そんなに見つめなくても、いつもそばにいるよ    ―大学生編

 ダイニングテーブルには所狭しと手巻き寿司用のネタが並んでいた。
 刺身以外にも、牛肉やチキン、アボガドなど何でもありだ。

「すごっ……流石キーちゃん」
「すごいでしょ! もっと褒めて褒めて!」
「いいから、早く食べよう。晴矢も良樹くんも座って」

 既に座って、海苔を片手に準備万端なおじさんに急かされる。

「いただきます!」

 俺も晴矢も話すことなく黙々と海苔を片手にネタを次から次へと巻いては口に運ぶ。
 おじさんも負けじと食べている。
 がっついている三人を呆れた顔をして見ているキーちゃんを横目に俺たちは箸を止めることが出来ない。

「まあ、ありがたいけどね。こんなにガツガツ食べてもらって」
「すごく美味しいです!」
「さすが、キーちゃん。お肉も美味しい」
「どんどん食べてねー。宗さん、イクラはほどほどにね。コレステロール値上がっちゃうから」
「そんなの気にしてられるか! 直人、ホントに美味いぞ」
「ちゃんと減塩醤油にした? あ、二人は普通のお醤油使ってね」

 おじさんはこの二年でかなり細くなった。
 キーちゃんがおじさんの健康を考えて塩分やカロリーを徹底的に管理した成果が出ている。
 おじさんは最初の頃は味が薄いとか量が足りないと文句を言ってはキーちゃんと言い合いになっていたけど、そのうち文句も言わずに食べるようになった。
 俺と晴矢でキーちゃんがどれだけおじさんのことを考えて料理を研究しているかを伝えた効果もありそうな気がする。
 俺が同居を始めた時期から、おじさんは遅くまで飲み歩くこともなく、仕事が終わればまっすぐに家に帰って来るようになった。
 入れ違いにキーちゃんはバーに出勤するけど、おじさんは時々キーちゃんを送って行ったり、迎えに行ったりもしている。
 ベタベタしてはいないけどお互いを気遣い、大切に思っている姿を見て、二人の関係は俺の理想像となった。

 あれだけあったネタとご飯が全て消えた。
 俺も晴矢も動けないほど満腹だった。

「で、晴矢は昨日何時に帰って来たんだ」

 一息つくとおじさんが晴矢に夕べのことを聞く。

「僕も心配していた。晴矢くんが一人で遅くに帰って来ることなかったし」
「ごめん……1時に家に着いた。友達と飲んでいただけだけど、遅くなっちゃった」
「……まあ、二十歳だし酒を飲んでもいいけどな。周りに心配だけはかけるなよ。お父さんはいつも良樹くんが一緒に居てくれるから安心していたけど、大学で知り合った友達との付き合いも今後も増えていくだろうから、全て良樹くん頼みともいかないだろうし」
「うん。良樹にもすごく心配されたし、もう無理なことはしないよ」
「ただ、交流関係は広く持っておけよ。この先、友人が多い事は決して悪い事ではないからな。まあ、人は選ぶ必要はあるが」

 おじさんの言葉に気づいたことがある。
 俺たちは狭い世界に居すぎるのではないだろうか。
 俺と晴矢の関係が変わらないのであれば、友人を増やすことを恐れる必要は無い。
 俺は俺自身で世界を閉じてしまっている気がした。

🔸🔸🔸

「さっきのおじさんの話だけどさ」
「え?」

 晴矢の部屋でさっき思ったことを口にする。

「俺たちもっと視野を広げるべきかなって」
「視野って?」
「この間キーちゃんにも言われたけど。大学に進んでさ、外部の奴らも多くなった中でもっと交流関係を広げるべきじゃないかな」
「……良樹はもっと友達を増やしたいの?」

 晴矢は納得してないような表情だ。

「うん」
「俺以外の奴とも一緒に居たいの?」
「そういうことじゃないよ。晴矢とはずっと一緒に居るし。でもそれと友達を増やすことは別」
「……わかんない。結局サークルだってノリが合わなそうだから入らなかったし。どこで友達を増やすんだよ。合コンに誘われて行きたいとかそういうこと?」
「なんだよ、それ。そんなこと言ってないだろ」

 晴矢の声に棘がある。
 庄野との一件から新しい人間関係に臆病になっているのかもしれない。
 俺は晴矢と庄野との関係で感じた気持ちを正直に伝えようと思った。

「お前と庄野が仲良くしているのを見て、正直俺は面白くなかったし、嫉妬もしていた。お前に対して独占欲が強くなっている自分に気づいて、自分自身でも嫌になっていた。だから新しい友達なんて必要ないとすら思っていたけど。でもやっぱりそれはおかしなことだなって思った」
「どうして?」
「色々な人と関わることで、俺たちの関係をもっと客観的に見られるんじゃないかなって思った。俺は特にお前がいると周りが見えなくなるし」
「距離を置きたいってこと?」
「違うよ。そういうことじゃなくて、他の人と交流することによってよりお前の大切さがわかると思うんだ。気づきというか、そういうものが必要なんじゃないかな」
「……ふーん。なんかさっき言っていたことと矛盾している気がする」
 
 晴矢は不服そうに俺を見る。
 俺が目の届かないところに行くなよと言ったことだろうか。

「独占欲が強くたっていいじゃん。嫉妬するぐらいなら俺をもっと束縛していいよって言ったじゃん。新しい友達なんていらないよ」

 何がそんなに嫌なのかわからない。

「俺は良樹が伊東さんと仲良くなっているのが嫌だった。共学だし女子が居ることは普通だけど、それならもっと複数の女子と仲良くなればいいのに、どうして彼女だけなんだよ。だから、庄野と付き合うことになったらそれはそれで良かったなって思った」
「え? 晴矢は晴矢で俺と伊東さんのことに嫉妬していたってこと?」
「高校の時の選抜のR校のマネージャーの件を思い出しちゃった」

 晴矢の隠していた気持ちを知った。
 何年経っても自分の気持ちを隠す晴矢には慣れているけど、流石にこれは想像もしていなかった。
 そもそも俺が女子と仲良くなったところで何が起こるわけでもないのに。
 一人、悶々としていたであろう晴矢を想像すると自然と笑いが出てしまう。

「ちょっ! ここ笑うところ? ひどい……良樹は俺のこと全然わかっていない」

 俺は晴矢の肩を抱くと顔を覗こうとするが背けられる。

「見るなよ。ったく……」
「可愛いな、晴矢は。どうして正直に口にしないんだ?」
「だって、ちょっと悔しいし」

 俺は晴矢を抱きしめる。
 いつまで経っても高校生の時の感性のままの晴矢が愛おしい。

「ごめん。俺だけ一方的に嫉妬していたかと思ったけど、お前も同じ気持ちだって気づかなかった。だから交流関係も広げたくないのか?」
「ずっとこのままでいいよ」

 晴矢が俺の胸に顔を埋め小さな声でつぶやく。

「わかった。晴矢がそうしたいならそうしよう」
「うん」

 俺の身体に回した晴矢の腕に力が入る。
 晴矢が嫌な事はしたくない。
 些細な事でも傷付く晴矢を守りたい。
 まだ時間はある、ゆっくりと考えていけばいい。