そんなに見つめなくても、いつもそばにいるよ    ―大学生編

 晴矢、おじさん、おじさんのパートナーであるイケメンのキーちゃん、俺と男四人で暮らし始めて二年が経った。
 四人での生活は毎日が楽しい。
 おじさんは欧米やアジアを股にかけて仕事をしてきた経験から語られるエピソードがその時代背景も重なって、俺は興味津々で聞いている。
 キーちゃんは芸能界で活躍していた時の事や、バーに来る迷惑なお客さんの話まで俺たちが知らない世界の話を面白おかしく話してくれる。

 その日は俺と晴矢が二十歳を迎えたこともあり、夕食後のコーヒーを四人で飲みながら、おじさんとキーちゃんが二十歳の時何をしていたかという話をしていた。

「宗さんは違う意見かもしれないけど、僕は早い段階で親から自立するのは良い事だと思うよ。精神的にも経済的にも。二人は恵まれた生活を送ってきているからあまりピンとこないと思うけど」

 キーちゃんは十代で芸能界に入り自立して生きてきた経験からか、俺たちに優しくもありながら考えさせる話を振ってくる。

「二十歳って成人ですよね。俺もいつまでも晴矢の家にお世話になるわけにはいかないなって思っています」
「違う、違う。良樹くんにこの家を出たらって言いたいわけじゃないのよ。僕はずっとこの四人で生活していければ楽しいなって思っているけど、でももう少し視野を広げてもいいんじゃないかなって。二人は大学入ってもサークル活動も参加していないし、バイトもしていないでしょ。二人で居るのは楽しいと思うけど、今でしか経験出来ないことってたくさんあるはずだから」

 晴矢はコーヒーカップを口に運んだまま黙っている。

「直人の言うことも一理ある。ガクチカって言うのか? 就職の際に学生時代に何に一番力を入れたかって聞かれるだろう。それ用に何か経験しておく必要はあると思う。まあ、学生がサークル活動について力説されてもお父さんはそれほど評価しないけどな」
「……バイトはちょっと考えていました。何が出来るかわからないけど経験したいなって」
「うん、良いと思うよ。経済的に厳しいわけじゃないけど社会経験をすることは決して損じゃないから。晴矢くんも一緒にしたら?」
「うん……」

 晴矢は相変わらずコーヒーカップを両手で握ったまま何かを考えているように見える。
 その姿に何かを察したようにキーちゃんもおじさんもそれ以上その話は続けなかった。

🔸🔸🔸

 晴矢の家で暮らすようになってからもある程度の節度は守っていた。
 二階に晴矢の部屋と俺の部屋があるが、一階にはおじさんの部屋とキーちゃんの部屋がある。
 おじさんとキーちゃんは俺たちが付き合っていることは承知しているが、だからこそ節度ある生活を送るべきだと思っていた。
 晴矢はそんな俺を堅物だとからかう。
 俺の態度が堅苦しく見えるらしい。

「なあ、良樹。俺たち恋人同士だってもう二人はわかっているだからさ、もっとラフに考えていいんじゃないの?」
「そうは言っても、俺はお世話になっている側だし、やっぱりちゃんとしておくべきだと思う」
「俺はどんな状況であっても自分の気持ちに正直に動く良樹が好きなのに……」
「……じゃあ、今の俺は嫌いなのかよ」

 晴矢の言いたいこともわかる。
 自分でも自分らしくはないと思っているだけに、少し拗ねたような声が出てしまう。

「……ちょっと拗ねている? 良樹?」
「べ、別に……」

 晴矢は俺の顔を覗き込み楽しそうに笑う。
 俺は話題を変えたくてさっきのキーちゃんの話をする。

「さっき、キーちゃんやおじさんに言われたこと。晴矢はどう思う?」
「自立の話?」
「自立もそうだけど、バイトとか」
「良樹はバイトしたいの?」
「経験しておくべきじゃないかなって」
「俺は良樹と一緒に暮らすようになって気づいたことがある」
「なんだよ」
「良樹はこんなにデカいのに俺よりもずっと可愛い。っていうかピュアだ」
「な……どこが! お前の方がよっぽどだろ!」

 俺は晴矢にからかわれている理由がわからなかった。
 話をはぐらかされたことと、何を考えているかわからない戸惑いとで無言になった俺の唇に晴矢の唇が重なる。
 無言の圧力。
 晴矢は唇を離すと、目を伏せさっきまでの態度が嘘のように低いトーンで話す。

「俺はまだ外の世界に出る準備が出来ていない。恥ずかしいけど、良樹みたいに自立とか考えてみた事すらない。でも良樹がそうしたいならそうすべきだと思う。俺に気を遣わずに良樹には自由で居て欲しいし、自分の気持ちに正直で居て欲しい。俺はずっと真っ直ぐな良樹が好きだから」
「うん……」

 晴矢は自分の弱さを言語化する。
 俺が自分に正直に動くことを晴矢は信頼していると言ってくれるけど、それは晴矢も同じだ。
 俺はまだ場合によっては躊躇する時があり、ヘンなプライドが邪魔をする。
 常に晴矢に触れていたいのに、晴矢が一人で過ごす時間も必要だろうとか、節度を守るべきだとか、わかった風な態度を取っていたのもこのプライドのせいでもある。

「俺は晴矢と同じベッドに寝たい。ずっとお前に触れていたい」
「やっと言ったね」

 晴矢が微笑み俺の肩にもたれかかる。
 俺の視線の届くところに居て欲しくて見つめるようになった中学生の時から八年が経っていた。