そんなに見つめなくても、いつもそばにいるよ    ―大学生編

 晴矢は23時を過ぎても帰ってこなかった。
 こんなことは珍しくおじさんもキーちゃんも心配をしていたが、俺は大学の友達と一緒だから大丈夫だとしか言えなかった。
 実際、俺自身も心配だった。
 LINEをしても既読にならず、庄野とどこで何をしているのか見当がつかない。
 晴矢が俺の目の届かないところに行こうとしていることが不安だった。

「ただいま……」

 結局、1時過ぎにタクシーで帰ってきた。
 俺はベッドに入っても眠ることが出来ず、時おり窓の外を見ていた。
 既におじさんとキーちゃんは寝ていた為、晴矢は俺の部屋に顔を出した。

「……遅くなっちゃった」
「……酔っているのか?」
「……そんなに飲んでないよ。良樹、怒っている?」

 俺は晴矢の腕を引っ張り部屋に入れると灯りをつけた。
 頬が赤みを帯びている。

「ごめん……」
「どうして謝るんだ?」
「……だって、こんなに遅くなっちゃったし、起こしちゃったし、LINEも読まなかったし」
「……それだけか?」

 焦点が定まっていなかった晴矢の目が俺を捉えると、手で俺の顔を包む。

「良樹を一人にしてごめん……。ごめんね」

 そう言うと俺にキスをする。
 晴矢の口から少し酒の匂いがする。
 俺は思わず顔を離した。

「酔っているのに、こういうことするな!」

 俺の剣幕に晴矢が怯む。

「ご、ごめん……俺……」
「いいから寝ろよ。明日も俺は1限から授業があるから」

 俺が晴矢に背を向けると、後ろから抱き着かれた。

「ごめん……良樹。ごめん、怒らないで……」
「……今日はもう話したくない」

 ただの嫉妬心で晴矢を突き放している自分が情けなかったが、気持ちを抑えることが出来なかった。
 鼻をすすっている音が聞こえたが、そのまま晴矢は部屋を出て行った。
 俺はこんな気持ちのまま寝られるわけもなく、ただ朝まで悶々と過ごした。

🔸🔸🔸

 一睡もしないまま早朝に家を出た。
 晴矢にもおじさんやキーちゃんとも顔を合わせたくなかった。
 一晩経って、晴矢に対して大人げない態度だったと反省している。
 二人の関係が深くなればなるほど、束縛や独占欲が強くなっていることはわかっているけど、それを止めることが出来ない。 
 いつから俺はこんなに拗らせるようになったのだろう。
 
 大学がある駅のスタバで時間を潰す。
 朝も早いのに既に席は埋まっている。
 晴矢は今日2限からだったはず。
 学食で会うか、家に帰るまで会わないでいるべきか、そもそも俺から連絡をとるべきなのか悩んでいる。
 こういう時にすぐに相談に乗ってくれる友人がいない。
 高校の時はブチに即相談出来たのに……
 外の景色を見ながらぼんやり考えていると、知っている顔が入ってきた。
 庄野と伊東さんだ。
 あの二人、知り合いなのか?
 俺はちょうど柱の裏側の席に居たため、彼らからは見えていない。
 よく見ると、伊東さんは昨日着ていた服と同じに見える……
 女性の服に詳しいわけではないが、ラメでキラキラしているグレーのセーターを着ていたのが印象に残っていた。
 どういうことだ? 昨日、庄野は晴矢と一緒に居た。そこに伊東さんも居たのか?
 端から見ていると二人は相当仲が良いように見えるし、恋人同士といってもおかしくはない距離感だ。
 え、あの二人付き合っているの?
 二人を目で追っているとLINE通知が着た。
 晴矢からだった。

『まだ怒っているの? 今どこだよ』
『2限終わったら会おう』

 晴矢に確かめないと……俺は二人に気づかれないように店を出た。

🔸🔸🔸

「俺はまだ怒られないといけないのか?」

 会うなり晴矢のいじけているような態度が可愛くて俺は思わず笑ってしまった。

「笑うな!」
「いや、だってその顔」
「俺はあれから一睡も出来なかったんだぞ」
「俺もだよ」
「良樹も?」
「お前どんだけ泣いてたんだよ。目が腫れているぞ」
「だって! 良樹にあんなに怒られると思ってなかったから……」

 広いキャンパスの中のあまり人気のないベンチに座る。
 俺は晴矢の頭に手を載せると優しくなでた。

「ごめん。俺の態度が悪かったと思っている。理由も聞かずに一方的に晴矢に怒るべきじゃなかったよな」

 晴矢は俺の顔を見ると、思いつめたような顔をしながら早口で話し始める。

「……庄野と二人で行ったわけじゃないんだよ。良樹と仲の良い、伊東さんも一緒だった。庄野が伊東さんのこと気に入っていて、いきなり二人で飲みには行けないから俺も来て欲しいって言われて。伊東さんは良樹と仲良いから、良樹の方がいいんじゃないって言ったけど、伊東さんが良樹のこと好きだったら困るって」
「はぁ? ってことは晴矢はだしに使われたってことか?」
「まあ、そういうとこ。なんだかんだ二人意気投合して、どっかに消えて行った。で、俺は一人残されタクシーで帰ってきたわけ」

 話し始める時の表情からもっとシビアな内容かと想像していたが、あまりにも晴矢が不憫すぎる展開に俺は大笑いをしていた。
 俺は何に対して嫉妬していたんだ?

「そ、そんなに笑うなよ! 俺がみじめだろ……」
「いやーウケる。そんなみじめな晴矢に対して俺は怒っていたのか」
「そうだよ! 一番俺が可哀想じゃないか!!」

 ムキになって声が大きくなる晴矢が可笑しくて、笑いが止まらない。

「良樹! いい加減にしろよ!」
「わかった、わかった。ごめんなー晴矢。俺が勝手に庄野に嫉妬したことが悪い、ホントにごめん」
「……庄野とつるんでいるのが嫌なんだろ? 知っていたけどさ」
「俺とは合わないタイプみたいだからさ」
「うん、わかるよ。でももう俺もつるむ必要ないかも」
「どういう意味だよ?」
「腹減ったよ。昼飯喰おうー。続きは家で話すから」

 晴矢は立ち上がると俺の腕を取って歩き出した。
 俺は晴矢を抱きしめたい衝動を抑えながら軽く晴矢の腰に手をやる。
 晴矢はその手を軽く叩いた。

🔸🔸🔸

 晴矢と一緒に家に帰るとキーちゃんが夕飯の支度をしていた。
 いつもはサワさんがしているけど、今日、明日とお休みらしい。

「今日はキーちゃんの手料理か。メニューは何?」
「イタリアンにしようか、中華にしようか、韓国料理にしようか、散々迷ったけど」
「迷ったけど?」
「駅前の魚屋さんに行ったら美味しそうなマグロがあったから、今日は手巻き寿司にします! 他にも色々巻いて美味しい材料揃えるから待っていて。今日は宗さんも7時には帰って来るらしいわよ」
「キーちゃんの手巻き寿司パーティーかー。美味しそう」

 キーちゃんはバーを経営している為、調理師免許も持っていて料理も得意だ。
 普段は通いのお手伝いさんであるサワさんの料理を頂いているが、たまにキーちゃんが担当するとサワさんとはまた違った料理が出てくる。
 独創的で美味しい。
 俺は高校の時よりも身長は変わらないのに体重は増えた。
 それでも筋肉量の方が多いが、キーちゃんからはまだまだ細いと言われている。
 どれだけマッチョになればいいんだ?

 二階に上がり、晴矢の部屋に入る。
 さっきの続きを聞くところだ。

「で、どういう意味? もう庄野とはつるまないのか?」
「……なんか疲れちゃった」
「何かされたのか?」

 晴矢が珍しくため息を吐く。

「最初は愛想が良いし、ノリも良いし、俺たちの周りには居なかったタイプだったから色々新鮮で楽しかったけど。今回の件もそうだけど、俺に頼り過ぎるっていうか、いいように使われていた気がして」
「授業の面でもか?」
「うん。毎回のレポートもいつの間にか俺頼みになっていたし、伊東さんの件もどこかで伊東さんが俺のファンだって聞いていたらしくて。だからだしに使われた」

 伊東さんが俺に話していた事とは違う。
 後輩に晴矢のファンが多いと言っていたのに、あれは伊東さん自身のことだったのか?

「でもファンと推しを会わせたら自分が不利になるんじゃないのか?」
「……」
「晴矢?」
「……庄野は俺が同性を好きだってわかっているみたい」
「え? どうして」
「はっきりとは言わないけど、お前は女子とは絡まないから安心って言われた」

 俺は庄野がその言葉を吐く表情が想像出来て怒りが沸く。
 
「でも、良樹と恋人だってことは全然わかっていないみたいだから大丈夫だよ。それに伊東さんの件で上手くいったわけだから、これ以上ウザ絡みはしてこないだろうし。もう俺はお役御免だと思う」

 俺は晴矢を自分の目的のために好きなように使った庄野が許せなかった。
 晴矢は新しい友達として仲良くしようとしていたはずなのに。
 ただ、一方で俺たちが二人でいることで庄野にはそう見えているのかが気になった。
 
「お前を傷つける奴は許せない……もう絶対あいつと関わるな。何かあれば俺が対処するから」
「うん。友達は慎重に選ぶべきだよね。俺が何でも受け入れるのがいけないのかな? でも断って嫌われるのも嫌だし」
「晴矢の素直で優しいところを自分の都合の良いように使う奴が悪い。晴矢、俺の目の届かないところには行くなよ。お前のことが心配だ」
「良樹に心配はかけないから大丈夫。それに良樹は俺のこともっと束縛していいよって思っている」
「ホントに?」
「うん。俺たちはずっと一緒に居るんだろ」

 優しく笑みを浮かべている晴矢は俺の天使だ。
 晴矢の唇に優しくキスをする。
 そのままベッドに押し倒すと、一階からキーちゃんが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
 そのタイミングに笑ってしまう。

「キーちゃん最強説はこういうパターンでもあるのか……」
「流石だよ、キーちゃんは」

 俺は晴矢の手を取り上体を起こすと、二人して一階へ向かった。