晴矢の家で同居してからも実家には月に一回は帰り、窓を開けて換気をしたり掃除をしたり、留守電の確認をしている。
晴矢も一緒に付いてくることも多い。
両親がタイに行って既に二年経っているが、赴任期間は五年間の為、日本に帰って来る時には俺は大学を卒業して就職しているはずだ。
大学二年生になってそろそろ就職も考え始めなければいけないが、未だバイトすら決まっていない。
梅雨の時期になり、バイトを探すこと自体が面倒になっている。
「で、いつおばさん達帰って来るの?」
「ああ、来週には着くらしい」
「二年ぶりだよね?」
「そうだな」
両親が一時帰国することが決まった。
お父さんが東京の本社で研修を受けるための一時帰国にお母さんも付いてくる。
二年ぶりに顔を合わすことが出来る。
「やっぱり嬉しいだろ」
リビングの窓を開けながら晴矢が聞いてくる。
「うん。なんだかんだ二年なんてあっという間だったし、晴矢やおじさん、キーちゃんのお陰で寂しいと感じたことは無かったけど、やっぱりお父さんやお母さんに会えるのは嬉しいかな」
「そうだよ。おばさんなんて良樹の顔見たら泣いちゃうんじゃない?」
晴矢が楽しそうに笑う。
その笑顔を見ながら晴矢と付き合っていることを両親に伝えると意気込んでいたことを思い出す。
付き合いだした頃は怖いものなど何もなく、両親にも何の迷いもなく話せると思っていた。
中学も高校も男子しか居ない環境では、常に晴矢と一緒に行動していても誰も違和感は持たなかった。
だが、男女共学になり常に男二人だけで行動している事自体、周りからどう見られているのかが気になるようになった。
周りの環境が変化すると高校生の時のような純粋な気持ちだけで押し通せないことがわかり、今は正直に話せる自信が無くなっている。
「良樹どうした?」
「え?」
「なんか、怖い顔している。何考えているの?」
俺の些細な表情の変化にも晴矢は敏感だ。
「俺たちのことをお父さんたちに話すタイミングなのか考えていた」
「あ……うん」
必ずしも肯定的に受け入れられるとも思えない。
俺がタイに行かないとモメた時の二の舞になる可能性もある。
「……高校生の時はあんなにイキがっていたのに、なんだか弱気になっている。情けないな」
晴矢の顔が見られず思わず下を向くと、晴矢が俺の手を握る。
「おばさんたちにも認めて欲しいけど、リスクがあることはわかっている。隠しておいていいはずないってことも。良樹はおばさんたちに嘘つきたくないよね?」
「うん」
「伝えるか伝えないかは良樹が決めていいよ。俺はどんな結果になっても絶対に良樹のそばから離れることはないから」
晴矢の意志は強い。
傷つきやすいが、決して崩れることはない。
「絶対に俺から離れない?」
「うん。引き裂かれようとしてもこの手は絶対に離さないから、覚悟しろよ」
晴矢がからかうように話す。
俺は晴矢に固く握られている手を見つめる。
「……最終的に晴矢の腕だけが残ったらお前ゾンビだな」
「おいっ!」
晴矢に勢いよく肩を叩かれると、花火が上がる音がした。
「え? この時間に花火?」
「あー、今日は近くの神社でお祭りがあったはず。タイミングいいな。行こうぜ、晴矢」
「まだ六月なのに?」
「夏だけが祭りの時期じゃないんだなー、これが。小さい神社だけど屋台も多いから楽しいよ」
「へー。行こう! 行こう!」
俺たちは軽く掃除をし、戸締りをすると家を出た。
🔸🔸🔸
神社の周りには屋台が多く並んでいた。
金魚すくいや射的、輪投げ等のゲームからたこ焼き、綿あめ、りんご飴などの食べ物まで。
屋台のお客を呼び込む声や、お囃子の音がお祭り気分を盛り上げる。
晴矢は全てが珍しいらしく、一つ一つの店の前で立ち止まる。
「祭りって来たことなかったっけ?」
「無いよ。ウチの周りではやってないし、花火大会も行ったことないし」
「そっか。じゃあ何かやろうぜ」
「うーん……やっぱり金魚すくいかな? 良樹は上手?」
「小学生の時はわりと得意だったけど。とりあえずやってみる」
俺は小学生や中学生に混ざって、金魚すくいにトライした。
最初は感覚を忘れていたが、一匹すくうとコツを思い出し次から次へとポイが金魚をすくう。
「えっ! すごいよ! 良樹! すごい! すごい!」
周りに居る誰よりも大きな声で興奮して叫んでいる晴矢の声に応えるべく調子に乗ってすくっていると、屋台のおじさんからストップを掛けられた。
「兄ちゃん。これぐらいにしといてや」
実際、器の中にはかなりの数の金魚が入っていた。
「良樹! すげー! こんなに取れちゃうんだね!」
金魚すくいをしている俺よりも見ているだけの晴矢の方がよっぽど興奮していて、俺は嬉しくなった。
しかし、これだけの金魚をどうしたものか……
「これ、持って帰れるの?」
「ああ。でも晴矢の家に水槽ないよな?」
「良樹の戦利品だから絶対持って帰る」
晴矢はビニール袋の水の中で泳いでいる金魚を嬉しそうに眺めている。
「そんなに嬉しい?」
「こんなに小さくて可愛いし。それに良樹の実力で勝ち取ったものだよ」
「そんな大層なことしてないけどな」
屋台の金魚すくいでこれだけ喜んでもらえるなら幾らでもやってやると思っていると、晴矢が俺の頬にキスをした。
あまりにも突然のことに俺は思わず周りに目をやる。
「晴矢! 誰が見ているかわからないだろ」
「どうして? 嬉しかったから感謝の気持ちを表しただけだよ。高校の頃は良樹の方がこういうことしていただろ」
「そうだけど……」
「あ、りんご飴食べようー」
晴矢は俺の手を取ると恋人繋ぎをして目的の屋台に向かって歩き出した。
周りには家族連れやカップルも大勢居る中、普通に手を繋いで歩いている。
俺はやはり周りの目が気になる。
確かに高校の頃は自分の気持ちに正直に動いていたけど、今は周りの反応が怖い。
俺は息が詰まりそうに苦しくなり晴矢と繋いでいる手を乱暴に振り払った。
その行動に晴矢は驚き、立ち止まると俺の顔を見つめる。
心臓の鼓動が早くなり、晴矢と視線を合わせられずに反対側に顔を向けた。
俺たちだけがストップモーションのように止まり、周りでは人々が騒がしく行き来し、祭囃子の音だけが聞こえる。
俺は沈黙が怖くなり、晴矢に顔を向けるといきなり晴矢が走り出した。
「晴矢!」
俺は人の流れに逆らいながら走っていく晴矢を追いかけた。
今、自分がしたことを悔やみながら、でもどうすべきだったのかわからないまま。
🔸🔸🔸
人ごみに紛れて晴矢を見失った。
晴矢の足は速い。
神社の周りを何周も走ったが結局見つけられなかった。
電話をしてもLINEをしても繋がらない。
あんなに乱暴に手を振り払うべきじゃなかった。
晴矢を傷つける奴は許せないと言っておきながら、俺自身が一番傷つけているじゃないか。
金魚すくいであれだけ喜んでいた晴矢を、嬉しくて俺の手を握った晴矢を、どうしてあんなに邪険に扱えるんだ。
ヨーヨーや綿あめを持ちながら楽しそうに行き交う人の群れを見ながら、俺たちも同じように楽しんでいたはずだったのにと後悔する。
結局、晴矢の家には戻らずに自分の家に戻った。
晴矢が無事に家に戻っているかを確認するためにキーちゃんに連絡を入れる。
「さっき晴矢くんは帰って来たけど、良樹くんはどこ?」
「あ、今日は自分の家に泊まります。来週お母さんたち帰って来るので、もう少し片付けておきたくて」
「そうなのね、了解。ああ、そういえば晴矢くん金魚たくさん持って帰って来たけど。良樹くんが金魚すくいしたんだって? すごい数取ったね」
「ええ、まあ」
「晴矢くんと僕とで色々ネット探して水槽注文しておいたから」
「ありがとうございます」
晴矢は無事に家に帰っていた。
俺がすくった金魚も一緒に。
人の機微に敏感なキーちゃんが何も言わないということは、晴矢はいつもと変わらないように見せているということなのか。
色々推測したところで意味が無い事はわかっている。
俺が戻って晴矢に謝ればいいだけのことなのに、自ら距離を置いている。
「あーーったく!」
誰もいない部屋で大声を出して発散する。
自分の情けなさと晴矢に対しての申し訳なさとに対して。
「お前の事をこんなにも愛しているのに、勝手に拗らせてゴメンな」
自分の部屋の机の上に飾ってある高校の時に撮った写真を見ながら謝っていた。
🔸🔸🔸
「え? 予定よりも早くなったの?」
『そうなのよ。だから今日これから空港に向かうわ』
翌朝一番にお母さんから電話があった。
来週の帰国が前倒しになったらしい。
なんとなく俺はホッとしていた。
お母さんたちの帰国を理由にこの家に留まる理由が出来たから。
でもそれは晴矢から逃げていることに過ぎない。
やはり一旦は晴矢の家に戻り、晴矢と話すべきだと一晩寝ずに考えていたが、気持ちとは裏腹に行動が追い付かない。
恐らく、晴矢も眠れずに過ごしているはず。
「腹減ったな……」
昨日から何も食べていないし、空腹では頭が回らない。
俺はコンビニに向かう。
月曜日は3限までの講義があったが、教材は全て晴矢の家に置いてきたため実質サボることになった。
自分の体たらくに呆れる。
コンビニでコーヒーやおにぎり、菓子パンなど目につくものをカゴに入れた。
一人で食べるには量が多すぎる気もするが、飢餓感が勝る。
無意識に晴矢が好きなプリンもカゴに入れていた。
雨が降りそうな空を見上げながらコンビニの袋を手にブラブラと家に戻る道を歩く。
普段、大学構内でしかコンビニを使うことが無い。
晴矢の家に居ると、常にサワさんやキーちゃんが最高な料理を用意してくれているから。
俺はどれだけ贅沢な時間を過ごさせてもらっていたのだろうかと思う。
「……晴矢……」
自分で自分の独り言に驚く。
これだけ晴矢を思っているなら行動に移せ!
自分にツッコみながら歩いていると家の前に人影が見えた。
「晴矢!」
心の中で欲していた晴矢だった。
俺は走り出すと晴矢を抱きしめた。
「ごめん晴矢、ごめん」
晴矢は俺に抱きしめられたまま何も言わない。
俺は不安になり身体を離し晴矢の顔を見る。
「……人の目は気にしないのか?」
微笑んでいる晴矢が居た。
🔸🔸🔸
まだ陽も高いのにベッドの中で二人してまどろむ。
家に入るなり俺は晴矢を強く抱きしめるとそのまま唇を奪った。
晴矢もそれに応える。
どれだけ互いを必要としていたかを確認するように。
俺の腕の中にすっぽりと納まっている晴矢の頭やおでこにキスをする。
時々晴矢は上目遣いに俺を見て、唇へのキスを要求する。
「ちょっと布団がカビ臭いかも……」
「昨日干したのにな……」
「でも良樹の香水の匂いで貸し消されている気もする」
「高校生の時にお前が俺の誕生日にくれた香水、全部使いきったと思ったけど少し残っていた」
「うん。これは良樹の匂い」
そう言うと晴矢は俺の肩にキスをする。
それを合図に俺は昨日の行為について口を開く。
「ごめん……本当にごめん。昨日のあの態度は無かったと思っている」
「……確かに驚いたけど、良樹のせいで走り出したわけじゃないよ」
「そうなのか?」
晴矢は両肘をついて上半身を起こすと小さくため息を吐く。
「良樹に手をほどかれて気づいた。周りにあれだけの人がいるってこと。で、恥ずかしくなってその場から逃げた。良樹が嫌なわけじゃなくて、自分のしたことに対して何しているんだろって目が覚めたってこと」
晴矢の意外な言葉に驚く。
「周りが見えなくなるほど嬉しかったけど、流石にちょっとビビって反省した。もっと慎重に行動すべきだなって。だから良樹が誤解しているだろうなって思って、朝早くここに来た」
俺はその言葉が嬉しくて思わず笑みがこぼれてしまう。
俺の顔を見た晴矢が呆れたような表情を浮かべる。
「良樹、ニヤけ過ぎ……」
「晴矢の言葉が嬉しくてさ。俺が誤解していただけってわかって安心した」
「でもあの手の振りほどき方は無いよ。流石にあれは傷つく!」
「確かに……ごめん」
晴矢が俺のひたいに軽くげんこつを落とす。
「良樹が高校生の頃よりも慎重になっている気持ちがわかった。いつも自分の気持ちに正直に動く良樹が、最近ためらっていることが気になっていたけど。もう高校という閉鎖された場所に居るわけじゃないんだなって実感した」
「俺は晴矢とずっと一緒に居たいから、もっと慎重になるべきだって思っている。庄野がお前のことを同性が好きだとわかっているって話を聞いて、余計に周りの反応が気になって弱気になっている。皆がみんな、ブチやおじさん、キーちゃんみたいに理解してくれるわけじゃないと思うから」
晴矢が俺の顔を見つめる。
いつもは俺が晴矢の顔をずっと見つめているのに。
「やっぱり良樹から学ぶことが多いな。ずっと先の事を考えて行動しているよね。俺はその理解に追いつくのに時間がかかるから」
「でも、最終的に晴矢は自分で咀嚼して理解するだろ。だから信頼している」
晴矢の白くて小さな顔を両手で包む。
「俺は晴矢と居ればこの先も色々な事を乗り越えていけると思っている。だから誤解があればこうやって話し合って解決していきたい」
「良樹と居れば何も怖くないよ」
俺は晴矢を抱きしめながらキスをした。
晴矢も一緒に付いてくることも多い。
両親がタイに行って既に二年経っているが、赴任期間は五年間の為、日本に帰って来る時には俺は大学を卒業して就職しているはずだ。
大学二年生になってそろそろ就職も考え始めなければいけないが、未だバイトすら決まっていない。
梅雨の時期になり、バイトを探すこと自体が面倒になっている。
「で、いつおばさん達帰って来るの?」
「ああ、来週には着くらしい」
「二年ぶりだよね?」
「そうだな」
両親が一時帰国することが決まった。
お父さんが東京の本社で研修を受けるための一時帰国にお母さんも付いてくる。
二年ぶりに顔を合わすことが出来る。
「やっぱり嬉しいだろ」
リビングの窓を開けながら晴矢が聞いてくる。
「うん。なんだかんだ二年なんてあっという間だったし、晴矢やおじさん、キーちゃんのお陰で寂しいと感じたことは無かったけど、やっぱりお父さんやお母さんに会えるのは嬉しいかな」
「そうだよ。おばさんなんて良樹の顔見たら泣いちゃうんじゃない?」
晴矢が楽しそうに笑う。
その笑顔を見ながら晴矢と付き合っていることを両親に伝えると意気込んでいたことを思い出す。
付き合いだした頃は怖いものなど何もなく、両親にも何の迷いもなく話せると思っていた。
中学も高校も男子しか居ない環境では、常に晴矢と一緒に行動していても誰も違和感は持たなかった。
だが、男女共学になり常に男二人だけで行動している事自体、周りからどう見られているのかが気になるようになった。
周りの環境が変化すると高校生の時のような純粋な気持ちだけで押し通せないことがわかり、今は正直に話せる自信が無くなっている。
「良樹どうした?」
「え?」
「なんか、怖い顔している。何考えているの?」
俺の些細な表情の変化にも晴矢は敏感だ。
「俺たちのことをお父さんたちに話すタイミングなのか考えていた」
「あ……うん」
必ずしも肯定的に受け入れられるとも思えない。
俺がタイに行かないとモメた時の二の舞になる可能性もある。
「……高校生の時はあんなにイキがっていたのに、なんだか弱気になっている。情けないな」
晴矢の顔が見られず思わず下を向くと、晴矢が俺の手を握る。
「おばさんたちにも認めて欲しいけど、リスクがあることはわかっている。隠しておいていいはずないってことも。良樹はおばさんたちに嘘つきたくないよね?」
「うん」
「伝えるか伝えないかは良樹が決めていいよ。俺はどんな結果になっても絶対に良樹のそばから離れることはないから」
晴矢の意志は強い。
傷つきやすいが、決して崩れることはない。
「絶対に俺から離れない?」
「うん。引き裂かれようとしてもこの手は絶対に離さないから、覚悟しろよ」
晴矢がからかうように話す。
俺は晴矢に固く握られている手を見つめる。
「……最終的に晴矢の腕だけが残ったらお前ゾンビだな」
「おいっ!」
晴矢に勢いよく肩を叩かれると、花火が上がる音がした。
「え? この時間に花火?」
「あー、今日は近くの神社でお祭りがあったはず。タイミングいいな。行こうぜ、晴矢」
「まだ六月なのに?」
「夏だけが祭りの時期じゃないんだなー、これが。小さい神社だけど屋台も多いから楽しいよ」
「へー。行こう! 行こう!」
俺たちは軽く掃除をし、戸締りをすると家を出た。
🔸🔸🔸
神社の周りには屋台が多く並んでいた。
金魚すくいや射的、輪投げ等のゲームからたこ焼き、綿あめ、りんご飴などの食べ物まで。
屋台のお客を呼び込む声や、お囃子の音がお祭り気分を盛り上げる。
晴矢は全てが珍しいらしく、一つ一つの店の前で立ち止まる。
「祭りって来たことなかったっけ?」
「無いよ。ウチの周りではやってないし、花火大会も行ったことないし」
「そっか。じゃあ何かやろうぜ」
「うーん……やっぱり金魚すくいかな? 良樹は上手?」
「小学生の時はわりと得意だったけど。とりあえずやってみる」
俺は小学生や中学生に混ざって、金魚すくいにトライした。
最初は感覚を忘れていたが、一匹すくうとコツを思い出し次から次へとポイが金魚をすくう。
「えっ! すごいよ! 良樹! すごい! すごい!」
周りに居る誰よりも大きな声で興奮して叫んでいる晴矢の声に応えるべく調子に乗ってすくっていると、屋台のおじさんからストップを掛けられた。
「兄ちゃん。これぐらいにしといてや」
実際、器の中にはかなりの数の金魚が入っていた。
「良樹! すげー! こんなに取れちゃうんだね!」
金魚すくいをしている俺よりも見ているだけの晴矢の方がよっぽど興奮していて、俺は嬉しくなった。
しかし、これだけの金魚をどうしたものか……
「これ、持って帰れるの?」
「ああ。でも晴矢の家に水槽ないよな?」
「良樹の戦利品だから絶対持って帰る」
晴矢はビニール袋の水の中で泳いでいる金魚を嬉しそうに眺めている。
「そんなに嬉しい?」
「こんなに小さくて可愛いし。それに良樹の実力で勝ち取ったものだよ」
「そんな大層なことしてないけどな」
屋台の金魚すくいでこれだけ喜んでもらえるなら幾らでもやってやると思っていると、晴矢が俺の頬にキスをした。
あまりにも突然のことに俺は思わず周りに目をやる。
「晴矢! 誰が見ているかわからないだろ」
「どうして? 嬉しかったから感謝の気持ちを表しただけだよ。高校の頃は良樹の方がこういうことしていただろ」
「そうだけど……」
「あ、りんご飴食べようー」
晴矢は俺の手を取ると恋人繋ぎをして目的の屋台に向かって歩き出した。
周りには家族連れやカップルも大勢居る中、普通に手を繋いで歩いている。
俺はやはり周りの目が気になる。
確かに高校の頃は自分の気持ちに正直に動いていたけど、今は周りの反応が怖い。
俺は息が詰まりそうに苦しくなり晴矢と繋いでいる手を乱暴に振り払った。
その行動に晴矢は驚き、立ち止まると俺の顔を見つめる。
心臓の鼓動が早くなり、晴矢と視線を合わせられずに反対側に顔を向けた。
俺たちだけがストップモーションのように止まり、周りでは人々が騒がしく行き来し、祭囃子の音だけが聞こえる。
俺は沈黙が怖くなり、晴矢に顔を向けるといきなり晴矢が走り出した。
「晴矢!」
俺は人の流れに逆らいながら走っていく晴矢を追いかけた。
今、自分がしたことを悔やみながら、でもどうすべきだったのかわからないまま。
🔸🔸🔸
人ごみに紛れて晴矢を見失った。
晴矢の足は速い。
神社の周りを何周も走ったが結局見つけられなかった。
電話をしてもLINEをしても繋がらない。
あんなに乱暴に手を振り払うべきじゃなかった。
晴矢を傷つける奴は許せないと言っておきながら、俺自身が一番傷つけているじゃないか。
金魚すくいであれだけ喜んでいた晴矢を、嬉しくて俺の手を握った晴矢を、どうしてあんなに邪険に扱えるんだ。
ヨーヨーや綿あめを持ちながら楽しそうに行き交う人の群れを見ながら、俺たちも同じように楽しんでいたはずだったのにと後悔する。
結局、晴矢の家には戻らずに自分の家に戻った。
晴矢が無事に家に戻っているかを確認するためにキーちゃんに連絡を入れる。
「さっき晴矢くんは帰って来たけど、良樹くんはどこ?」
「あ、今日は自分の家に泊まります。来週お母さんたち帰って来るので、もう少し片付けておきたくて」
「そうなのね、了解。ああ、そういえば晴矢くん金魚たくさん持って帰って来たけど。良樹くんが金魚すくいしたんだって? すごい数取ったね」
「ええ、まあ」
「晴矢くんと僕とで色々ネット探して水槽注文しておいたから」
「ありがとうございます」
晴矢は無事に家に帰っていた。
俺がすくった金魚も一緒に。
人の機微に敏感なキーちゃんが何も言わないということは、晴矢はいつもと変わらないように見せているということなのか。
色々推測したところで意味が無い事はわかっている。
俺が戻って晴矢に謝ればいいだけのことなのに、自ら距離を置いている。
「あーーったく!」
誰もいない部屋で大声を出して発散する。
自分の情けなさと晴矢に対しての申し訳なさとに対して。
「お前の事をこんなにも愛しているのに、勝手に拗らせてゴメンな」
自分の部屋の机の上に飾ってある高校の時に撮った写真を見ながら謝っていた。
🔸🔸🔸
「え? 予定よりも早くなったの?」
『そうなのよ。だから今日これから空港に向かうわ』
翌朝一番にお母さんから電話があった。
来週の帰国が前倒しになったらしい。
なんとなく俺はホッとしていた。
お母さんたちの帰国を理由にこの家に留まる理由が出来たから。
でもそれは晴矢から逃げていることに過ぎない。
やはり一旦は晴矢の家に戻り、晴矢と話すべきだと一晩寝ずに考えていたが、気持ちとは裏腹に行動が追い付かない。
恐らく、晴矢も眠れずに過ごしているはず。
「腹減ったな……」
昨日から何も食べていないし、空腹では頭が回らない。
俺はコンビニに向かう。
月曜日は3限までの講義があったが、教材は全て晴矢の家に置いてきたため実質サボることになった。
自分の体たらくに呆れる。
コンビニでコーヒーやおにぎり、菓子パンなど目につくものをカゴに入れた。
一人で食べるには量が多すぎる気もするが、飢餓感が勝る。
無意識に晴矢が好きなプリンもカゴに入れていた。
雨が降りそうな空を見上げながらコンビニの袋を手にブラブラと家に戻る道を歩く。
普段、大学構内でしかコンビニを使うことが無い。
晴矢の家に居ると、常にサワさんやキーちゃんが最高な料理を用意してくれているから。
俺はどれだけ贅沢な時間を過ごさせてもらっていたのだろうかと思う。
「……晴矢……」
自分で自分の独り言に驚く。
これだけ晴矢を思っているなら行動に移せ!
自分にツッコみながら歩いていると家の前に人影が見えた。
「晴矢!」
心の中で欲していた晴矢だった。
俺は走り出すと晴矢を抱きしめた。
「ごめん晴矢、ごめん」
晴矢は俺に抱きしめられたまま何も言わない。
俺は不安になり身体を離し晴矢の顔を見る。
「……人の目は気にしないのか?」
微笑んでいる晴矢が居た。
🔸🔸🔸
まだ陽も高いのにベッドの中で二人してまどろむ。
家に入るなり俺は晴矢を強く抱きしめるとそのまま唇を奪った。
晴矢もそれに応える。
どれだけ互いを必要としていたかを確認するように。
俺の腕の中にすっぽりと納まっている晴矢の頭やおでこにキスをする。
時々晴矢は上目遣いに俺を見て、唇へのキスを要求する。
「ちょっと布団がカビ臭いかも……」
「昨日干したのにな……」
「でも良樹の香水の匂いで貸し消されている気もする」
「高校生の時にお前が俺の誕生日にくれた香水、全部使いきったと思ったけど少し残っていた」
「うん。これは良樹の匂い」
そう言うと晴矢は俺の肩にキスをする。
それを合図に俺は昨日の行為について口を開く。
「ごめん……本当にごめん。昨日のあの態度は無かったと思っている」
「……確かに驚いたけど、良樹のせいで走り出したわけじゃないよ」
「そうなのか?」
晴矢は両肘をついて上半身を起こすと小さくため息を吐く。
「良樹に手をほどかれて気づいた。周りにあれだけの人がいるってこと。で、恥ずかしくなってその場から逃げた。良樹が嫌なわけじゃなくて、自分のしたことに対して何しているんだろって目が覚めたってこと」
晴矢の意外な言葉に驚く。
「周りが見えなくなるほど嬉しかったけど、流石にちょっとビビって反省した。もっと慎重に行動すべきだなって。だから良樹が誤解しているだろうなって思って、朝早くここに来た」
俺はその言葉が嬉しくて思わず笑みがこぼれてしまう。
俺の顔を見た晴矢が呆れたような表情を浮かべる。
「良樹、ニヤけ過ぎ……」
「晴矢の言葉が嬉しくてさ。俺が誤解していただけってわかって安心した」
「でもあの手の振りほどき方は無いよ。流石にあれは傷つく!」
「確かに……ごめん」
晴矢が俺のひたいに軽くげんこつを落とす。
「良樹が高校生の頃よりも慎重になっている気持ちがわかった。いつも自分の気持ちに正直に動く良樹が、最近ためらっていることが気になっていたけど。もう高校という閉鎖された場所に居るわけじゃないんだなって実感した」
「俺は晴矢とずっと一緒に居たいから、もっと慎重になるべきだって思っている。庄野がお前のことを同性が好きだとわかっているって話を聞いて、余計に周りの反応が気になって弱気になっている。皆がみんな、ブチやおじさん、キーちゃんみたいに理解してくれるわけじゃないと思うから」
晴矢が俺の顔を見つめる。
いつもは俺が晴矢の顔をずっと見つめているのに。
「やっぱり良樹から学ぶことが多いな。ずっと先の事を考えて行動しているよね。俺はその理解に追いつくのに時間がかかるから」
「でも、最終的に晴矢は自分で咀嚼して理解するだろ。だから信頼している」
晴矢の白くて小さな顔を両手で包む。
「俺は晴矢と居ればこの先も色々な事を乗り越えていけると思っている。だから誤解があればこうやって話し合って解決していきたい」
「良樹と居れば何も怖くないよ」
俺は晴矢を抱きしめながらキスをした。



