼓動が収まり、冷水を浴びたように冷たかった身体が熱を帯びてくるのがわかった。
「晴矢を悲しませたくはないから、この先もずっと一緒にいる」
涙は流れ続けるけど、お父さんとお母さんの顔を見てはっきりと伝えた。
「お父さん、何か言ってやってくださいよ! ウチのバカ息子に! お父さん!」
お母さんがお父さんの腕を握り泣きながら懇願しているが、お父さんは無表情のまま立ち上がった。
「……わかった」
俺の前に立つとそう一言残して、お父さんはリビングを出て行った。
残されたお母さんの泣き声だけがリビングに響いた。



